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prologue 『死者奴隷』
第2話 死者奴隷
しおりを挟む「───!? ...一体? 夢? いつの間にか寝てしまったみたいだな」
どうやら少年は座ったまま寝てしまっていたようだ。ずきずきと痛む重たい体を動かし、辺りを見回す。何かがある訳じゃない。兵士、奴隷、物資、次の戦争に向けて様々な人、物が行き来しているだけだ。
「目が覚めたからと言って、何か変わっているわけではないか」
そんな至極当たり前なことを思いながら、今度は昨日の雨によってできた水たまりを覗き込み自分の姿を見た。緩く癖のある黒髪は無造作に伸ばされ、かつては深紅の輝きを放っていたであろう瞳もほとんど光がなく、うす暗い赤色になってしまっている。もう3年以上もまともなものを食べていない身体は痩せ細り、骨ばっている。
「この顔ももう何年も変わっていないな」
少年が水たまりから視線を外し、空を見上げたその時、右の脇腹に重たい衝撃、そして痛みが身体を貫いた。
「がはっ!!」
軽々と蹴り飛ばされる少年。衝撃で肺の空気をすべて吐き出してしまった。慌てて息を吸おうとするが、先程息を吐こうとしていたためにうまく吸うことが出来ず、口をパクパクとさせるだけだった。
「死者奴隷スレいデッドの癖にこんなところで寝てんじゃねぇよ!」
そんな大声で辺りにいた者達の動きがとまり、視線がこちらへ向く。少年を蹴った兵士は、忌々しげに奴隷たちを一瞥すると、奴隷たちに向かって叫んだ。
「いいか! 少しでもサボってみろ、お前らはすぐにこいつと一緒になるからな!!」
それを聞いた奴隷たちは、すこしばかりどよめきが走った後、兵士の視線から逃れるように仕事へと戻っていく。
「術師! このガキ直しとけ」
「全く、毎日『モノ』を直させられるこっちの身にもなってくださいよ... おい、動くなよ。せっかく直してやってんだから。」
術師と呼ばれた男によって傷を治される少年。しかし、傷は治ってもこみ上げる吐き気は治らない。残された少年は、こみ上げる吐き気を抑えるように蹲っていた。
これが、少年の一日。
傷が増えては消え、死ぬこともできずに痛めつけられる日々。
最底辺で、蹲り光すら見ることの出来ない少年の一日。「おい、早く乗れ」
兵士の言葉で、少年は馬車の角にある小さな牢に入った。 馬車は貨物用のため、中に人はおらず御者台に座る男だけがいた。流れ行く景色を眺めながら、自分が普通の市民であれば、と想像する。そんな夢、決して叶うものではないと彼自身気づいてはいるが、自我を失わないためにはあらゆる物に自分を当てはめて夢を描き続けた。
「幾ら夢を見たところで、それは現実じゃないよな」
そう、夢は夢だ。幾ら夢を大きくしようとも、延長しようとも、現実にはなり得ない。それは今までも同じ、これからも同じことだ。この『奴隷』と言う縦穴の中で、更に最底辺に落ちて3年。縦穴のその先に見える光を掴もうと足掻いてきたが、どうやらそれは只の幻覚だったようだ。
「翼をなくした鳥は、一体どんな最後を迎えるのだろうか」
人間、誰しも翼をもって生まれてくると聞いたことがある。人によって大なり小なりあるが、その翼があれば人はどこへだって行けると。人は今俺がいる『奴隷』と言う縦穴に殆ど落ちずに生活しているらしい。仮に落ちたとしても、翼があるから地に付くことはないだろう。
「俺に翼があれば、こんなところで苦しむことは無かったのだろうか」
···恐らくそうだろう。あの時、ここに来たときに翼なんて物は誰かに取られてしまった。だから俺は縦穴を抜け出すことが出来ないのだろう。人が軽々飛んで行けるところには、俺は歩かないといけない。この腕で登っていかなければいけない。
「結局、この世界は翼があって初めて成り立つんだろうな。···俺に翼を返してくれよ! 俺を助けて···」
そんな叫びは、御者台の男にすら届かない。助けてくれる者なんてもっての他だ。暫くすると、馬車が鈍い音を立てて止まる。
どうやら、目的地に着いたらしい。
兵士が少年を檻から引きずり下ろすと、重たい鉄の首輪を少年に着けた。
「ガキ、とっとと行くぞ。もたもたするな、付いてこい」
ああ、また始まる。肉を鞭で裂かれ、手足を切り落とされ、それでも尚死ぬことが出来ずに痛めつけられる一日が。
彼にとっては白と黒しか色のない世界のどこか遠くの方を眺めながら、少年はこれからまた始まるであろう拷問をも超える痛みに歯を食いしばる。少年にはもうそうする事しか出来ない。少年は兵士に引き摺られるがまま進んでいった。
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