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4. 白状しちゃいなさいよ

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 放課後、そわそわとした気分のまま、出町柳のそばにある甘味処に向かう。
 お使い帰りの使用人や他校の女学生の姿も多く、絃乃たちは店先の椅子に並んで腰かける。黒板で書かれたメニュー表を見ながら雛菊がつぶやく。

「新作っていうのはこれかしら。夏季限定の蜜豆みつまめ。季節のフルーツがついてくるみたいね」

 他の客を一瞥し、百合子がうーんと唸る。

「羊羹も美味しそうね」
「ここの粒あんも美味しいのよねえ」

 胃袋とお財布に限度がなければ、どれも食べたいというのが本音だ。

「……どれにする?」

 絃乃が二人に目配せすると、あらかじめ示し合わせていたように同時に頷いた。

「やっぱり夏季限定は外せないでしょ」
「そうよ。せっかくだから、夏の気分を味わいたいもの」

 絃乃は注文を済ませ、両手を合わせて淑やかに座る百合子に肩を寄せる。

「聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「……いいわよ。なんでも聞いてちょうだい」

 おもしろそうな気配を嗅ぎつけたのか、雛菊も体を寄せてくる。二人の視線を浴び、絃乃は気詰まりしながらも口を開く。

「今、誰か気になる人はいないの?」
「なあに、藪から棒に……」
「もう結婚適齢期でしょ、私たち。雛菊は婚約者がいるのだし、百合子にもいい縁があるんじゃないかしらと思って」

 実際のところ、ゲームの攻略具合はいかほどか。
 順当に進んでいれば、専用ルートに入っていてもおかしくない。もしくは、まだ攻略対象を絞り切れていないか。いずれにしろ、三人の男性にアプローチされているはずだ。
 百合子は焦らすような間を置いて、諦めたようにそっと息をつく。

「実は……お見合いをしたの。だけど、ちょっと波長が合わないというか、困っていて」
「困っているって、何かされたの?」
「時間を見つけては、私に会いに来てくださるのだけど。いつも急だし、なんだか会話もかみ合っていない気がして、思いきってお断りすることにしたの」

 要するにタイプではなかったのだろう。
 絃乃が相づちを打っていると、百合子は言葉を続けた。

「だけど、彼は諦めてくれなくて。断られると思っていなかったのでしょうね……。それからも何かにつけて家を訪れるようになってしまったの。途方に暮れていたら、ちょうどお父様の部下の方が助けてくださって……」
「まあ、恋の気配ね」

 雛菊の茶々に、違うわ、と百合子は即座に否定した。

「たまたま、その場に居合わせたから助けてくれただけなの。だから、私たちは何もないのよ」
「……ねえ、もしかして。その部下の方って、実はお見合い候補だったのではなくて? それで、彼はまだあなたに好意を寄せているとか」
「え! どうしてわかったの。私、そのことは言っていないのに」
「な、なんとなくよ。そうだったら運命的だなと思っただけで……」

 ちょうど、注文していたものが運ばれてきたので、会話は一時中断になった。

(まさか、前世の記憶からの言葉だとは言えないわよね……)

 黒蜜がかかった寒天を口に運んでいると、桃を食べていた百合子が雛菊に視線を合わせた。

「そういえば、雛菊はどうして今の人と婚約したの?」
「……わたくしは、公隆きみたかさんとは親同士が交流していて、親に勧められるまま……って感じかな。でも彼、会うたびに花やお土産をくれるの」
「いい人みたいね」
「ところで絃乃さんはどうなの? 気になる男の人でもできた?」
「えっ」

 まさか話の矛先が自分に向けられるとは思っておらず、動揺して寒天がぽろりと器に落ちる。そこへ雛菊が便乗してくる。

「あ、わたくしも聞きたいわ。結婚したい殿方とでも出会ったとか!」
「そっ……それは……」

 好奇の視線にさらされ、返す言葉に困る。事実なだけに、実はそうなんです、と肯定しづらい。

(どうしてわかったんだろう……そんなに私、喜んでいた?)

 浮かれていたかと問われれば、確かに嬉しかった。現実には会えない人物が目の前にいることだけでも奇跡的なのに、会話もできたなんて、喜ぶなというほうが無理な注文だ。
 どうにか話題を変えたいと思う絃乃に、雛菊が呆れたように目を細めた。

「白状しちゃいなさいよ。何かいい出会いがあったんじゃない?」
「……そんなに私ってわかりやすい?」
「うん。授業中も百面相してた」

 聞きたくなかった情報だ。たびたび思い出して一喜一憂していた自分をいさめたい。しょんぼりと肩を落としていると、百合子が励ましてくれた。

「まあまあ、絃乃さんらしくていいのではなくって?」
「うーん。それが長所といえば長所だけどね」

 褒められているのか微妙な援護だったが、気の置けない友人に隠し事はできそうにない。

「私の心の変化が筒抜けの事態は置いておくとして、その……出会いはありました」
「やっぱり! 相手はどこの方?」
「お名前しか知らないの。まだそんなに会ったことがない方だから……」

 趣味は草花のスケッチ。だけど、働いている場所はもちろん、寝泊まりしている家の場所も知らない。現状、知らないことのほうが多い。
 うつむく絃乃の肩を抱いて、百合子が優しく笑いかける。

「お名前は知っているんでしょう。大した進歩じゃない。絃乃さんには絃乃さんのペースがあるもの。ゆっくりお互いを知っていけばいいんじゃないかしら」
「百合子……」

 ただ、ゲーム案内役という都合上、おそらく百合子は知っているはず。初心者向けの乙女ゲームだから、選択肢に困ったときに助けてくれる仕様になっていたから。顔なじみくらいには親しくなっていても不思議ではない。
 もしかしたら、絃乃よりもヒロインである百合子のほうが会っている回数は多いのかもしれない。

(あ……どうしよう。ちょっと泣きそうになってきた)

 彼には重要な仕事があるのだ。初心者でも乙女ゲームを無事クリアできるように助けるという大事な使命が。その使命を前に、モブキャラと恋愛をする余裕はないかもしれない。
 初めて現実を冷静に分析し、絃乃は涙目になった。

(好きだから落とすと息巻いていたけれど、現実的には不可能なのかもしれない)

 困った。けれど、諦めたくない。
 この思いは自分だけのもの。乙女ゲームの攻略はヒロインの役目。モブキャラの役割は彼女の恋愛の相談に乗ったりすること。それさえ守れば、自分の恋を追い求めたっていいはずだ。彼は困るかもしれないけれど。

(人生ったままならないものね。どうにか状況を打破するきっかけでもあれば……)

 しかしながら、現状打破する一手はすぐに思いつくはずもなく。
 横に座る百合子の顔色もあまりよくない。

「百合子につきまとっているという男も、どうにかしないといけないわよね。どんどんエスカレートしているのでしょう?」

 絃乃が心配そうに言うと、百合子は深くうなだれた。相手が言うことを聞いてくれない場合は、力ずくでどうにかするか、地位が高い者が諫めるか。
 百合子は芯は強いが、お嬢様であることに変わりない。父親は中将らしいが、両親は剣術よりも華道や茶道を勧めた結果、大和撫子といった楚々といった少女に成長した。もし成人男性に強引にこられたら、太刀打ちできないだろう。

(ゲームでは困っていると、他の攻略キャラが颯爽と駆けつけてくれたけれど。どこまでがゲーム通りかわからないのよね……)

 大丈夫よ、と安請け合いはできない。ほとほと困っていると、後ろの席から男が口を挟む。

「お嬢さん方。お相手の方が心配なようなら、興信所に伝手がありますよ。何なら紹介しましょうか?」

 突然後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返る。
 そこには二十五歳前後の男が串団子を片手に、うさんくさい笑みを浮かべていた。中折帽なかおれぼうにくたびれたスーツを着込んだ姿は、どこかの会社の雇われ人という印象が強い。
 彼とは初対面のはずだが、ふと既視感が襲う。どこでだろう、と記憶の糸をたぐっていくと、色っぽい男性声優のセリフとともに脳裏に一枚のスチルが思い浮かぶ。
 見覚えがあるのもそのはず、彼は乙女ゲームの攻略対象者の一人だ。

(まさか、こんなところで会うことになるなんて……)

 絃乃が声を失っていると、百合子がおもむろに口を開いた。

「……かがりさん、ですよね」
「おや。桐生院家のお嬢様に憶えていただけていたとは光栄ですね。あ、俺はこういうもんです」

 流れるような動作でポケットから名刺を取り出し、絃乃と雛菊に手渡す。
 篝伊三郎いさぶろう。シンプルに文字だけで、表には名前、裏には電話番号が書かれている。
 格好はいまいちだが、彫りの深い目鼻立ちをしている。
 少し伸びた前髪から覗く目つきは少し悪いものの、二枚目といえなくもない。新品の服に着替えるだけで印象はだいぶ違うように思う。
 
(駆け出し新聞記者のかたわら、裏で探偵稼業もしているんだったわね。彼のルートでは誘拐未遂事件で見事ヒロインを守りきり、それが功を奏して婚約が認められるというストーリーだったけど……)

 百合子と篝を見比べるが、甘い感情は一切感じられず、ただの知り合い止まりといったところだろうか。

「……せっかくのお申し出ですが、今のところは不要ですわ」
「そうですか。もし気が変わったら、いつでも相談に乗りますよ」

 篝は残っていた団子を平らげると、お勘定を手早く済ませて、そのまま立ち去る。
 雛菊は彼の去った方角から百合子に視線を移し、疑問を口にする。

「さっきの方はどういうお知り合いの方なの?」
「新聞記者の方なの。父の仕事上の知り合いで、たまたま話す機会があって。それだけよ」
「でも、百合子に気があるみたいな言い方だったわ」

 のんびりとした口調は変わらないのに、雛菊の観察眼はなかなか鋭い。

「それは気のせいよ。父の印象をよくしたいだけじゃないかしら」
「そうかしら。ねえ……絃乃はどう思う?」
「えっ、私?」

 いきなり話を振られて困っていると、雛菊は頬に手を当て、思案に暮れたような顔をしていた。今にもため息が聞こえてきそうな素振りだ。
 白玉団子を頬張る百合子をちらりと見ながら、絃乃は苦し紛れに答える。

「百合子が気のせいっていうなら、そうなんじゃないかしら、と思うけれど」
「そうかなぁ。絶対気があると思ったんだけど」

 確信したような瞳だったが、百合子が我関せずの態度を貫いているので、それ以上口を突っ込む勇気もなかった。
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