黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ

文字の大きさ
上 下
30 / 44

三十話 すごく頼りになる

しおりを挟む
「なーんだ、カトリーヌの所の嫁と孫だったのか。てっきりうちのだと思ったのに、とんだぬか喜びだったわ」

 朝食の席で残念そうにそう言いながら、スワンの母親はセルジュに向かって太い腕を差し出した。

「ルイーズ・ディ・マルタンよ。今はすっかり辺境伯を引退した夫と一緒に海外に住んでるの」
「あ、セルジュ・ド・シャネルです」
「え、ステヴナンじゃないの?」
「えっと……」
「事情があってまだ籍を入れていないんです」
「まさか、クロードができちゃった婚だっての?」

 ルイーズは驚いて、思わずセルジュの手を握っている右手に無意識に力を込めた。

「いたたたたた!」
「あら、ごめんなさい。私ったらちょっと握力が強くて」
「いえ、大丈夫です」

 セルジュはへらっと愛想笑いを浮かべると、運ばれてきたエミールの離乳食に匙を入れた。

「ほら、エミール」
「あー!」

 食欲旺盛なエミールが、鳥の雛のように尖らせた唇を大きく開けるのが微笑ましく、食卓に和やかな笑いが広がった。が、それも束の間、ルイーズが突然さっと腕を伸ばしてセルジュから匙を取り上げた。

「ちょっと、熱いかもしれないじゃない!」
「え、でも……」
「母上、うちの料理人はちゃんと赤子には適切な温度に冷ました料理を提供するよう心がけてくれていますよ」
「何言ってんの、この城には今まで赤ん坊の料理を担当したことのある料理人なんていないはずでしょ? だってあんたに子供がいないんだから。私は自分で作ったものしかあんたには食べさせたことなかったしね」

 そう言うと、ルイーズは奪った匙をあろうことか自分の口にパクッと入れてしまった。

(げっ!)

「うん、問題なさそうね。ほらエミール、あちちじゃありませんでしたよ~」
「うあ~」

(ちょっっっっっと、待った!)

 蒼白になったセルジュが慌てて止めようとした時、目にも止まらぬ素早い動作でクロードがルイーズの腕を掴んだ。

「えっ?」
「他人の口に入れたものを息子に与えるのはやめて下さい」

 クロードはルイーズから匙を取り上げると、控えていたマルタンの使用人に渡して新しいものと交換してもらった。

「そんな潔癖に育ててたら病弱な子に育つわよ。スワンを見てみなさいよ。年中海で泳いでるけど風邪ひとつ引いたことないのよ」
「これは現代では常識であり、ステヴナン家の子育ての方針でもあります」
「母上、よその家の子育てに口を出すべきではありませんよ。それにクロードだって年中北方の川で泳いでいるそうですが、いつも健康そのものではありませんか」
「年中北方の川で泳いでいるですって? それは頭がおかしいとしか言いようがないわよ」

 ルイーズが呆れて目を剥いている隙に、クロードは綺麗な匙をセルジュに手渡した。

「ほら」
「あ、ありがとう」

(しゅ、姑がカトリーヌ様でよかったぁ!)

 内心ほっと息をついたセルジュは、言いにくいことをすかさず言ってくれたクロードの綺麗な横顔をチラッと盗み見た。

(そして今更だけど、この父親はすごく頼りになる)

「全く、クロードはあんたより一回りも若いってのに既に父親なのよ。いい加減あんたもいい人見つけたらどうなの」
「それより母上、突然こちらに戻られたのはどういった理由なのですか?」

 風向きが悪くなってきたスワンはすかさず話題を切り替えた。

「聖樹祭がもうすぐだからよ」
「え、聖樹祭に参加されるおつもりですか? 引退されてからは一度も行ってなかったのに」
「まさか。お前が行ってる間にマルタン領がガラ空きになるのが気になるから帰って来たのよ」
「ガラ空きって……毎年のことではありませんか」
「今年は聖樹が花を咲かせた聖樹祭でしょ? もしかしたら何か起こるかも知れないじゃない。あんたの身に何か起こった時、ここに誰かいた方がいいかと思って」
「やめて下さいよ」

 ルイーズはひょいっと肩をすくめた。

「まあ夫は心配しすぎだってのんびりしてたから、あの人は置いて私だけ帰って来たってわけ」
「そんな、私のことより父上の心配をして下さい」
「大丈夫よ、子供じゃないんだから」

 ルイーズはエミールのふっくらした頬っぺたをちょんちょんと指でつついた。

「本当天使みたいに可愛い子ねぇ。どうしてうちの孫じゃないのかしら」
「ふえぁ~」

 エミールは嬉しそうにニコニコとルイーズに愛想を振り撒いている。

(ちょっと性格が強烈だけど、悪い人じゃないんだな。エミールがこんなに嬉しそうだ)

「おばさんが何か買ってあげたいけど、カトリーヌがうるさいみたいだからお小遣いをあげるわ。これで服でもおもちゃでも何でも買ってあげて」

 貴族であるクロードには全く不要な心遣いではあったが、セルジュはエミールに対する好意としてありがたく受け取っておくことにした。

                  ◇◆◇

「……はぁ、他人の家にいるのってやっぱり疲れるのな」

 朝食を終え、部屋に歩いて戻る途中、セルジュはため息をつきながらクロードにこぼした。

「すごく良くしてもらってる癖に悪いけど、やっぱりステヴナン城が落ち着くよな」

 クロードはちらっとセルジュを見た。ほとんど分からないくらい微かに口角を上げている。

「そう思ってもらえて良かった」
「え?」

(あれ、そういえばステヴナン城も他人の家だよな? 何言ってんだろう、俺)

 意識を失って目覚めたばかりの時は、確かに居心地悪かったはずなのに。この一年の間にステヴナン城での生活に、クロードとエミールと家族であることに、いつの間にかすっかり慣れてしまっていたことにセルジュは今更ながら気が付いた。

「……さっきはありがとう」
「え、何が?」
「ほら、ルイーズ様が口に入れた匙でエミールに食べさせるのを止めてくれて。俺が早く止めなきゃいけなかったのに……」

 相手に忖度して、一瞬躊躇してしまった。それでクロードが矢面に立つ形になってしまったのだ。

(エミールのことを考えたら、ちゃんと言わなきゃいけなかったのに)

「どうしてお前が止めないといけなかったんだ? 別に俺が止めたんだからいいだろ」
「いや、でも、お前は領主だし。あんまりこういう些細な事で他人と口論になるのは……」
「正しい事を言ったのに何が悪い。領主だろうが国王だろうが、人の親であることに変わりはないだろう?」

 クロードはガチャリと部屋の扉を開けながら振り返って微笑んだ。

「俺は他人と揉めるのに慣れてるから、こういうことは任せろ。お前は優しくて他人に気を遣いがちだから、こういうことには向いていない」

(違うよクロード。俺は優しいんじゃなくて、ただ気が小さいだけだ……)

 セルジュが否定の言葉を口にしようとした、その時だった。

「うわ~、かっこいいセリフ」

 聞いたことのない、からかうような声が部屋の中から聞こえてきた。クロードはさっと剣を抜くと、エミールを抱いたセルジュを背に庇いながらパッと部屋に飛び込んだ!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪ 11月27日完結しました✨✨ ありがとうございました☆

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

歳上公爵さまは、子供っぽい僕には興味がないようです

チョロケロ
BL
《公爵×男爵令息》 歳上の公爵様に求婚されたセルビット。最初はおじさんだから嫌だと思っていたのだが、公爵の優しさに段々心を開いてゆく。無事結婚をして、初夜を迎えることになった。だが、そこで公爵は驚くべき行動にでたのだった。   ほのぼのです。よろしくお願いします。 ※ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

処理中です...