それを知らなければ

かとれべた

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例えば皆がどこまでも続く長い線ならば、僕は点だ。
自分だけがじっと動かずまだここにいる。
きっとこれからも小さな点として、誰にも気づかれないまま他の線を眺めているだけなんだろう。



 
「…いってきます」
ドアを開けてから小さな声で呟く。すぐに閉まるから、返事までは聞こえない。いや、なくていい。


それよりも考えなくてはならないことがある。
まさに今日から高校という監獄に入れられるのだ。
中学でも勉強は人一倍努力したおかげで、県立の特に勉強に力を入れている高校に入ることができた。


ただ場所が変わるだけで、やることは変わらない。
勉強をして良い大学にいこう。そして良い就職先について…それからは、

自分のやるべき事は1つしかないと己を奮い立たせる。
実のところ緊張しているが、実際は緊張することなんてないのだ。
どうせどこへ行っても自分は空気で、決して誰かと交わることはないのだから。


初めて入る教室について周りを見渡すと、中学から一緒であろう人々がそこらでグループになって談笑している。
自分で選んだ高校なのにやはり一人だなと、安心したような悲しいようなため息を吐いて、自分の席を確認する。
後ろから二番目という落ち着ける席に安堵しつつ席に着こうとすると突然声をかけられた。
「あっ君が園山邦光くん?俺三原千莉。邦光くんの後ろの席だからよろしくね」
人懐っこい笑顔で挨拶する彼に、短くよろしくとだけ返して座った。
どんな顔で返事をしたか分からない。
久しぶりに人の目をみて会話をした。
変に思われなかっただろうか。辛気臭いやつだと後で言いふらされるのだろうか。
まだ4月だっていうのに、全身が熱くなり、シャツの中で汗をかき始めている。
ああ、またこうなる。だから自分は一人で良い。その方が気楽なんだ。
諦めてるくせに、期待したり緊張したり落ち込んだりして未練がましい。
分かってる。分かっているのに。
身体を伝う不快感に耐えられず鞄の中からハンカチを探すがなかなか見つからない。
必ずいつも持ち歩いているのに。
焦りで更にどっと汗が吹き出す。
顔が冷たいような熱いような。そんなことももう分からなくなって、白い光に頭を支配されていく。

そんな時、数回背中を優しく叩かれた。
きっと後ろの子だ。でも、本当に自分を呼んでるのか。
一瞬悩んでしまったがゆっくり振り向いた。そうじゃなかったとしても変じゃないように、さりげなく。
「これ使って。大丈夫、まだ使ってないから」
 周りに目立たないような小さな声と共に差し出されたのはまるで新品のように綺麗なハンカチだった。
こんなに綺麗なハンカチを自分の汗で汚して良いわけがないだろう。
「いや大丈夫…」と遠慮したが、半ば強引に押し付けられた。
「本当にいらないやつだから。返さなくて良いよ」
 とまで言われてしまって、必ずクリーニングに出してお返ししようと誓ってありがたく受け取った。
「本当にありがとう」
後ろの席の人は返事の代わりに小さく笑った。


見た目は少し派手な感じだけど周りを良く見ている親切な人なんだな。
そういえば席に着くときも僕の名前を覚えてくれていた。
きっとこの人は友人もすぐにたくさんできてクラスの中心の存在になるんだ。
なんて考えながら汗を拭いてハンカチを畳もうと思ったら、少しぎこちない手縫いのような刺繍を見つけた。
そこにはSと刺繍されていて、すぐに千莉のSかと納得した。
きっとこれは千莉くんを大事に思う誰かが、気持ちを込めて刺繍したものなんだろう。
そんな大事なものを使ってしまった自分がまるで罪人のように感じた。
同時に羨ましい。
ずるいだとか妬ましいだなんて思わなかった。彼はとても良い人だから。
ただ、良いなとだけ思った。



そのハンカチに込められていた気持ちの名前をまだ上手く言葉に表すことはできなかった。


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