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三十三話 果報者
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聖樹祭の四日前、セルジュたちは日付に余裕を持って、スワンと一緒に王都へと出発した。
「マルタン伯爵、この度は本当にお世話になりました」
馬車で向かい合って座っているスワンに、セルジュは社交性の皆無なクロードに代わって礼を述べた。
「滅相もありません。楽しんでいただけましたか?」
「はい、とても」
色々あったとはいえ、実際セルジュは初めての海や南国の空気を大いに楽しんで遊び倒した。毎日疲れ切って泥のように眠っていたため、クロードとそういうことをする機会は無かったが、クロードも楽しそうなセルジュとエミールを見て満足そうにしていたのだった。
「聖樹祭の貢物も無事に用意することができましたし」
「それは私の方も助かりました。私には伴侶がいませんので、毎年一人で収穫せざるを得ないんです。聖樹祭の貢物は、領主とその妻子しか採取してはいけない決まりですので」
(げ、俺手伝っちまったけど大丈夫なのか? それとももう妻認定されてんのか? それはそれでなんかあれだけど……)
「……マルタン伯爵は結婚なさらないんですか?」
「良縁というのは簡単に見つかるものではないんですよ。クロードは果報者です」
(え~、これのどこが良縁?)
そう、クロードとの関係を受け入れられずに逃げ回っていたセルジュだったが、実は傍目から見ればセルジュの方が本来クロードに相応しいとは言えないはずだった。辺境伯を支える家柄も財力も持っておらず、ずば抜けて武芸に優れているわけでもない。クロードはともかく、カトリーヌが自分を息子の伴侶としてなぜ認めているのか、セルジュにはよく分からなかった。
「お前、祝福してるような言い方してるが、こいつに手を出そうとしてただろ?」
「いや、あれは不可抗力でしょ! 薬盛られたらどうしようもないって」
「精神力が脆弱過ぎる」
「じゃあ今度北領に行ったら、君の川修行に付き合うよ」
「やめて下さい! 凍死しますよ!」
「冗談ですって。私は寒いのは苦手なんです」
スワンは声を出して笑うと、笑ったままの細い目でセルジュを見た。
「好きな人と結婚するのは普通の身分の人間でも簡単なことではありません。ましてや我々辺境伯は、そもそも好きな人を見つけることすら至難の業なんですよ」
「そうなんですか?」
確かに治めているのは危険な地域で、貴族といえど特殊な身分だ。それでも裕福で容姿にも恵まれている。クロードは別として、このスワンは他人に対する物腰も柔らかい。
(選びたい放題のはずだけど。よっぽど理想が高いのかな? この無愛想なクロードだって、子供の頃はいじめられてたかも知れないけど、立派なイケメンに育った今は本来引く手数多だったはずだ)
セルジュは赤毛の小柄な辺境伯の姿を思い出した。
「そういえば、結局東の村が襲われることはありませんでしたね」
「西で事件があったという話も聞きませんでしたね」
犯人の目的は魔法生物の密猟ではなかったのか。それとも、何か別の事情があるのか。
「派手に動きすぎたから、活動を自粛したのかもしれない」
「そうかもね。もしかしたら必要な獲物の数が揃って、これ以上集める必要がなくなったのかもしれないし」
そんな話をしながら、子供に配慮してゆっくり進んだ馬車は聖樹祭の前日に王都へと到着した。
「クロード、セルジュの両親は王都に住んでいるんだろう? 我々が仕事をしている間に会わせてあげたらどうだい?」
クロードはちらっとセルジュを見た。セルジュは彼の扱いにだいぶ慣れてきたので、内心苦笑しながら首を振った。
「いえ、一緒に行きます。両親にはこいつと揃って会いに行きたいので」
もちろん両親にも会いたかったし、変な別れ方をしてしまったフランソワのことも気にかかっていた。
(でもこいつは俺が側から離れるのを嫌がるだろうから)
◇◆◇
三人と赤ん坊は馬車から降りると、聖樹に貢物を備えるために王宮の裏手の森に入った。深い木々に覆われた原始の森だが、祭事が行われる聖樹までの道はきちんと整備されており、聖樹の周りも開けた空間が作られている。その中心に聳え立つ聖樹は、大人が十人ほど手を繋いでようやくぐるっと囲める太さがあり、三十メートルほど上の部分から緑の葉を濃く茂らせていた。
「あれが噂の『花』ですね」
スワンが指差した先は、意外にも木の上ではなく根元の地面だった。大人の顔ほどの大きさのある巨大な白い花が、直接木の周りの地面から花弁を覗かせている。ぱっと見花の数は二十ほどに見えた。
「二百年ぶりに咲いたっていう、聖樹の花ですね?」
今年の聖樹祭は特別なのだということはセルジュも知っていた。
(確か花が咲いたのは去年の四月ごろ、ちょうど昨年の聖樹祭が終わった直後だった。そのことは俺も覚えてるんだけど。でも半年間眠っていて目覚めたのが十月だったから、フエリト村が襲われたのはこの花が咲いた後なんだよな。なにか関係があったりするんだろうか?)
「セルジュは王都の人間ですから、もしかしてこの花が咲いた理由だとか、花にまつわる言い伝えを何か知っていたりするのですか?」
スワンに興味津々にそう聞かれ、セルジュはバツの悪そうな表情で項垂れた。
「すみません。俺は下っ端の騎士で、あまり重要な情報を教えてもらえる立場にないんです」
「いや、こちらこそ失礼。王都では有名な話なのかな? と思っただけです」
スワンは優しく笑うと、果物を入れた袋を担いで聖樹の前に設られた供物台へと歩き出した。セルジュも北方の担当分を持ち上げようとしたが、すぐにクロードに止められた。
「お前はいい」
「え、でも……」
「手はもう平気だ。エミールを見ていてやれ」
「うー」
エミールが興味深げに聖樹を見ているので、セルジュもクロードについて歩き出した。花の間を通って供物台に近づくと、巨大な幹にぽっかりと空いたうろが見えた。
(何だろう、樹液かな?)
「うあー」
うろの中に、琥珀色の光がキラキラと輝いている。エミールはよっぽど珍しいのか、聖樹に釘付けだ。供物台より前に進むことは許されないため、セルジュは供物台から乗り出すようにして、エミールに聖樹を見せてやった。
と、突然、セルジュの左手薬指にはまっている指輪が、緑色の光をぽうっと放ち始めた。
「……え?」
「セルジュ?」
クロードも驚いてセルジュの指輪を凝視している。
「どうしたんですか?」
二人の様子を不審に思ったスワンも近づいてきて、指輪の光に気がついた。
「これは! ロベール伯爵が作った婚約指輪じゃないか?」
「そうだ」
「なんでも彼の作った装飾品には不思議な力が宿るそうだが。聖樹の魔法に反応したのか?」
緑色の光はその筋を長く伸ばして、木のうろの中に差し込んだ。
と、突然、うろの中の琥珀色の塊がパリンと小さく割れて、ポトリとすぐ下の地面に落ちてきた。
「ふげぁー!」
エミールが興奮した様子で、セルジュの腕の中で手足を動かしている。
「何だあれ……ってクロード?」
クロードは迷うことなく供物台を乗り越えて、今落ちてきたばかりの琥珀色の塊を拾いに行った。と、手に取った塊を覗き込んだクロードの目が驚愕に見開かれ、彼は一瞬言葉を失った。
「クロード?」
クロードはセルジュの声にはっと気がつくと、琥珀色の塊を持ち上げてこちらに掲げて見せた。
「!!!」
セルジュもスワンもクロードと同じように言葉を失った。
琥珀の中に化石が閉じ込められているかのように、小さな人間の姿をしたものが入っている。掌ほどの大きさしかなく、固く目は閉じられていたが、その小さな顔の造形には見覚えがあった。
「シモン!」
「マルタン伯爵、この度は本当にお世話になりました」
馬車で向かい合って座っているスワンに、セルジュは社交性の皆無なクロードに代わって礼を述べた。
「滅相もありません。楽しんでいただけましたか?」
「はい、とても」
色々あったとはいえ、実際セルジュは初めての海や南国の空気を大いに楽しんで遊び倒した。毎日疲れ切って泥のように眠っていたため、クロードとそういうことをする機会は無かったが、クロードも楽しそうなセルジュとエミールを見て満足そうにしていたのだった。
「聖樹祭の貢物も無事に用意することができましたし」
「それは私の方も助かりました。私には伴侶がいませんので、毎年一人で収穫せざるを得ないんです。聖樹祭の貢物は、領主とその妻子しか採取してはいけない決まりですので」
(げ、俺手伝っちまったけど大丈夫なのか? それとももう妻認定されてんのか? それはそれでなんかあれだけど……)
「……マルタン伯爵は結婚なさらないんですか?」
「良縁というのは簡単に見つかるものではないんですよ。クロードは果報者です」
(え~、これのどこが良縁?)
そう、クロードとの関係を受け入れられずに逃げ回っていたセルジュだったが、実は傍目から見ればセルジュの方が本来クロードに相応しいとは言えないはずだった。辺境伯を支える家柄も財力も持っておらず、ずば抜けて武芸に優れているわけでもない。クロードはともかく、カトリーヌが自分を息子の伴侶としてなぜ認めているのか、セルジュにはよく分からなかった。
「お前、祝福してるような言い方してるが、こいつに手を出そうとしてただろ?」
「いや、あれは不可抗力でしょ! 薬盛られたらどうしようもないって」
「精神力が脆弱過ぎる」
「じゃあ今度北領に行ったら、君の川修行に付き合うよ」
「やめて下さい! 凍死しますよ!」
「冗談ですって。私は寒いのは苦手なんです」
スワンは声を出して笑うと、笑ったままの細い目でセルジュを見た。
「好きな人と結婚するのは普通の身分の人間でも簡単なことではありません。ましてや我々辺境伯は、そもそも好きな人を見つけることすら至難の業なんですよ」
「そうなんですか?」
確かに治めているのは危険な地域で、貴族といえど特殊な身分だ。それでも裕福で容姿にも恵まれている。クロードは別として、このスワンは他人に対する物腰も柔らかい。
(選びたい放題のはずだけど。よっぽど理想が高いのかな? この無愛想なクロードだって、子供の頃はいじめられてたかも知れないけど、立派なイケメンに育った今は本来引く手数多だったはずだ)
セルジュは赤毛の小柄な辺境伯の姿を思い出した。
「そういえば、結局東の村が襲われることはありませんでしたね」
「西で事件があったという話も聞きませんでしたね」
犯人の目的は魔法生物の密猟ではなかったのか。それとも、何か別の事情があるのか。
「派手に動きすぎたから、活動を自粛したのかもしれない」
「そうかもね。もしかしたら必要な獲物の数が揃って、これ以上集める必要がなくなったのかもしれないし」
そんな話をしながら、子供に配慮してゆっくり進んだ馬車は聖樹祭の前日に王都へと到着した。
「クロード、セルジュの両親は王都に住んでいるんだろう? 我々が仕事をしている間に会わせてあげたらどうだい?」
クロードはちらっとセルジュを見た。セルジュは彼の扱いにだいぶ慣れてきたので、内心苦笑しながら首を振った。
「いえ、一緒に行きます。両親にはこいつと揃って会いに行きたいので」
もちろん両親にも会いたかったし、変な別れ方をしてしまったフランソワのことも気にかかっていた。
(でもこいつは俺が側から離れるのを嫌がるだろうから)
◇◆◇
三人と赤ん坊は馬車から降りると、聖樹に貢物を備えるために王宮の裏手の森に入った。深い木々に覆われた原始の森だが、祭事が行われる聖樹までの道はきちんと整備されており、聖樹の周りも開けた空間が作られている。その中心に聳え立つ聖樹は、大人が十人ほど手を繋いでようやくぐるっと囲める太さがあり、三十メートルほど上の部分から緑の葉を濃く茂らせていた。
「あれが噂の『花』ですね」
スワンが指差した先は、意外にも木の上ではなく根元の地面だった。大人の顔ほどの大きさのある巨大な白い花が、直接木の周りの地面から花弁を覗かせている。ぱっと見花の数は二十ほどに見えた。
「二百年ぶりに咲いたっていう、聖樹の花ですね?」
今年の聖樹祭は特別なのだということはセルジュも知っていた。
(確か花が咲いたのは去年の四月ごろ、ちょうど昨年の聖樹祭が終わった直後だった。そのことは俺も覚えてるんだけど。でも半年間眠っていて目覚めたのが十月だったから、フエリト村が襲われたのはこの花が咲いた後なんだよな。なにか関係があったりするんだろうか?)
「セルジュは王都の人間ですから、もしかしてこの花が咲いた理由だとか、花にまつわる言い伝えを何か知っていたりするのですか?」
スワンに興味津々にそう聞かれ、セルジュはバツの悪そうな表情で項垂れた。
「すみません。俺は下っ端の騎士で、あまり重要な情報を教えてもらえる立場にないんです」
「いや、こちらこそ失礼。王都では有名な話なのかな? と思っただけです」
スワンは優しく笑うと、果物を入れた袋を担いで聖樹の前に設られた供物台へと歩き出した。セルジュも北方の担当分を持ち上げようとしたが、すぐにクロードに止められた。
「お前はいい」
「え、でも……」
「手はもう平気だ。エミールを見ていてやれ」
「うー」
エミールが興味深げに聖樹を見ているので、セルジュもクロードについて歩き出した。花の間を通って供物台に近づくと、巨大な幹にぽっかりと空いたうろが見えた。
(何だろう、樹液かな?)
「うあー」
うろの中に、琥珀色の光がキラキラと輝いている。エミールはよっぽど珍しいのか、聖樹に釘付けだ。供物台より前に進むことは許されないため、セルジュは供物台から乗り出すようにして、エミールに聖樹を見せてやった。
と、突然、セルジュの左手薬指にはまっている指輪が、緑色の光をぽうっと放ち始めた。
「……え?」
「セルジュ?」
クロードも驚いてセルジュの指輪を凝視している。
「どうしたんですか?」
二人の様子を不審に思ったスワンも近づいてきて、指輪の光に気がついた。
「これは! ロベール伯爵が作った婚約指輪じゃないか?」
「そうだ」
「なんでも彼の作った装飾品には不思議な力が宿るそうだが。聖樹の魔法に反応したのか?」
緑色の光はその筋を長く伸ばして、木のうろの中に差し込んだ。
と、突然、うろの中の琥珀色の塊がパリンと小さく割れて、ポトリとすぐ下の地面に落ちてきた。
「ふげぁー!」
エミールが興奮した様子で、セルジュの腕の中で手足を動かしている。
「何だあれ……ってクロード?」
クロードは迷うことなく供物台を乗り越えて、今落ちてきたばかりの琥珀色の塊を拾いに行った。と、手に取った塊を覗き込んだクロードの目が驚愕に見開かれ、彼は一瞬言葉を失った。
「クロード?」
クロードはセルジュの声にはっと気がつくと、琥珀色の塊を持ち上げてこちらに掲げて見せた。
「!!!」
セルジュもスワンもクロードと同じように言葉を失った。
琥珀の中に化石が閉じ込められているかのように、小さな人間の姿をしたものが入っている。掌ほどの大きさしかなく、固く目は閉じられていたが、その小さな顔の造形には見覚えがあった。
「シモン!」
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