上 下
12 / 29

12. 水くさいですわ

しおりを挟む
 夏休みが終わり、いつもの日常が戻ってきていた。
 久しぶりに会う級友たちはどこへ行ってきたの、珍しい舶来品を手に入れたの、と話題に事欠くことがない。
 いつもなら楽しく聞く話でさえ、今は耳を素通りしていくばかりだった。

(……もう、前みたいに話せないのかな……)

 去り際の弟の様子を思い出し、切なさがこみ上げる。
 せっかく会えたのに、名前しか聞き出せなかった。しかも他言無用と言われてしまっては、誰かに相談することもできない。もちろん、両親にも言えるわけがない。
 葵は六年前に行方不明になった家族で、月日が経ってもその傷はまだ癒えていない。両親も表面上は取り繕っていても、心の整理はできていないままなのだ。
 実際に会った絃乃でさえ、いまだに夢見心地なのだから。
 それに、一番の懸念事項は彼の姿だった。

(探していた書生は……葵なのかもしれない)

 彼は、姉の様子を見に来たと言っていた。あれがフラグだった可能性が高い。本当なら、ヒロインが絃乃の家に遊びに来るシーンがあったのかもしれない。

(生きていた……本当に生きていたなんて。しかも、前世の弟だったなんて)

 今でも信じられない。都合のいい夢でも見ていたんじゃないかと勘ぐってしまう。
 このぐるぐると渦巻く気持ちと、どう折り合いをすればいいのか、まるでわからない。
 さすがにこんな事態、予想だにしていない。自分で抱え込むには大きすぎる問題だ。叶うならば、どの選択肢が正しいのか、今すぐ攻略サイトで確認したかった。

     ◆◇◆

 お昼休憩では、魂の抜けた状態のまま、食事を終えた。無意識に羊雲を数えていると、横から困ったような声がかかる。

「絃乃さん。さっきから上の空のようですけど……何か心配事かしら?」
「そうよ。絃乃ってば、心ここにあらずみたいな顔をして。わたくしたちがどれだけ心配していると思っているの」

 すねたように雛菊が言い、百合子が慈愛に満ちた顔で見つめてくる。

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけなの。大したことではないから……」
「大したことないですって? そんな噓が通じると思っているの」

 責めるような口調にたじろいでいると、百合子が悲しげに目元を伏せた。
 
「わたくしたちじゃ頼りにならないかもしれないけど、少しは頼ってほしいですわ」
「まったく、水くさいですわ。級友が悩んでいるなら、話だけでも聞きたいと思うのは自然なのではありません?」
「雛菊……百合子……」

 彼女の言い分ももっともだ。もし逆の立場なら、きっと自分も心配していただろう。
 絃乃はしばらく悩み、彼女たちに隠し事はできないと思い直して、口を開いた。

「これは内密にしておいてほしいんだけど……弟を探しているの」

 声を潜めて言うと、二人とも顔を近づけて、ひそひそ声で返す。

「まあ。絃乃さんに弟がいたなんて話、初めて聞きましたわ」
「ちょっと待ってちょうだい。それって、双子の弟君のことじゃないわよね?」

 雛菊の指摘に肩がぴくりと震える。

「……その弟のことよ」
「雛菊さん、私にもわかるように説明してくださいませ」
「ああ、百合子は女学校からの付き合いだったわね。絃乃には双子の弟がいたの。だけど六年前、消息がわからなくなったって……」

 彼女の的確な説明に、絃乃は顔を曇らせた。
 結局、あれから弟が住んでいそうな場所を手当たり次第探してみたが、どれも空振りだった。手がかりは名前だけ。
 けれど、狙われているといっている彼の名前を迂闊に出すわけにもいかない。
 もう一度、会って話がしたい。それだけなのに、あの日以来、会えていない日が続いている。どこに行けば会えるのか、頼みの綱の詠介もつかまらず、途方に暮れていた。
 絃乃は二人分の心配する視線を集め、無理やり笑おうとしたけど、失敗に終わる。ふっと息を吐き出し、真顔で説明を続ける。

「両親は鬼籍きせきにいると考えているし、私も同じだった」
「過去形ということは、今は違うということよね?」

 確信めいた響きに逡巡した末、頷き返す。

「弟は生きていたの。でも、今は帰れない事情があるみたいなの。たぶん、それが六年も行方をくらましていたことに関係していると思うのだけど。もう一度、会いたくて」
「……そうでしたの」

 いつのまにか、強く握りしめていた拳を百合子がそっと包み込む。
 目線を上げると、励ます言葉に悩んでいるような顔があった。
 お互い言葉を詰まらせていると、不意に冷たい手が上に重なってくる。見れば、雛菊が何かを決心したように、両手で二人の手を握っている。

「一度は会えたのだもの。きっと、また会えるわよ」

 力強い言葉に、心の重しが外されたように軽くなる。呼吸も楽になった。

(あんなに探していた書生だって見つけたんだもの。音夜――葵に聞きたいことはたくさんある。私は諦めない)

 すぐに会えなくても、悲観しなくてもいい。
 だって、もう軽口を叩くことすらできないと思っていた前世の弟とも、世界の境界を超えて、また巡り会うことができたのだから。
 この縁がある限り、彼とは必ずどこかでまた会える。
 さっきまでの不安が噓みたいになくなり、気力も戻ってくる。気遣ってくれた親友二人に絃乃は精一杯笑いかける。

「そうよね。もう二度と会えないわけじゃないんだもの。私がこんなに気弱になっていたら、弟も帰ってくるに帰ってこられないわ。だから、もう大丈夫。……だって、私はお姉さんなんだもの」

 姉ならば、どーんと構えているぐらいがちょうどいい。
 心配性な弟に安心してもらうには、気丈に振る舞うくらいでなくては。どこで見られているかもわからない。唇を引き締め、もう大丈夫、と自分に言い聞かせた。


※鬼籍に入(い)る……死んで亡者の籍に記入されること。死ぬことの婉曲表現。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サイキック・ガール!

スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』 そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。 どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない! 車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ! ※ 無断転載転用禁止 Do not repost.

【完結】乙ゲー世界でもう一度愛を見つけます

瀬川香夜子
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生したリシャーナ・ハルゼラインは、原作の学園を卒業し研究者としての生活が始まった。  ゲームの攻略対象の一人であるマラヤンと付き合っていたが、なぜか彼から突然別れを告げられる。  落ち込むリシャーナを励ますため、同じ研究者であるヘルサの紹介で、リシャーナの研究で助けられたという人に会うことに。しかしやってきたのは、二年前に破談となった婚約相手──ユーリス・ザインロイツだった!  以前とは変わってしまった彼の姿に驚くリシャーナ。彼の身に一体何があったのか……!?  ※こちらは他投稿サイトにも投稿しています。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...