黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ

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二十六話 熊より果物

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 聖樹祭の貢物に関する質問に対して、国王陛下は意外な回答を送ってきた。

「南の辺境伯と協力して、より多くの果物を採取せよ、ですか?」
「そうだ。動物を追いかけるより楽なんじゃないかっていう、陛下のご配慮だろう」

 南まで行くのがめんどくさいとクロードの顔に書いてあったが、カトリーヌは見なかったふりをした。

「いいじゃないか。南部に新婚旅行なんて」
「遊びに行くのではありませんよ」
「まあまあ、お前はずっとこんな寒い所にいるから頭が固くなるんだ。お前の死んだ父親もそうだった。北国を象徴するような全身ガッチガチに凝り固まった男だったから、私が南部のビーチ連れてったのさ。青い空と海に白い雲と砂浜。誰でも気分が開放的になる場所だ。あの人も例外じゃなくてね、それでお前が……」
「場所に気分を左右されるような父親だったから、俺には兄弟がいないのですか?」
「ちょっ!」

 セルジュが慌ててクロードの服の裾を引っ張った。カトリーヌは渋い顔をしたが、別段怒っている雰囲気でもなかった。

「お前は嫁にそんなふうに言われる男にはなるなよ」
「大丈夫ですよ。俺はいつでも発……」
「やめろ!」

 セルジュはカトリーヌの前なのも忘れて、クロードの頭を思いっきり引っ叩いた。

(カトリーヌ様が執拗に孫にこだわるのって、もしかしてクロードしか子供がいないからなのかな?)

「マルタン伯爵は毎年聖樹祭の一週間前に収穫した新鮮な果物を王都に運ぶそうだから、まあ新婚旅行も兼ねて二週間くらい行ってきたらどうだ?」

 自分の両親はクロードとのことすら知らないのに、クロードの母親はすでに自分を嫁扱いしているのが、セルジュは何だか不思議な気分だった。

「そんなにここを空けて大丈夫ですか?」
「二週間くらいならなんとかなるさ」

 カトリーヌはシッシッと手で追い払うような素振りをした。

「それよりも孫! ま、ご、よろしく!」

                  ◇◆◇

 北の端のステヴナン領から南の果てのマルタン領までは、馬車だと五日から六日ほどかかる距離だ。騎馬ならもっと早いが、今回はエミールも連れて行く事にしたのでその選択肢は除外されることとなった。

「良かったなぁ、エミール。南部のリゾートなんて俺だって行くの初めてなんだぞ。こんな小さいのに贅沢な話だ」
「うーあー」

 エミールはいつの間にか体つきもしっかりして、つかまり立ちもできるようになっていた。ハイハイで部屋中を動き回り、登れそうな場所があれば容赦なく登って行くため、恐ろしくて一秒も目を離すことができない。今も馬車の窓から外を見せろとうるさいので、セルジュが膝の上に抱き上げて両腕でしっかりホールドしていた。

「しかしわざわざ領主自ら収穫したり、狩猟する必要があるのか? そういうのって使用人がする仕事だと思うけど」
「国王への忠誠を示す意味合いもあるからな。領主が自力で得た物を納めることに意味があるんだ」
「そんなの誰が採ってきた果物かどうかなんて分からないだろ」
「俺もそう思うが、聖樹の魔法マナの前では全てが明るみに出てしまうのだそうだ。万が一バレて謀反を疑われることだけは避けたいから、まだ誰も試したことがないというのが現実だろうな」

 マルタン領に近づくにつれて、馬車の中の気温が上がってきていることに気がつき、セルジュは慌ててエミールの上着を脱がせた。

「三月だってのに、何なんだこの暖かさは」
「マルタン領では四月ごろには海にも入れるらしいぞ」
「マジかよ」
「スワンは自分ならいつでも海に入れると言っていたから、今でも少し肌寒いが頑張れば泳げると思うぞ」
「いや、別に頑張らなくていいよ」

(ていうか何でマルタン伯爵はいつでも海に入れるんだ? どういうこと?)

 噂をすれば、真っ白な城壁が青い空に映えて美しいマルタン城が見えてきて、セルジュは思わず歓声を上げた。

「うわぁ! 綺麗だ」

 スワンの居城は広大な果樹園の中にそびえ立ち、甘い匂いと色とりどりの色彩に囲まれた華やかな雰囲気の城であった。小高い丘の上の城からは城下に広がる真っ青な海が見下ろせるが、この海は景観の素晴らしさもさることながら、他国の兵士の侵攻を阻む広大な青い堀として、この地の守備の一端を大きく担っていた。

「クロード! セルジュ! よく来たな」

 到着早々、領主自ら城から走り出てきてセルジュたちを出迎えてくれた。周りの騎士たちも朗らかな笑顔で、北とも西とも大違いだった。

「新婚旅行の地に我が南領を選んでくれて嬉しいよ」
「いや、仕事しに来たんですけど」
「あれ、カトリーヌ様からそう聞いていたのですが……」
「両方だ」

 クロードがキッパリとそう言い、スワンも納得して大声で笑った。

「あははは! どちらにせよ協力は惜しまないよ。我が城はロベールのじじいの城と違って壁は厚いし、そもそも夫婦の営みをいちいち気にするような神経質は南には存在しない。大いに楽しんでくれたまえ」
「感謝する」

(いや、感謝する、じゃねーだろ!)

 セルジュはびっしょりかいた手汗を何度も服の裾で拭っていた。

(そもそも俺たちまだ結婚してないのに、何でみんな当たり前のように新婚旅行扱いなんだ?)

「エミールもよく来たな」
「あうあー」

 スワンに抱っこされて、エミールは満足そうに彼の茶色い髪の毛を引っ張っている。

「長旅で疲れてるだろ? 部屋に案内するから、夕食時まで休んでてくれ」

 城に入ろうとしたスワンは、ふと何かに気がついたように振り返った。

「それとも海で泳ぎますか?」
「……いえ、結構です」
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