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四十一話 肉親

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 話を終えたクロードを、セルジュは呆気に取られて見つめていた。

「おまっ……最初から俺のこと騙して……」
「悪かった」

 あまり誠意の感じられない謝罪の言葉に、セルジュははあ~と長いため息をついた。

「出産した覚えなんか無かったけど、本当にしてなかったなんて……」
「でも結果的に良かっただろ」
「何がだよ」
「フランソワみたいなクズから離れられた」

 セルジュはふと疑問に思った事を口にした。

「お前、知ってたのか?」
「何を?」
「フランソワが俺のこと、利用してたってこと」

 クロードは黙って頷いた。

「それっていつから?」
「三年くらい前からだったと思う」

 そうか、そうだったのか。

(どうしてこいつがフランソワの事、傷つけたのかって聞こうと思ってたけど)

 きっとそういう事だったのだ。

「なあ、あの時……」
「え?」
「いや、いい。やっぱり何でもない」

 本人の口から直接聞きたい気持ちもあったが、セルジュは聞かないことにした。これまでたくさんの愛情を行動で表現してくれたクロードにそれを聞くのは、なんだか野暮な気がしたからだ。

「何だ、気になる……」

 答える代わりに、セルジュはクロードの襟をぐいっと引き寄せてそっと唇を重ねた。軽い口付けの後に体を離すと、驚愕した表情のクロードが見開いた目でセルジュを見ていた。

「フランソワは俺を騎士にしてくれた恩人で、大人のアルファって感じで憧れてた。でもさ……」

(三年前にお前に失望するまでは、俺は一緒になるならお前がいいって、ずっと思ってたよ)

 伝えなければ。自分もきちんと愛してるってことを、こいつが分かるように示さないと。

「俺は……」

 しかしセルジュが何か言う暇を与えず、クロードが彼を引き寄せて深く口付けした。セルジュは言うつもりだった言葉を飲み込んでその口付けに応えた。

(やっぱり言わなくても伝わったかな)

「ふんげー!」

 怒ったようなエミールの叫び声に、二人はハッとしてお互いの体を離した。エミールは二人を見ているわけではなく、目を瞑って顔を真っ赤にしながら膜を持ち上げるのに気合いを入れているようだった。

「エミール、頑張れ!」

 セルジュは笑いながら拳を振り上げて応援した。

「ほら、お前も応援しろって」
「頑張れ」

 クロードが声を張り上げた時、エミールの頭が青い膜と一緒に赤い水の表面から地上へと出た。

「やった、もう少しだ。頑張れエミール、頑張れ!」

 次の瞬間、地上にいる誰かが腕を伸ばし、青い膜を掴んで三人を引っ張り上げた。
 聖樹の花から出た瞬間、三人を保護していた青い膜はシャボン玉が弾けるようにパチンと消えて、三人はそろって地面に投げ出された。

「クロード!」
「セルジュ!」

 スワンがクロードを助け起こし、イザベルがセルジュに手を貸してくれた。

「イザベル? どうしてここに?」
「あんたたちが捕まった上に脱獄したって聞いたから、スワンと一緒に探し回ってたのよ! まさかお花に食われてるなんて思ってもみなかったけど」
「この場所に君たちがいるっていうのはロベール伯爵が見つけてくれたんだ」
「ロベール伯爵が?」

 辺りをキョロキョロと見回したセルジュは、シモンと話しているロベール伯爵を発見した。シモンは伯爵に頭を下げながら、白い石のはまった指輪を返しているところだった。

(あ、シモンが言ってた協力者って、ロベール伯爵のことだったんだ)

「クロード」

 指輪を受け取ったロベール伯爵は引き上げられたクロードに気がついて、にこやかな表情を浮かべながらこちらへと歩いて来た。

「君の武器と指輪を回収しておいたよ」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、か弱き私の子供たちを守ってくれたことに感謝する」
「……これは一体どういうことですか?」

 蒼白な顔でそう口に出したのは、後ろの方で呆然と立ち尽くしているローランであった。

「ステヴナン伯爵たちの逮捕に関するマルタン伯爵の釈明の件で私も動いていたのですが、なぜここに死人がいるのですか?」

 ローランは震える指で、スティーブの遺体を指差している。

「ローラン様、これは……」

 釈明しようと口を開いたセルジュの言葉をクロードが遮った。

「こいつはフエリト村襲撃の犯人です」
「何ですって?」

 ローランは驚愕したが、その驚きはクロードが吐いた次の言葉に勝ることはなかった。

「しかし真の首謀者であり同じく実行犯なのは、あなたの弟君のフランソワ殿です」
「なっ!」

 セルジュとシモンを除くその場にいる全員が、驚いて顔を見合わせていた。

「ローラン様の弟君って、ドルレアン家の?」
「第一王子殿下の騎士団員でしょ? なぜそんな方が……?」
「ここにいるシモンを含めた、フエリト村の生き残りたちが証明してくれるはずです」

 セルジュが慌ててそう言った時、別の方角から助け船を出す者がいた。

「私も証明します」
「マルク!」

 ステヴナンの騎士数名とカトリーヌを引き連れて、マルクがセルジュたちの元に戻って来たところだった。

「またうちのバカ息子が同じ場所を怪我しているように見えるんだが」

 カトリーヌはもはや呆れて目をむいていた。

「立ち入り禁止区域に入って逮捕されたって聞いて心配してたけど、まさか素手で看守とやりあって脱獄してきたのかい?」

(やっぱり俺たちがフエリト村襲撃事件の犯人だって情報は、あの牢屋内で流されてただけだったんだな。あそこは第一王子殿下の管轄の牢獄だから、フランソワならいくらでも情報操作ができたわけだ)

 それからカトリーヌはセルジュに視線を移した。

「エミールはどこだい?」
「あっ」

(あんな小さいのに、踏み潰されでもしたら……)

「それはこの子のことかね?」

 セルジュが気づいた時、こちらに来ていたロベール伯爵が、掌に抱えるようにエミールを拾い上げているところだった。

(よ、良かった……)

「え、それがエミール? 一体どういうことなんだ?」

 スワンが驚愕した表情で叫び、イザベルも目を見開いて言葉を失っている。

「それが実は……」
「あー! あー!」

 セルジュが二人にエミールの事を簡潔に説明している間、エミールは必死に訴えるように、聖樹を指差しながら伯爵の手の上でぴょんぴょん飛び跳ねていた。

「あそこだね?」

 ロベール伯爵は頷くと、指輪をはめた右手をさっと聖樹のうろに向かって振り上げた。
 すると、うろの中から次々と琥珀の塊が溢れるようにこぼれ出てきた。ロベール伯爵がもう一度手を振ると、琥珀が割れて中から人が現れ、すぐに小さなフェアリーの姿に変わって聖樹の周りを飛び回り始めた。

「これは、魔法生物?」
「きっとフェアリーよ、スワン!」

 イザベルが目を輝かせながら、フェアリーたちが舞う夜空を見上げた。

「なんて綺麗な生き物なのかしら」
「……これが、フエリト村の生き残り?」
「キポエ村の生き残りもいますね。全部で十九名。そこのシモンも合わせて二十名。花の数と同じですな」

 まだショックが治らない様子のローランに、ロベール伯爵が説明した。

「フランソワ殿が攫ったフェアリーをここに隠していたようですな」
「それで、フランソワは?」

 返答に窮したセルジュに代わって、クロードがローランに説明した。

「フェアリーの子供を聖樹の生贄に捧げようとして、その報いを受けました」
「報い?」
「自分が生贄になったのです」

 絶句したローランに、セルジュは何と声をかけていいか分からなかった。フエリト村やキポエ村にフランソワがしたことは決して許されることではなかったが、ローランにとって彼は大事な肉親であることに変わりはないのだ。

(弟の釈明の一つも聞けずに永遠に別れることになってしまったのだ。ローラン様からしてみれば納得のいく結果ではなかっただろう)

 その時、セルジュはあることに気がついてはっと我に返った。

(本当の肉親って言ったら……)

「ふげあ~!」

 エミールの声にセルジュが振り返った時、二人のフェアリーがヒラヒラと舞い降りて、小さな体を震わせながらギュッとエミールを抱きしめていた。
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