上 下
28 / 44

二十八話 君を食べてもいい?

しおりを挟む
 聖樹祭の貢物の果物は、マルタン城の敷地内にある広大な果樹園で毎年収穫されているもので、セルジュたちは王都へ出発する一週間前からスワンの作業を手伝うことになった。

「この辺りを持って、枝にハサミを入れるんです。そうそう、お上手ですよ。虫も一緒にちょん切らないように気をつけて下さいね」

 スワンに教えられた通りに、セルジュは爽やかな香りのするオレンジ色の果物を一つ、木の枝から恐る恐る収穫してみた。

(あ、結構楽しい)

 張りのある皮が南国の太陽を反射して眩しく、セルジュは思わず目を細めた。

「綺麗な果物ですね」
「南領自慢の特産物ですよ」

 スワンも自分が収穫した果物を色々な角度から眺めて微笑んだ。

「今年はちょっと果物の出来を心配していたのですが、杞憂だったみたいですね」
「?」
「例年に比べて今年はあまり発育が良くなかったんですよ」

 スワンは背中に担いでいる籠にポイっと果物を放り込んだ。

「この城の敷地内の果物の木は特殊でして、大昔の南領の先祖が西領から運んで来たものだと言われています」
「中央の聖樹と同じですね」
「聖樹と違う所は、魔法マナの恩恵を授けるのではなく、むしろ魔法の恩恵を受けて実を結ぶという所ですね」

 セルジュも話を聞きながら、次の果物の収穫に取り掛かった。

「去年聖樹が花を咲かせたので、今年はそっちに魔法を取られて南への恩恵が疎かになっているのだと思っていたのですが、もしかしたら別の要因があるのかも知れません」
「それって……」
「知らず知らずのうちに、キポエ村のフェアリーたちから恩恵を受けていたのではないかと考えています」

 セルジュが思わず振り返ると、スワンはいつになく暗い表情で遠くの方を眺めていた。

「強欲な人間によって、我々は知らないうちに彼らが与えてくれていた恩恵を失ってしまったのですね。キポエ村のフェアリーたちは迫害されてきたにも関わらず、我々南領の人間と共存しようとしてくれたというのに」
「マルタン伯爵が悪いわけではないじゃありませんか」

 慰めるようなセルジュの言葉に、スワンはいつもの明るい表情を作ってにこやかに笑った。

「そうですね。美人に慰められると元気が出ました。実際この一週間で青かった実も何とか熟したようですし。セルジュのおかげです」
「いや、そんなわけ無いじゃないですか」
「おい」

 不意に不機嫌そうな声がして振り返ると、無表情なのに何故か不機嫌だとわかる様子のクロードが、エミールを抱えてセルジュの登っている木のすぐ下に立っていた。

「人のオメガを口説くんじゃない」
「クロード、社交辞令だってのが分からないのか?」
「私はいつも本気だが、この程度の会話もダメなのかい? あんまり束縛が強すぎると嫌われるぞ」
「こっちには子供がいるんだ。束縛して何が悪い」

 開き直ったクロードの発言に、セルジュは呆れてスワンは笑いを堪えていた。

「俺が作業するからお前はエミールを見てやれ」
「ダメだ。怪我人は木に登るな。お前は下の方の枝でエミールに収穫体験をさせてやれ」
「もう痛くはない」
「いいからこっちは任せろって。それに子供のお世話だって結構大変だぞ?」

 クロードはまだ何か言いたげだったが、セルジュの言う通りに低い枝に付いている果物の前にエミールを近づけてやった。

「ハサミは渡すなよ」
「大丈夫だ」

 クロードはエミールに果物を持たせると、ハサミでパチンと枝を切ってやった。エミールは手の中に落ちてきた果物をじいっと興味津々に眺めている。

「あっちに井戸があるから、洗って食べさせてやったらどうだ?」

 スワンに勧められて、クロードはセルジュを仰ぎ見た。

「セルジュ、いいか?」
「ジュースで飲ませたことあるから大丈夫だ。アレルギーの心配は無い」

 クロードは頷くと、スワンを牽制するようにじろっと睨んでから、エミールを連れて果物を洗いに井戸に向かって歩いて行った。

「しかしクロードもすっかり父親らしくなりましたね」
「本当、意外ですよね。とても子供好きには見えないのに……」
「まあ我々辺境伯は基本的に人間嫌いですからね」

(え、これは冗談なのかな? この人はとてもそんな風には見えないけど……)

 言葉に詰まったセルジュにお構いなく、スワンはパチンパチンと果物を収穫しながら雑談を続けた。

「特にクロードは酷いはずです。魔獣を使役する北の辺境伯は人々から偏見の目で見られがちですからね。彼の使う力を黒魔術と混合している人間もいるとか」
「それは無知が引き起こした勘違いってものですよ。黒魔術はそもそも禁忌の術じゃないですか」
「そうですね。ただ、黒魔術の定義は時代によって変わります。今まで普通に行われていたことが、時代の変化で禁止事項に含まれるというのはよくあることです。今は例え禁止された力でなくとも、人々が恐れるのを止めることは難しいのです」

 セルジュは子供の頃、北方でクロードと一緒に町に遊びに行った時のことを思い出した。セルジュの母親が買い物をしている間、二人で店の外で待っている時に子供たちの集団に出くわしたのだ。

『出た! 黒の悪魔だ!』

 その子供たちはクロードの通っていた学校のクラスメイトらしく、クロードを見つけると慌てて逃げようとしたが、中の一人が一緒にいるセルジュの存在に気がついて指をさしてきた。

『やばいぞ! とうとう人間を従え始めた!』
『あの子は何を言ってるの?』

 セルジュは学校に行ったことがなかったため、訳が分からず戸惑った表情でクロードに聞いた。クロードは暗い瞳で黙って子供たちを見ていたが、ギュッと握りしめた拳が小刻みに震えていることにセルジュは気がついた。

『なあ、あいつ助けてやった方が良くね?』
『無理だって。もう手遅れだ』
『ていうかあいつオメガじゃね?』
『劣等種か。クロードの餌でも仕方ないか……』

 クロードが急に殺気立って前に出ようとしたため、セルジュは慌ててクロードの腕を掴んで引っ張った。

『クロード!』
『ぶっ飛ばしてやる』
『そ、そういうこと言ったらダメだって! 早く行こう』

 子供たちの好奇の視線を避けるように、セルジュはクロードを引っ張って近くにあった小屋の影に駆け込んだ。

『……なあクロード、さっきの子たちって知り合い?』
『……学校の奴ら』
『お前、学校でいじめられてたりするの?』
『そんなんじゃない』

 クロードは無表情だったが、傷ついているのがセルジュには分かった。

『お前の父親に言えば何とかしてくれるんじゃないか?』
『別にあんな奴らどうだっていい』
『でも……』
『セルジュのこと、劣等種で俺の餌だって』

 それを聞いてセルジュは思わず吹き出した。

『餌って、あながち間違ってないけど』
『どうして?』
『オメガは大きくなって結婚したら、ここをアルファにガブっと噛まれるんだ』

 セルジュは自分の首の後ろをトントンと叩いてみせた。

『それから、なんか色んな意味で食われるんだって』
『アルファに食べられるの?』
『う~ん、母さんはあんまり詳しく教えてくれなかったけど、なんかそうらしい。それはオメガにとってとても幸せなことなんだって』

 クロードは緑色の瞳でじっとセルジュを見た。

『じゃあ、大きくなったら俺がセルジュを食べていい?』
『それは、大きくなってみないと……』
『今どう思ってるか教えてよ』

 セルジュは目をぱちくりさせてクロードを見た。

『今?』
『先のことは分からないけど、今俺たちが大人だったら、セルジュは俺に食われていいと思う?』
『うん、いいよ』

 それを聞いて、暗かったクロードの表情がパッと明るくなったのをセルジュは確かに見たのだった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

甘田
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

偽りの僕を愛したのは

ぽんた
BL
自分にはもったいないと思えるほどの人と恋人のレイ。 彼はこの国の騎士団長、しかも侯爵家の三男で。 対して自分は親がいない平民。そしてある事情があって彼に隠し事をしていた。 それがバレたら彼のそばには居られなくなってしまう。 隠し事をする自分が卑しくて憎くて仕方ないけれど、彼を愛したからそれを突き通さなければ。 騎士団長✕訳あり平民

落第騎士の拾い物

深山恐竜
BL
「オメガでございます」  ひと月前、セレガは医者から第三の性別を告知された。将来は勇猛な騎士になることを夢見ていたセレガは、この診断に絶望した。  セレガは絶望の末に”ドラゴンの巣”へ向かう。そこで彼は騎士見習いとして最期の戦いをするつもりであった。しかし、巣にはドラゴンに育てられたという男がいた。男は純粋で、無垢で、彼と交流するうちに、セレガは未来への希望を取り戻す。  ところがある日、発情したセレガは男と関係を持ってしまって……? オメガバースの設定をお借りしています。 ムーンライトノベルズにも掲載中

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。  オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。  そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。 アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。  そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。 二人の想いは無事通じ合うのか。 現在、スピンオフ作品の ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

処理中です...