14 / 29
14. お兄様なんて呼びませんからね!
しおりを挟む
(え……えっと……これは疑われてる? ゲームとは違う行動をしていたから、おかしいと勘づかれたってことよね?)
ゲーム案内役の彼は、制作者側に一番近い立ち位置だ。言わば、このゲームにおいての神に最も近い存在。だからこそ気づかれたのだろう。
ヒロインの恋路を助ける彼は、シナリオを知る者。各キャラクターの特徴と役割も当然知っているし、イレギュラーの行動をしたら真っ先に気づく。
(もしかして、最初から怪しいと思われていた? 今までは様子見をされていたってこと?)
さあっと血の気が引く。混乱のあまり、瞬きの回数が増える。
何かを言わなくては。無言は肯定の証しだと思われてしまう。けれど、何を言えば。どう取り繕えばいいのか――。
「絃乃さん? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「……へ、平気です」
「本当に? 無理はよくないですよ」
優しい言葉が胸に突き刺さる。疑われているとわかった以上、今までのように文面どおりに受け取ることはできない。
今の自分は、彼にとって異質の存在なのだ。
(本当のことを話す? ううん、仮にこの場は信じてくれたとしても、疑念は残るわ。それだと意味がない。香凜はもういない。今の私は百合子の親友で、白椿家の長女なのだから)
今、頼れるのは己のみ。
考えろ。この場を切り抜ける、もっともらしい理由を。
「……私……私は……」
「はい」
「……賀茂川で出会ってから、あなたのことが忘れられなくて。あなたとお近づきになりたいと思ったのです。……その、未来のことは正直わかりません。こうなったらいいなという未来はいくつかありますが、運命は自分でつかみ取るものでしょう? ですから、自分にできることは最大限取り組みたいと思っています」
好感度上昇による強制イベントは、絃乃の力ではどうしようもできない。
介入をするといっても、できることはたかが知れている。キャラクターの行動が本筋から大きく離れると、後々のイベントに悪影響があるおそれもあるからだ。
「百合子のことは、そのまま放ってはおけなくて。彼女は私にとって、かけがえのない親友なんです。彼女の幸せのためなら、校則を少し破ることも厭いません」
詠介は静かに聞き入っていたが、やがて得心がいったように頷いた。
「つまり、いつもと違う行動は友を思う気持ちが原動力となっていた、ということですね。そして、僕のことも慕ってくださっていると」
「……そのとおりです」
改めて本人から言われると、いたたまれない。顔から火が噴きそうになりながら、必死に耐える。
彼は黙り込んだきり、一言も発さない。いつまでこの我慢大会は続くのだろう。
硬直状態を解いたのは詠介の微笑だった。
「奇遇ですね。僕もあなたのことが気になっていたんです。初めて話をした日から、もっと話してみたいと思っていました」
「……っ……」
「絃乃さんは不思議な魅力がある方ですね。話していると落ち着きますし、いつまででも話していたい気分になります」
「そ、そうですか……」
どうしよう。これはひょっとして、脈があるんじゃないだろうか。
だが、内心で喜ぶ絃乃に、奈落に突き落とす言葉が降り注ぐ。
「はい。妹がいたらこんな感じかなと……」
「…………妹、ですか」
「僕には兄が一人いるのですが、ずっと妹か弟がほしいなと思っていて」
嬉しそうに言う詠介を見て、絃乃は顔が引きつりながら、少し前の記憶を遡る。
妹がほしかったという言葉は、つまり。
恋愛対象外ということに他ならない。好きになってもらえても、妹では恋人にはなれない。思いが通じ合ったと喜んでいたのに、こんなのあんまりだ。
甘い雰囲気と思っていたものはすべて、兄妹のような親しさからくるものだったのか。
(そういえば、葵も詠介兄さんって呼んでいたわ……え、っていうことは)
絃乃はキッと眦をつり上げて宣言する。
「私は絶対、お兄様なんて呼びませんからね!」
「え、絃乃さん……?」
「失礼します!」
怒りのまま踵を返し、店を出る。まだ口をつけていない和菓子が一瞬脳裏をかすめたが、追ってくる足音はなかった。
◆◇◆
玄関すぐ横の書生部屋で、葵は眉間を険しくしていた。
現在、佐々波家の書生は葵一人だ。そのため、数人で使う部屋も一人きりで使わせてもらっていた。詠介は何かと気にかけてくれ、勉学に集中できるようにと配慮してくれる。
(姉さん……もう俺のことは忘れて、早く楽になって)
女学生になった姉は、昔のおてんばだった様子はなりを潜めて、淑女らしく成長していた。そそっかしい面は変わっていないようだったが。
前世では仕事に疲れて家事は二の次、という体たらくだったが、今世では何か問題を起こしていないだろうか。一度考え出すと、あれもこれも心配になってくる。
(これが弟の性ってやつか……)
何の因果か、生まれ変わっても家族という絆で結ばれてしまった姉。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、わからない。
(確かに、死ぬ前にもう一度会いたいと願った――だけど、転生先で出会うことになるなんて誰が想像するんだよ。しかも、また姉と弟だし)
どうせなら兄のほうが……いや、今はそんなことよりも。
あいつに見つかるわけにはいかない。彼女を守るためにも、離れなければ。
(家に行ったのは失敗だったな……)
あの日、あの時間、計算されたように出会ってしまった。あれは必然だったのだろうか。
前世からの再会を果たした姉は元気そうだった。それだけが救いだった。
机の引き出しを開け、その奥に隠してある布を見つめる。布の下をめくることはせず、気持ちを押し隠すように引き出しを元に戻した。
ゲーム案内役の彼は、制作者側に一番近い立ち位置だ。言わば、このゲームにおいての神に最も近い存在。だからこそ気づかれたのだろう。
ヒロインの恋路を助ける彼は、シナリオを知る者。各キャラクターの特徴と役割も当然知っているし、イレギュラーの行動をしたら真っ先に気づく。
(もしかして、最初から怪しいと思われていた? 今までは様子見をされていたってこと?)
さあっと血の気が引く。混乱のあまり、瞬きの回数が増える。
何かを言わなくては。無言は肯定の証しだと思われてしまう。けれど、何を言えば。どう取り繕えばいいのか――。
「絃乃さん? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「……へ、平気です」
「本当に? 無理はよくないですよ」
優しい言葉が胸に突き刺さる。疑われているとわかった以上、今までのように文面どおりに受け取ることはできない。
今の自分は、彼にとって異質の存在なのだ。
(本当のことを話す? ううん、仮にこの場は信じてくれたとしても、疑念は残るわ。それだと意味がない。香凜はもういない。今の私は百合子の親友で、白椿家の長女なのだから)
今、頼れるのは己のみ。
考えろ。この場を切り抜ける、もっともらしい理由を。
「……私……私は……」
「はい」
「……賀茂川で出会ってから、あなたのことが忘れられなくて。あなたとお近づきになりたいと思ったのです。……その、未来のことは正直わかりません。こうなったらいいなという未来はいくつかありますが、運命は自分でつかみ取るものでしょう? ですから、自分にできることは最大限取り組みたいと思っています」
好感度上昇による強制イベントは、絃乃の力ではどうしようもできない。
介入をするといっても、できることはたかが知れている。キャラクターの行動が本筋から大きく離れると、後々のイベントに悪影響があるおそれもあるからだ。
「百合子のことは、そのまま放ってはおけなくて。彼女は私にとって、かけがえのない親友なんです。彼女の幸せのためなら、校則を少し破ることも厭いません」
詠介は静かに聞き入っていたが、やがて得心がいったように頷いた。
「つまり、いつもと違う行動は友を思う気持ちが原動力となっていた、ということですね。そして、僕のことも慕ってくださっていると」
「……そのとおりです」
改めて本人から言われると、いたたまれない。顔から火が噴きそうになりながら、必死に耐える。
彼は黙り込んだきり、一言も発さない。いつまでこの我慢大会は続くのだろう。
硬直状態を解いたのは詠介の微笑だった。
「奇遇ですね。僕もあなたのことが気になっていたんです。初めて話をした日から、もっと話してみたいと思っていました」
「……っ……」
「絃乃さんは不思議な魅力がある方ですね。話していると落ち着きますし、いつまででも話していたい気分になります」
「そ、そうですか……」
どうしよう。これはひょっとして、脈があるんじゃないだろうか。
だが、内心で喜ぶ絃乃に、奈落に突き落とす言葉が降り注ぐ。
「はい。妹がいたらこんな感じかなと……」
「…………妹、ですか」
「僕には兄が一人いるのですが、ずっと妹か弟がほしいなと思っていて」
嬉しそうに言う詠介を見て、絃乃は顔が引きつりながら、少し前の記憶を遡る。
妹がほしかったという言葉は、つまり。
恋愛対象外ということに他ならない。好きになってもらえても、妹では恋人にはなれない。思いが通じ合ったと喜んでいたのに、こんなのあんまりだ。
甘い雰囲気と思っていたものはすべて、兄妹のような親しさからくるものだったのか。
(そういえば、葵も詠介兄さんって呼んでいたわ……え、っていうことは)
絃乃はキッと眦をつり上げて宣言する。
「私は絶対、お兄様なんて呼びませんからね!」
「え、絃乃さん……?」
「失礼します!」
怒りのまま踵を返し、店を出る。まだ口をつけていない和菓子が一瞬脳裏をかすめたが、追ってくる足音はなかった。
◆◇◆
玄関すぐ横の書生部屋で、葵は眉間を険しくしていた。
現在、佐々波家の書生は葵一人だ。そのため、数人で使う部屋も一人きりで使わせてもらっていた。詠介は何かと気にかけてくれ、勉学に集中できるようにと配慮してくれる。
(姉さん……もう俺のことは忘れて、早く楽になって)
女学生になった姉は、昔のおてんばだった様子はなりを潜めて、淑女らしく成長していた。そそっかしい面は変わっていないようだったが。
前世では仕事に疲れて家事は二の次、という体たらくだったが、今世では何か問題を起こしていないだろうか。一度考え出すと、あれもこれも心配になってくる。
(これが弟の性ってやつか……)
何の因果か、生まれ変わっても家族という絆で結ばれてしまった姉。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、わからない。
(確かに、死ぬ前にもう一度会いたいと願った――だけど、転生先で出会うことになるなんて誰が想像するんだよ。しかも、また姉と弟だし)
どうせなら兄のほうが……いや、今はそんなことよりも。
あいつに見つかるわけにはいかない。彼女を守るためにも、離れなければ。
(家に行ったのは失敗だったな……)
あの日、あの時間、計算されたように出会ってしまった。あれは必然だったのだろうか。
前世からの再会を果たした姉は元気そうだった。それだけが救いだった。
机の引き出しを開け、その奥に隠してある布を見つめる。布の下をめくることはせず、気持ちを押し隠すように引き出しを元に戻した。
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」
***
ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。
しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。
――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。
今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。
それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。
これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。
そんな復讐と解放と恋の物語。
◇ ◆ ◇
※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。
さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。
カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。
※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。
選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。
※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。

【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる