偽りの満月の姫

仲室日月奈

文字の大きさ
上 下
9 / 14
第二章 敵国の人間

4

しおりを挟む
 休憩時間になると、皆が群がって質問を浴びせてくる。たどたどしくも一つ一つに丁寧に答えると、それぞれ満足したのか、数日後には皆の興味はよそに移っていた。

(同年代の子って皆、こうなのかしら……)

 月宮殿では年上の侍女に囲まれて育ったため、同年代との交流経験は乏しい。

(セシルは昔なじみだから、友達っていうよりは兄妹みたいなものだったし……)

 フロラルの塩対応も相変わらずだ。事務的な質問には答えてくれるが、雑談には一切応じてくれない。誰に対してもそうなのかと思いきや、クラスメイトとは気さくに話していた。
 人と違う対応は、やはりこの髪のせいなのかもしれない。
 学園内を歩いていても、白銀色の髪は悪目立ちするようで、どこにいても奇異の視線にさらされる。遠巻きに見られるのは故郷と同じだが、ひそひそと囁かれる内容は満月の王家に対するものが多い。
 好奇心、畏怖、敵対心、さまざまな思いが錯綜している。
 今のところ、勉学は問題ないが、同級生からの情報収集はいらぬ火種をまくことになりかねない。
 寮からとぼとぼ歩き、教室に入ると、皆の視線がディアナに向けられる。

「な……なに?」

 体を硬くして尋ねると、輪になっていた生徒の中から一人の女生徒が前に進み出る。
 クラス委員長のケイトだ。ポニーテールをなびかせ、形のよい細い眉をひそめた。

「今朝、来たらカーテンが切り裂かれていたの。あなたの仕業でしょ」
「え……?」

 窓際のカーテンに視点を転じれば、無残にもズタズタに切り裂かれていた。

「昨日は補習で残っていたわよね。犯人はあなたしかいないわ」

 確かに補習は受けていた。転入して間もないため、皆の授業についていくために特別補習が行われていたからだ。
 だがしかし、完全に濡れ衣だ。

「ちょっと待ってよ、私じゃないわ!」
「この期に及んで往生際が悪いわね。潔く罪を認めたら?」
「だから違うってば……!」

 どう言えば、この疑惑を払拭できるのか。誰か一人でも同じ意見の者はいないかと、周りをぐるりと見渡す。けれど、誰もがさっと視線をそらす。
 ケイトは子供に言い含めるように、声のトーンを和らげた。

「わずかだけど、闇の精霊が召喚された形跡があるの。この学園で闇を操れるのは、満月の王国から来たディアナしかいないでしょう?」
「そ、それは……」

 闇の精霊は、太陽の皇国の者には使役できない。長年、太陽の大精霊の保護下にあるため、呼び出しはできても契約はできない。
 一方、満月の王国は月の大精霊の保護下にあるため、眷属である闇の精霊と契約できる。けれど、これは一般論だ。
 精霊から見放された「新月の巫女」であるディアナは、どの精霊も召喚に応じない。呼び出すことすら不可能なのだ。

(だけど、女王の妹が精霊を呼び出せないなんて知られたら……なんて言われるか)

 グッと歯を食いしばる。嘲笑はいつも聞き流してきた。だけど、自分だけをおとしめる言葉ならともかく、波及して姉まで悪く言われる可能性は高い。
 周囲の視線がちくちく刺さり、ディアナは顔を曇らす。犯人だと決めつけられている中、いくら反論しても誰も取り合ってくれない気がする。

(どうしたら……いいの……)

 返す言葉も思いつかずに黙っていると、ケイトが焦れたように口を開く。

「悪いと思っているなら謝ればいいでしょう。そんなこともできないの?」
「……やっていないもの」
「じゃあ、一体誰がやったって言うの? 他に心当たりでもあるの?」
「…………」

 心当たりなど、あるはずがない。誰が何のために、こんなことをしたのか、まるでわからない。ディアナに罪を着せる気だったのか、偶然の事故なのか。どちらとも言えない。

「黙っていてもわからないで……」
「そこまでだ。学生議会長、ロイヴァート・S・ゼフィードがこの場を引き受ける」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...