乙女ゲームに転生した華族令嬢は没落を回避し、サポートキャラを攻略したい!

仲室日月奈

文字の大きさ
上 下
19 / 29

19. 行動あるのみよ!

しおりを挟む
 冷たい風に吹かれながら、校庭の隅にある定位置に座っていた絃乃は、食後の会話に相づちを打っていた。お弁当箱はすでに空だ。
 とりとめのない話を三人で話す。イギリスから来た音楽教師の儚げな美貌についての妄想、憧れの上級生がとうとう下級生とエスの契りを交わしたらしい――仕入れた噂話を聞きながら、今ごろ詠介は何をしているだろうと思いを馳せる。
 いまだ彼との関係は恋人未満。果たして友人と呼んでいいのかも微妙な線だ。

(関係性を変えたいなら、そろそろ次の行動に出ないといけないわよね……でも、具体的に何をすればいいのかしら)

 悶々と考えていると、百合子がそうそう、と声を弾ませた。

「来月に誕生パーティーを開くことになったの。二人とも来てくれる?」
「もちろんよ」
「行くに決まっているじゃない」

 当たり前だとばかりに頷くと、百合子は嬉しそうに言葉を付け足した。

「あ、ダンスの時間もあるから、パートナーを連れてきてね」
「それって……パートナーとの参加が条件ってこと?」
「平たく言うと、そういうことになるわね」

 予想外の条件に、絃乃は沈黙する。
 しばし熟慮するが、彼女の希望を叶えられそうにない。

「雛菊は婚約者がいるからいいけど、私にそういった知り合いはいないわよ……?」
「何を言っているの。意中の方を誘えばいいでしょう」
「い、意中って……そんなの無理よ。お仕事だってあるでしょうし、だいたいパートナーに誘えるような間柄じゃないもの」

 ふるふると首を横に振ると、いつもは奥手の百合子がずずいっと顔を近づけてくる。何ごとかと身構えている間に両手を取られ、真剣な眼差しに射すくめられる。

「絃乃さん。恋は自分でつかみ取るものよ。行動あるのみよ!」

 まさかのヒロインからの叱咤激励に、絃乃は口を噤む。

(……励まされてしまった……)

 いつもと逆の展開だ。自分を勇気づけてくれていると頭ではわかるが、そう簡単に心は決められなくて。二人から視線を集めながらも、答えに躊躇してしまう。

(でも、もし断られたら……きっと凹んでしまうわ)

 快諾してくれるかはわからない。もしかしたら困ったような顔で、やんわりとお断りされるかもしれない。その状況を頭で思い浮かべてみたが、思ったより心のダメージが強かった。
 恋する乙女に悩みは尽きないのだ。

     ◆◇◆

 お店に押しかけるのは外聞が悪いかなと悩んだ末、いつもの河原に足を向ける。左右を見渡しながら歩いていると、土手で帳面に何かを書き込んでいる詠介の姿を見つけた。
 ほっと息をつき、彼のもとへ駆け寄る。

「よかった。詠介さん、ここにいたんですね」
「絃乃さん。僕に何か用事でしたか?」

 こくこくと頷き返すと、彼は居住まいを正し、絃乃に向き直る。
 あまりの緊張に喉が渇く。けれど、このチャンスを逃すわけにはいかない。次にいつ会えるのか、わからないのだから。

「あ……あのっ、私のパートナーになっていただけないでしょうか!」
「えっと、どういうことでしょう?」

 目を丸くして戸惑う顔を見て、前後の説明を省いてしまったことに遅まきながら気づく。
 浅くなっていた呼吸を整え、決意が鈍らないうちに一息で理由を述べる。

「今度、誕生パーティーでダンスがあるらしくて、パートナー同伴が条件なんです」
「……なるほど。ですが、どうして僕に?」

 当然の疑問に、うっと答えに窮する。目の前にあるのは揶揄ではなく、純粋な疑問という眼差しで、余計に言い出しづらくなる。

(女は度胸。ええい、ままよ!)

 百合子からの励ましの言葉を思い出し、絃乃は両手をぎゅっと握りしめて叫ぶように言う。

「詠介さんがいいんです! というか、詠介さんじゃなきゃ駄目なんです」

 言った後で、しまった、と思った。
 必死すぎる返答に、詠介も言葉が出ないように沈黙が訪れる。
 自分の失態に頭を抱えたくなったが、逃げ出すわけにもいかず、羞恥心を抑えて彼の言葉を待つ。
 永遠のように思えた待ち時間を経て、詠介はそっと口を開いた。

「……お気持ちはわかりました。そこまで言われたら断れません。僕でよろしければ、喜んでお引き受けします」
「本当ですか?」

 食い気味で言うと、詠介は体をのけぞらせながらも頷く。

「はい。それで、どなたの誕生パーティーなのですか?」
「百合子です。来月の土曜日に自宅でパーティーを行うそうです」
「そういえば、そんな時期でしたね……」
「え?」

 聞き返すと、詠介はゆっくりと首を横に振った。

「いえ、なんでもありません。それより、ダンスということは絃乃さんはドレスを着るんですか?」
「え、ええと……そうなります」
「それは楽しみですね」

 社交辞令だろうが、微笑みかけられて頬が熱くなる。胸の鼓動も一層大きくなった。

(ああ、勢いで誘ってしまったわ……)

 恥ずかしさで両手を手で押さえる。涼しくなってきたのに、何やら暑く感じる。
 詠介をちらりと見ると、彼は微笑を返す。大人の余裕を感じさせる様子に、無性に敗北感が募った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない

櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。  手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。 大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。 成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで? 歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった! 出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。 騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる? 5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。 ハッピーエンドです。 完結しています。 小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

だから言ったでしょう?

わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。 その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。 ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

処理中です...