それを知らなければ

かとれべた

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それからというもの、何事もなく長い話を聞くだけの入学式が終わり昼頃には下校の時間となった。
想像していた通り、自分は空気のように誰と話すわけでもなく一日目が終わった。

教師がクラスで明日からの事を説明している時に何度かこちら側への視線を感じた。初めは自分がおかしいのかと思ったが予想していた通りクラスの何人かは後ろの人が気になっているようだ。
さて帰宅するかというときには、数人が後ろの人を取り囲んでいた。
それを横目に僕は帰路に着いた。
彼はなんというか、明るそうで。雰囲気がある。
友達になりたいと狙いにいく人は多いだろう。

みんな見極めているのだ。学校という小さい社会でより強い権力を持てそうな人間を。
千莉くんという船に乗って全ての判断を彼に委ねるのだ。



帰り道に綺麗なハンカチをクリーニングに出した。
ハンカチたった一つをクリーニングに出す人は少ないので、店員からはこれだけなのかと不思議な顔をされた。
「あの…これは手縫いの刺繍だと思いますか?」
自分が出してきたハンカチなのにそんなことも知らないのかときっと思われたが、店員の方はハンカチの裏をじっくり見たあと「これはあとから刺繍されたものだと思いますね」と言った。





次の日の朝は目覚めが悪かった。
元々朝が得意なわけではないけれど、今日は特にだ。
とても春とは思えないような気温に身体がまだついていけていない。
体調を心配されてはいけないから、なんとか元気を装いながら居間へと折りた。
「邦光くんおはよう」
「おはようございます。由美子さん。」

下りてくると由美子さんが朝御飯を作ってくれていた。
由美子さんは、とても料理上手だが今は料理の香りだけで気持ちが悪くなりそうだ。
でもせっかく作っていただいた朝食を断るわけにはいかない。いただきますと朝食を胃袋に詰め込んだ。


学校へ行くとやはり、彼を中心にしたグループができていた。
自分の席まで誰かが座っていたから、HRが始まるギリギリまで廊下を歩いて時間を潰す。
別に初めてじゃない。
こういう時に無理矢理座るのは忍びない。楽しく話しているなかに自分が割って入れば反感を買うに決まっているし、自分が座りたい理由もないのだから。
ギリギリになって戻ろうと思った時に、吐き気を催して、さ手洗い場に駆け込んだ。
あまりに必死だったから、鞄の中にいれておいたお弁当箱がとび出てきてしまい、中身は全て床に溢してしまった。
幸いにもお弁当箱は壊れていないようだったが、よく見るとプラスチックにヒビが入っている。

なにより作ってくれた由美子さんにとても申し訳なかった。

今日は朝から体調が悪かったんだ。
今さら戻ってもまたいつ吐き気が来るか分からない。みんなの前でなにか粗相してしまったらと考えたらやはり今日はこのまま帰るしかない。自分が登校していたことなんてきっと誰も知らないだろうし。

だがあの家族に迷惑はかけられない。
すぐに家に帰ったら何があったかと心配されてしまう。
今日は仕方がないから、ここを掃除したらクリーニング店に寄って図書館で暇を潰してから自宅に戻ろう。



昼頃にもなれば吐き気はすっかりおさまって、腹の虫が鳴くくらいには回復していた。

どこかで食べられる程のお金は持っていないので今日の昼食は諦めた。

クリーニング店に到着しハンカチを受け取ると、昨日の事を思い出す。
親切で明るい笑顔の後ろの席の人を。
恥ずかしいところを見られた気持ちもあるのに、その気遣いはなんだかすごく…

そこではっと我に返った
このハンカチはどうやって返せば良いのか…。
そもそも自分があの人になんと言って話し掛ければ良いのか。
クリーニングに出したから安心してね。何て言ったら気持ちが悪いと思われるんじゃないか。
下駄箱に手紙と一緒にいれておくのはどうだろうか?いやだめだ、不衛生だしラブレターだと勘違いさせてしまうかもしれない。
彼は親切なんだから恥をかかせてはいけない。
結局良い案は思い付かないままとりあえず100円均一のお店にいきラッピング用品を購入した。

なんだか色々間違ってるような気もしたが、とりあえず渡せそうなときに渡そうとそれを鞄にしまいこんだ。



そんなことをしていたら良い時間になっていて、ようやく自宅へ戻ることができた。
心の中で謝りつつ空っぽのお弁当箱を自分で洗おうとした時に、後ろから由美子さんに声をかけられた。
「邦光くん、お弁当箱はあとで他の物と一緒に洗いたいからそこに置いておいてね。」
まじまじと顔を見られながらそう言われてしまって、小さな声で返事を、もっと小さい声で謝罪をした。

学校をサボったことが由美子さん達にバレているかもと不安だったが、由美子さん達になにも聞かれないから、きっとバレていないんだろう。
担任から連絡が来ているかもと考えたが、来ていないようでよかった。

いつもと同じように由美子さん、宗一郎さん、梓くんの四人で夕飯を囲む。
僕はほとんど会話に参加できないが、皆楽しそうに話している。
気のせいかいつもより米が大きく盛られた茶碗を勢いよくかきこんで、自室へと戻った。












    
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