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第二章
19. とある攻略キャラの悩み
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放課後の図書室は、試験週間以外は静かだ。前世の記憶が戻るまでのイザベルなら、まず近づかない場所だが、今は事情が違う。
(何を隠そう、図書室は紅薔薇ルートで通いつめた場所!)
彼と会うために、放課後の行き先の選択肢は、常に図書室を選んだ。足しげく通った甲斐もあって、クラウドとの親密度はぐんぐんと伸びた。おかげで彼との日常イベントはすべて見ることができた。
言うなれば、ここは思い出が詰まった聖地なのだ。
(リシャールが好きな相手も全然わからないし、ジークは無駄に色気を振りまくし、ゲームのイザベルに毒薬を盛った犯人も目星すらついていないし。……頭が煮詰まったときこそ、癒やしが必要よ!)
クラウドは心のオアシスだ。
やや高音の落ち着いた声、くしゃっと笑う顔、読書しているときの真剣な顔つき、どれもがツボだ。憧れのキャラが生身で動いているだけでも奇跡だけど、今世では友人の座をすでに獲得している。
恋愛イベントをこなさなくても、育んだ友情は裏切らない。
(ゲームとは違って、スチルイベントじゃなくても、すべてのセリフがボイスつきで再生! ああ、なんて素晴らしいの!)
興奮冷めやらぬうちに、図書室の前に着いてしまった。
このまま聖地に乗り込んだら不敬だ。大きく深呼吸し、心を落ち着ける。
防音性も兼ね備えた、観音開きの重厚な扉をゆっくり開ける。予想どおり、しんと静まり返った室内。外部の雑音もここには届かない。
カウンターに目を向けると、そこにはポニーテールの生徒がいた。いつもなら横に座っている女性司書は離席しているらしい。
(そういえば、ジェシカは図書委員だったっけ……)
今日は図書当番なのだろう。ジェシカは本の整理をしていたらしい手を止め、ふと顔を上げる。
驚いたように一瞬固まったが、すぐにいつもの調子に戻る。
「珍しいお客様ね。何か探し物?」
「どちらかといえば、人探しなんだけど……」
鞄から取り出した小説を見せる。ジェシカはそれだけで理解したらしく、内緒話をするように手を口元に当て、小声で言う。
「クラウドなら奥の棚に行ったみたいよ」
「助かるわ」
びっしりと本が詰まった棚の間を抜け、目的の人物を見つける。
書棚の横にある一人用の椅子に腰掛けて、分厚い専門書を読んでいるのは黒髪の生徒。制服を着崩しているレオンとは対照的に、優等生らしく制服に乱れは一切ない。
遠目に観察していると、気配を察したのか、クラウドと目が合う。
トレードマークの黒眼鏡を押し上げ、首を傾げる。
「どうしたの?」
「今、ちょっといいかしら」
「もちろん」
クラウドはページにしおりを挟んだ。しおりは手作りなのか、花びらが挟み込まれていた。
ここが図書室だろう、本を閉じる音がやけに重く響く。
イザベルは手に持っていた文庫本を差し出した。
「借りていた小説、返すわね。今回もとても心が躍る展開だったわ。特に、親友の友情愛は涙が止まらなかったし。幼なじみだからこその苦悩と相手を思いやる心の深さ、すべてがよかったわ」
その場面を思い出し、ほぅ、と息をつく。
一方のクラウドは落胆したように肩をすくめて見せた。
「あーやっぱり、イザベルはそっちだったか」
「やっぱり……ってどういう意味よ?」
「深い意味はないよ。今回もときめくシーンが被らなかったなってだけだから」
言われてみると、確かにそうだ。感想合戦で推しキャラが被ったことは、数えるほどしかない。
「そういえば、あまり被らないわね」
「まあ、自分以外の意見を聞くのも楽しいんだけどね。……じゃあ、次はこれなんかどうかな。ファンタジーで、妖精とかお菓子とか出てくる話」
次のプレゼンをしながら、椅子の横に置いてあった鞄から新しい本が出てきた。なんと用意がいいことだろう。
受け取った本の表紙には、泉と森の妖精が描かれており、まさしくイザベルの好みである。
「まあ! 今度は妖精なのね」
「シリーズものだから、また読んだら教えて。続きを持ってくるよ」
「わかったわ。ありがとう」
今夜は眠れないかもしれない。
期待を胸に、受け取ったハードカバーをいそいそと鞄の中にしまう。
「ねえ、イザベル。フローリアとは最近会っている?」
幸せ気分から一転、まるで冷や水を浴びたような心地になった。
クラウドはどことなく神妙な顔だ。
この世界において、彼女の名前はあらゆるフラグになりかねない。フローリアとの接し方によって、イザベルの運命が左右される。
(きっと、クラウドはフローリアに害する者は絶対許さない。彼に敵認定されたら絶交されるに決まってる。この会話もミスは……許されない……!)
内心、冷や汗のイザベルだったが、できるだけ落ち着きを装って声を出す。
「棟は違うけど、たまに見かけるわよ。突然どうしたの?」
「以前は図書館でよく会ってたんだけど、五月の終わりぐらいから、全然顔を出さなくなってね。何かあったのかな」
「五月の終わり……」
今は七月の中旬だ。もうじき終業式があり、夏季休暇に入る。およそ二ヶ月前の記憶を思い起こし、イザベルは息を飲んだ。
(五月といえば、薔薇の園遊会……! っていうことは、白薔薇ルートに入ったから、クラウドと接触する機会がなくなったんだわ)
言葉を失うイザベルに気づいていないのか、クラウドは心ここに在らずの目だ。続く言葉にも覇気というか、正気がない。
「最近は、週末もどこかに出かけているみたいなんだよね。だから全然つかまらなくて」
それは十中八九、各種イベントや好感度上げに忙しいからだろう。
現実は残酷だ。選ばれなかった攻略キャラの気持ちを考えると、少し不憫になる。しかし今、イザベルができることはなにもない。
「そ、そうだったの。彼女も慣れない学園生活で忙しいのではないかしら」
苦し紛れの理由を口にする。少しの間を置いて、現実逃避していたクラウドの目に光が戻ってきた。
「なるほど……。案外そうかもしれないね」
納得して頷く様子を見ながら、イザベルは渇いた笑いしか出てこなかった。
(なんてこと。レオン王子以外にも、不憫なキャラがいたなんて……!)
放置されたキャラの扱いは、ゲーム内では描かれていなかった。一匹狼のレオンの自立をサポートすれば問題ないと思っていたが、もはやクラウドもこのままにしておけない。
新たな課題を前に、イザベルは頭が痛くなった。
(何を隠そう、図書室は紅薔薇ルートで通いつめた場所!)
彼と会うために、放課後の行き先の選択肢は、常に図書室を選んだ。足しげく通った甲斐もあって、クラウドとの親密度はぐんぐんと伸びた。おかげで彼との日常イベントはすべて見ることができた。
言うなれば、ここは思い出が詰まった聖地なのだ。
(リシャールが好きな相手も全然わからないし、ジークは無駄に色気を振りまくし、ゲームのイザベルに毒薬を盛った犯人も目星すらついていないし。……頭が煮詰まったときこそ、癒やしが必要よ!)
クラウドは心のオアシスだ。
やや高音の落ち着いた声、くしゃっと笑う顔、読書しているときの真剣な顔つき、どれもがツボだ。憧れのキャラが生身で動いているだけでも奇跡だけど、今世では友人の座をすでに獲得している。
恋愛イベントをこなさなくても、育んだ友情は裏切らない。
(ゲームとは違って、スチルイベントじゃなくても、すべてのセリフがボイスつきで再生! ああ、なんて素晴らしいの!)
興奮冷めやらぬうちに、図書室の前に着いてしまった。
このまま聖地に乗り込んだら不敬だ。大きく深呼吸し、心を落ち着ける。
防音性も兼ね備えた、観音開きの重厚な扉をゆっくり開ける。予想どおり、しんと静まり返った室内。外部の雑音もここには届かない。
カウンターに目を向けると、そこにはポニーテールの生徒がいた。いつもなら横に座っている女性司書は離席しているらしい。
(そういえば、ジェシカは図書委員だったっけ……)
今日は図書当番なのだろう。ジェシカは本の整理をしていたらしい手を止め、ふと顔を上げる。
驚いたように一瞬固まったが、すぐにいつもの調子に戻る。
「珍しいお客様ね。何か探し物?」
「どちらかといえば、人探しなんだけど……」
鞄から取り出した小説を見せる。ジェシカはそれだけで理解したらしく、内緒話をするように手を口元に当て、小声で言う。
「クラウドなら奥の棚に行ったみたいよ」
「助かるわ」
びっしりと本が詰まった棚の間を抜け、目的の人物を見つける。
書棚の横にある一人用の椅子に腰掛けて、分厚い専門書を読んでいるのは黒髪の生徒。制服を着崩しているレオンとは対照的に、優等生らしく制服に乱れは一切ない。
遠目に観察していると、気配を察したのか、クラウドと目が合う。
トレードマークの黒眼鏡を押し上げ、首を傾げる。
「どうしたの?」
「今、ちょっといいかしら」
「もちろん」
クラウドはページにしおりを挟んだ。しおりは手作りなのか、花びらが挟み込まれていた。
ここが図書室だろう、本を閉じる音がやけに重く響く。
イザベルは手に持っていた文庫本を差し出した。
「借りていた小説、返すわね。今回もとても心が躍る展開だったわ。特に、親友の友情愛は涙が止まらなかったし。幼なじみだからこその苦悩と相手を思いやる心の深さ、すべてがよかったわ」
その場面を思い出し、ほぅ、と息をつく。
一方のクラウドは落胆したように肩をすくめて見せた。
「あーやっぱり、イザベルはそっちだったか」
「やっぱり……ってどういう意味よ?」
「深い意味はないよ。今回もときめくシーンが被らなかったなってだけだから」
言われてみると、確かにそうだ。感想合戦で推しキャラが被ったことは、数えるほどしかない。
「そういえば、あまり被らないわね」
「まあ、自分以外の意見を聞くのも楽しいんだけどね。……じゃあ、次はこれなんかどうかな。ファンタジーで、妖精とかお菓子とか出てくる話」
次のプレゼンをしながら、椅子の横に置いてあった鞄から新しい本が出てきた。なんと用意がいいことだろう。
受け取った本の表紙には、泉と森の妖精が描かれており、まさしくイザベルの好みである。
「まあ! 今度は妖精なのね」
「シリーズものだから、また読んだら教えて。続きを持ってくるよ」
「わかったわ。ありがとう」
今夜は眠れないかもしれない。
期待を胸に、受け取ったハードカバーをいそいそと鞄の中にしまう。
「ねえ、イザベル。フローリアとは最近会っている?」
幸せ気分から一転、まるで冷や水を浴びたような心地になった。
クラウドはどことなく神妙な顔だ。
この世界において、彼女の名前はあらゆるフラグになりかねない。フローリアとの接し方によって、イザベルの運命が左右される。
(きっと、クラウドはフローリアに害する者は絶対許さない。彼に敵認定されたら絶交されるに決まってる。この会話もミスは……許されない……!)
内心、冷や汗のイザベルだったが、できるだけ落ち着きを装って声を出す。
「棟は違うけど、たまに見かけるわよ。突然どうしたの?」
「以前は図書館でよく会ってたんだけど、五月の終わりぐらいから、全然顔を出さなくなってね。何かあったのかな」
「五月の終わり……」
今は七月の中旬だ。もうじき終業式があり、夏季休暇に入る。およそ二ヶ月前の記憶を思い起こし、イザベルは息を飲んだ。
(五月といえば、薔薇の園遊会……! っていうことは、白薔薇ルートに入ったから、クラウドと接触する機会がなくなったんだわ)
言葉を失うイザベルに気づいていないのか、クラウドは心ここに在らずの目だ。続く言葉にも覇気というか、正気がない。
「最近は、週末もどこかに出かけているみたいなんだよね。だから全然つかまらなくて」
それは十中八九、各種イベントや好感度上げに忙しいからだろう。
現実は残酷だ。選ばれなかった攻略キャラの気持ちを考えると、少し不憫になる。しかし今、イザベルができることはなにもない。
「そ、そうだったの。彼女も慣れない学園生活で忙しいのではないかしら」
苦し紛れの理由を口にする。少しの間を置いて、現実逃避していたクラウドの目に光が戻ってきた。
「なるほど……。案外そうかもしれないね」
納得して頷く様子を見ながら、イザベルは渇いた笑いしか出てこなかった。
(なんてこと。レオン王子以外にも、不憫なキャラがいたなんて……!)
放置されたキャラの扱いは、ゲーム内では描かれていなかった。一匹狼のレオンの自立をサポートすれば問題ないと思っていたが、もはやクラウドもこのままにしておけない。
新たな課題を前に、イザベルは頭が痛くなった。
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