ループ8回目ですが、わたくしは悪役令嬢であって魔女ではありません!

仲室日月奈

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4. ループ時代のスキルを使う日が来ました

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 途中の町で宿を取りながら進み、馬車での旅程は順調だった。
 時刻は昼すぎ。それは、最後の宿泊施設に荷物の運び込みを終えて、一息ついていたときだった。

「なんてこった……今の彼女の体温は?」

 一階の食堂スペースの真ん中で、派手な衣装に身を包んだ集団が集まっている。どの顔も沈鬱な面持ちで、不測の事態が起きたことは火を見るより明らかだ。
 部屋の準備が整うのを待っていたレクアルと視線を交わすが、無言で紅茶を飲んでいる。おそらく関わる気がないのだろうが、セラフィーナは他人事のようには思えない。

(だって、彼らを見てたら、旅一座にいた頃を思い出してしまうもの……)

 これまでの人生では、流れ着いた先でさまざまな職業に就いてきた。旅芸人の見習い踊り子をしたり、飲食店で働きながら情報収集したり、郵便工房で宅配の受付をしたり、パン屋に弟子入りなどもしてきた。
 頭にバンダナを巻いた女性が声を潜めて言う。

「三十九度を超えているわ。顔も真っ赤だし、とても舞台に出られる状況じゃないわね」
「代わりの役者は……」
「いると思って?」
「だよな……フリーの踊り子なんて、そうそう見つかるものじゃないしな」

 誰からともなくため息をつき、どんよりとした空気が立ちこめる。
 聞き耳を立てていたセラフィーナは静かに椅子を引き、顔を伏せた一行に近寄り声をかけた。

「あのう。すみません」

 話しかけられるとは思っていなかったのだろう。若い男の肩がびくりと跳ねた。それから油を差していないネジを回すようにぎこちない動きで振り返り、視線が合わさる。

「な、何でしょう?」
「代理の踊り子をお探しですか?」

 前置きを飛ばして結論から言うと、男の横にいた筋肉質の男が愛想笑いを浮かべた。どっしりと構えた座り方から見るに、この人が座長なのかもしれない。

「ああ、そちらまで聞こえてしまいましたか。お恥ずかしい話です。踊り子が一人、熱でダウンしてしまって……」
「踊りなら少しは覚えがあります。よろしければ、お手伝いさせてください」

 これでも運動神経はいいほうだ。ダンスはもちろん、侯爵領の広大な敷地で馬術もたしなんできた。旅一座にいた頃だって、きつい練習にも耐えてきた。力不足は否めないが、ただ穴を開けるよりはいくらかマシのはずだ。
 セラフィーナの申し出に一同目を丸くしていたが、先に口を開いたのは座長の横にいた若い男だった。

「え、でも君。劇団員ってわけでもなさそうだけど」
「以前、旅の一座に習ったことがあるんです。一度、わたくしの演技を見ていただければ納得してもらえると思います」

 出番は少なかったが、踊り子として舞台に立った経験もある。
 新たな選択肢に、皆が顔を寄せ合って意見を交わす。

「どうするよ?」
「嘘を言っているようでもないし、ここは試してみる価値はあるんじゃない? 私たちに他の選択肢はないわけだし」
「確かに……そうだな。では一度、君の腕前を見せてもらおうか。その上で判断したい」

 座長の許可が出てホッとするも、セラフィーナは眉尻を下げた。

「その前に連れに伝言を残してきますので、少しだけお待ちいただけますか?」
「もちろんだ。ちゃんと話してきてくれ」

 レクアルの元に戻ると、ちょうど彼がティーカップを置くところだった。

「あの、レクアル様。話の内容は聞こえていたかと思うのですが……少し抜けてきてもよろしいでしょうか?」
「今日はもう自由時間だ。好きにして構わない」
「ありがとうございます」

 セラフィーナは旅一座の天幕までついていき、早速テストを受けることになった。
 以前、師匠に言われた注意点を思い出しながら手足を伸ばし、くるくると舞う。タンッと踏み込み、ひときわ大きくジャンプをして着地をすると、誰かの口笛が聞こえた。
 一通り演技を終えると、客席にいた女性がはしゃいだように手を叩く。

「すごいわ、この子。筋がいいし、指先まで演技が伝わってくる。夜の公演の代理に出ても問題ないわ!」
「驚いたぜ、嬢ちゃん。このまま俺たちと一緒に旅をしないか?」
「……お気持ちは嬉しいですが、わたくしは行くところをもう決めていますので」
「残念だ。もっと練習すれば、技にも磨きがかかるだろうに」

 座長がもったいないとばかりに肩をすくめたが、セラフィーナは曖昧に笑うことしかできなかった。

   ◇◆◇

 舞台衣装を借りて、演技指導をみっちり受けて本番を迎えた後。お礼がしたいと引き留める声を振り切り、宿に戻ったらレクアルとエディが待ち構えていた。

「ただいま戻りました」
「……その様子だと、無事役目を果たせたようだな」
「はい。公演は成功です」

 ショールや短剣を使った舞踊は観客を魅了し、まずまずの評価を得たと思う。エディがそっと椅子を引き、レクアルに視線で座るように促されて着席する。

「だが正直なところ、驚いたぞ。こんな特技を隠していたとは」
「隠していたというか、見せる相手がいなかっただけです。侯爵令嬢には不要の才能ですから」
「そうか? 遠目で見ただけだが、なかなか様になっていた。案外、あれがお前の天職なのではないか?」
「ご冗談を。わたくしの天職はこれから見つける予定です」

 真面目に答えると、レクアルはまぶしいものを見るように鳶色の瞳を細めた。
 と、そこへエディがマグカップを持って戻ってきた。白い湯気がふわりと揺らめく。

「ココアです。急な代役、お疲れさまでした」
「……いただきます」

 甘いココアは疲れた体に染み渡り、無意識に力んでいた肩から力が抜けていく。両手で白い陶器を包み込み、ちびちびと飲む。

「夕飯がまだのようでしたら、軽食を頼んできますが」

 エディが心配そうに見つめてくるので、セラフィーナは慌てて手を振った。

「あ、天幕で軽く食べてきましたので大丈夫です。出番もそんなに多くなかったので、言うほど疲れてもいません」
「それでも慣れない場所で気を張っていたのですから、今日は早めにお休みくださいね」
「そうだぞ。明日には公国に入れるとはいえ、ここでお前に体調を崩されるのは困るからな。無理せずに休め」

 常に成果を求められてきたアールベック侯爵家とは違う扱いに面食らう。
 だけど、二人の気遣いに満ちた言葉が面映ゆくて、セラフィーナは自然と笑みをこぼした。
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