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三十五話 俺たちが重罪人だって?

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「え……どちら様ですか?」
「俺だって!」

 看守の制服を着たその人物は右手で自分の頬に触れた。すると一瞬顔の輪郭が歪んで見知った顔が現れた後、すぐに元の知らない他人の顔に戻った。

「えっ! シモ……」
「しーっ!」

 シモンは持ってきた鍵の束で牢屋の鍵を開けると、二人に出て来るように手招きした。

「おまっ、どうして? ていうかその顔……」
「いいから早く出てきて!」

 焦ったように小声でシモンがそう叫び、クロードがすぐにセルジュの腕を掴んで牢屋の外に引っ張り出した。

「落ち着いて俺について来て」

 何が起こっているのかさっぱり分からなかったが、どうも良くないことが起こっている気がしてならない。セルジュとクロードは大人しく看守に化けたシモンについてゆっくりと歩き出した。
 程なくして三人は監獄の出口まで辿り着いた。

「待て、どこへ行く?」

 当然のことながら、三人は外に出る前に見張りの看守に声をかけられた。

「第一王子殿下のご命令で、この二人を今から王城の尋問室へ移送します」
「第一王子殿下の?」

 その看守は不思議そうな表情で首を傾げた。

「そいつらは重罪人だから処遇を決めるのに時間がかかるはずだが?」
「重罪人? 私が聞いている話と違うのですが、何の罪で投獄されていることになっているのですか?」
「なんでも去年北方で起きた辺境の村の村民虐殺の罪だとか……」

 セルジュが驚いて目を見開いた時、シモンがいきなり見張りの看守に近づいて、ふっと顔に息を吹きかけた。すると息を吹きかけられた看守は途端に目が虚になり、カカシのようにその場に棒立ちになった。

「さあ、こっちだ!」

 シモンはセルジュの腕を掴んでだっと駆け出した。

「シモン、どこに行くんだ?」
「とりあえず聖樹の森に隠れるしかない!」

 クロードがちゃんとついて来ていることを確認してから、セルジュは前を走るシモンの後頭部に不安げな視線を投げかけた。

(一体どうなってるんだ? 何が起きてる? どうして俺たちがフエリト村事件の犯人にされてるんだ?)

 現時点で追っ手はかかっていなかったが、それも時間の問題だ。セルジュたちは監獄の裏手から森の中に入り、シモンについて森の奥へと進んで行った。すでに日も暮れて辺りは薄暗くなってきていたが、シモンは迷うことなく進行方向を見定めているようだった。

「ここをまっすぐ行けば聖樹の裏手に出られるよ」
「それってつまり、立ち入り禁止区域ってこと?」
「そう。人間に会う心配がほとんど無いから安心していいよ」

(立ち入り禁止区域内への侵入罪がより重くなりそうだけど……)

「あ、でもここに入ったら警備にバレる!」
「どうして?」
「俺たちシモンを見つけた時、供物台の奥に入っちゃって、そしたらすぐに騎士たちに見つかったんだ。多分結界が張られてたんだと思うんだけど」
「いや、それは無いね」

 シモンはあっさりとセルジュの推測を否定した。

「そんなものの気配は全く感じないよ。そいつらはずっとその辺で見張ってたか、たまたま通りかかっただけだ」
「そんな……」
「聖樹祭の前日だ。聖樹の周辺に見張りがいてもおかしくないだろ」

 クロードが取りなすようにそう言ったが、セルジュの胸の中にはもやもやと黒い雲のような不安が湧き出していた。

(何だろう? 何かが引っ掛かるような……)

「あんまり聖樹に近づくと誰かに気づかれるかもしれない。一旦ここで休憩して作戦を立てよう」

 三人は外から見つかりにくい藪の中に隠れるように腰を下ろした。

「……今更だけど久しぶりだね、セルジュ」
「シモン!」

 十五年ぶりに再開した親友とようやく落ち着いて話せる状態になり、セルジュは感極まって思わずシモンに抱きついた。

「シモンは面影があったからすぐ分かったけど、俺のこともすぐ気づいてくれた?」
「セルジュも全然変わってないよ。それに俺が知ってる人間ってそんなにいないから」

 セルジュはようやくシモンに彼の正体について確認する時が来たことを悟った。

「俺、全然知らなかったんだけど、フエリト村ってフェアリーが住んでる村だったのか?」
「セルジュだけじゃないよ。ほとんどの人間が知らないはずさ。そうでなきゃ隠れ住んでる意味がないからね」
「俺、てっきりシモンは俺と同じでオメガの仲間だと思ってたけど、俺が今見ている君のその姿は、本来の君の姿ではないってこと?」
「そうだよ。俺たちフェアリーは自由に見た目を変えられるんだ」

シモンはクロードに向かって軽くウィンクした。

「見た目だけじゃなくて体の機能も真似できるから、オメガの人間を擬態してる俺はちゃんとクロードの子供を産めるよ。あっ、冗談だってば! そんな気はないからそんな目で見ないでよ! まあそれ以外に大した力は持ってない、弱い種族なんだけどね」

脱獄の際のシモンの活躍を思い出して、セルジュは首を振った。

「いやいや、看守に息を吹きかけただけで大人しくさせてたじゃないか」
「あんなのまやかしみたいなもんさ。ああでもここは聖樹に近いからね。聖樹の魔法マナのおかげで俺たちの力が普段より強まってるのは間違いない。あんな琥珀の入れ物に閉じ込められてさえいなけりゃ……」

 聞きたいことは山ほどあったが、セルジュはすぐにその話題に飛びついた。

「そうだった! どうしてこんなことになってるんだ? シモンはどうして聖樹の中に閉じ込められていたんだ? 他のみんなは?」
「俺も琥珀に閉じ込められた後のことはよく分からないんだ。次に気がついた時はクロードに支えられてた。ただ意識は先に戻ったけど体がしばらく動かなくて、ようやく動けるようになった時は知らない騎士に運ばれてる最中だった。その時助けてくれた人がいて、逃げ出して来たんだ。夜になって牢屋の見張りが入れ替わるタイミングを狙って、セルジュたちを助けに行ったんだよ」

(そうだったのか……ん?)

 セルジュはふと違和感を感じてシモンを見た。

「どうして逃げ出したりしたんだ? 俺はスティーブに頼んで、君を聖職者に見せて手当てしてもらうつもりだったんだ。意識があったなら聞いてたと思うんだけど……」
「セルジュ、やっぱり覚えてなかったんだ」

 シモンはセルジュとは逆に、納得したように頷いていた。

「あいつだよ、俺たちの村を襲ったのは」
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