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二十三話 よく寝たのは私だけだったようですね
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次の日、スワン・ディ・マルタン伯爵は、小鳥の囀りと窓から差し込む朝の光に目覚めを促され、気持ちの良い朝を迎えていた。
(う~ん、よく寝たな。波の音で目覚めるのもいいが、こんな風に森の自然音に起こされるのもまた一興)
この男はいい意味で鈍いところがあり、枕の高さが違っても余裕で熟睡することができた。環境の違う他人の城だろうがお構いなしだ。
(みんなよく眠れたかな。セルジュとイザベルは繊細そうだから心配だ。クロードは大丈夫、と言いたいところだが、手の痛みで熟睡どころじゃないかもな)
身支度を整えて朝食会場を訪れたスワンは、そこで壮絶な表情の彼らに出くわすことになった。
(これは想像以上!)
三人とも一睡もできなかったらしく、セルジュとイザベルは目の下にくっきりクマを作ってどんよりしていた。特にイザベルはイライラしているようで、表情にも棘があって険しい。クロードだけはクマはあるもののいつも通りの無表情で、むしろちょっと満足気にも見えた。
「……あの~、皆さん、おはようございます」
ギロリッ! とすぐにイザベルが反応して振り返った。
「ひぃっ!」
「何よ、何であんただけそんな元気なのよ?」
「え? みんなどうしたんですか? 快適な部屋のベッドで休んだはずでは? 野宿の後みたいな顔してますけど」
「あんただってこいつの部屋の隣だったはずでしょ!」
イザベルがセルジュを指差しながらキンキン声を上げた。四人に割り当てられた部屋は、イザベル、セルジュ、スワン、クロードの順に並んでいた事をスワンは何となく思い出した。
「確かにそうでしたね。クロードは自分の部屋では寝なかったみたいですけど」
「それ知ってるのに何であんたは元気なのって聞いてるのよ!」
「美人の艶のある喘ぎ声は体を熱くさせますが、だからと言って寝られないわけではありませんよ。おかげさまで昨日はいい夢……」
真っ赤に顔を火照らせたセルジュが怒ったように首を振るのを見て、スワンはそれ以上語るのを止めた。
「まあまあ、しかしクロードは何でそんな感じなんだ? 君こそスッキリしてぐっすり寝られたはずじゃ……」
「ちょっと言い方!」
イザベルがスワンの頭をバシリと叩いた。
「……昨日はそこまでしていない」
「え? でもあんなに……」
「途中で邪魔が入ってその先には進めなかった。俺は体が熱くて寝られなかったが、でもいい顔が見れたから満足……」
今度はセルジュがクロードの頭を思いっきり引っ叩いた。
「お前たち、人の城で何してくれてるんだ?」
ロベール伯爵の呆れたような鶴の一言で、ようやくこの爛れた会話に終止符が打たれることとなった。
「それで、昨日の話の続きだが、次に襲われるとしたらどこの村になると思う?」
ロベール伯爵の問いに、飲んでいたスープの匙を置いてスワンが答えた。
「犯人の目的がフェアリーの密猟なら、もう北と南にはいないわけですから、地域は東か西に絞られますね」
「しかしたくさん集めたいなら西に来ればいいものを、どうして南北を先に襲ったのかしら」
「それは当然弱い所を狙ったからだ。西は魔法生物の最後の楽園だ。魔法が強い地域で彼らの力も強まっている。他の地域のフェアリーを捉える方が楽で確実だ」
イザベルの疑問に答えたロベール伯爵は、そのままイザベルを指差した。
「つまり、おそらく次に狙われるのは東のオサ村の可能性が高いというわけだ」
「では、東の辺境伯である私の目下の使命はオサ村の警護ということになりますね」
「西は大丈夫ですか? フェアリーの数で言えば、一番多いのはこちらになります。彼らの力がどれほどのものなのか私には分かりませんが、西も警護が必要なのでは?」
スワンの言葉にロベール伯爵は首を振った。
「西はほぼ全域が魔法生物の生息地域だ。特定の村を重点的に警護することに意味はない。逆に言えば、密猟者にとってもフェアリーを捕まえづらい環境だ。広範囲に散らばった彼らを人目を気にしながら密猟しなければならない。その点オサ村なら人の少ない辺鄙な場所にフェアリーがまとまっていて、目撃者は全員消すことができる。フエリト村やキポエ村にしたようにな」
重苦しい沈黙が五人の間に落ちた。
「……魔法生物の密猟は禁止されているのに、どうして今だに無くならないんでしょうか?」
実際に破壊された村を目撃したクロードとスワン、それに故郷を失ったセルジュが厳しい表情で口を固く結んでいるなか、イザベルが思い切って沈黙を破った。
「金持ちの悪い趣味のため、と言われていたが、ここまで大規模なのは私も初めてだ。何か別の目的があるのかもしれない」
「そう言えば、俺はフエリト村に住んでいた時、フェアリーが一緒にいるなんて全く気が付かなかったんですけど、密猟者はどうしてフェアリーの居場所が分かったんでしょうか?」
セルジュの質問に、ロベール伯爵は腕組みをして眉間に皺を寄せた。
「魔法生物の判別は、その力を持った者なら普通にできるし、道具を使えば誰にでも可能なことだ。だが、なぜフエリト村とキポエ村にフェアリーが住んでいると分かったのか、そこが私にも分からない。私はこの城に住む魔法生物たちと意思疎通ができるから、フエルストラ王国全域の魔法生物の事情に詳しいが、そんなことができる者が私以外にいるとは考えにくい」
ロベール伯爵は机の上の食器類に視線を落とした。
「誰かが長い年月をかけて、彼らの生息地を探っていたのか……」
(う~ん、よく寝たな。波の音で目覚めるのもいいが、こんな風に森の自然音に起こされるのもまた一興)
この男はいい意味で鈍いところがあり、枕の高さが違っても余裕で熟睡することができた。環境の違う他人の城だろうがお構いなしだ。
(みんなよく眠れたかな。セルジュとイザベルは繊細そうだから心配だ。クロードは大丈夫、と言いたいところだが、手の痛みで熟睡どころじゃないかもな)
身支度を整えて朝食会場を訪れたスワンは、そこで壮絶な表情の彼らに出くわすことになった。
(これは想像以上!)
三人とも一睡もできなかったらしく、セルジュとイザベルは目の下にくっきりクマを作ってどんよりしていた。特にイザベルはイライラしているようで、表情にも棘があって険しい。クロードだけはクマはあるもののいつも通りの無表情で、むしろちょっと満足気にも見えた。
「……あの~、皆さん、おはようございます」
ギロリッ! とすぐにイザベルが反応して振り返った。
「ひぃっ!」
「何よ、何であんただけそんな元気なのよ?」
「え? みんなどうしたんですか? 快適な部屋のベッドで休んだはずでは? 野宿の後みたいな顔してますけど」
「あんただってこいつの部屋の隣だったはずでしょ!」
イザベルがセルジュを指差しながらキンキン声を上げた。四人に割り当てられた部屋は、イザベル、セルジュ、スワン、クロードの順に並んでいた事をスワンは何となく思い出した。
「確かにそうでしたね。クロードは自分の部屋では寝なかったみたいですけど」
「それ知ってるのに何であんたは元気なのって聞いてるのよ!」
「美人の艶のある喘ぎ声は体を熱くさせますが、だからと言って寝られないわけではありませんよ。おかげさまで昨日はいい夢……」
真っ赤に顔を火照らせたセルジュが怒ったように首を振るのを見て、スワンはそれ以上語るのを止めた。
「まあまあ、しかしクロードは何でそんな感じなんだ? 君こそスッキリしてぐっすり寝られたはずじゃ……」
「ちょっと言い方!」
イザベルがスワンの頭をバシリと叩いた。
「……昨日はそこまでしていない」
「え? でもあんなに……」
「途中で邪魔が入ってその先には進めなかった。俺は体が熱くて寝られなかったが、でもいい顔が見れたから満足……」
今度はセルジュがクロードの頭を思いっきり引っ叩いた。
「お前たち、人の城で何してくれてるんだ?」
ロベール伯爵の呆れたような鶴の一言で、ようやくこの爛れた会話に終止符が打たれることとなった。
「それで、昨日の話の続きだが、次に襲われるとしたらどこの村になると思う?」
ロベール伯爵の問いに、飲んでいたスープの匙を置いてスワンが答えた。
「犯人の目的がフェアリーの密猟なら、もう北と南にはいないわけですから、地域は東か西に絞られますね」
「しかしたくさん集めたいなら西に来ればいいものを、どうして南北を先に襲ったのかしら」
「それは当然弱い所を狙ったからだ。西は魔法生物の最後の楽園だ。魔法が強い地域で彼らの力も強まっている。他の地域のフェアリーを捉える方が楽で確実だ」
イザベルの疑問に答えたロベール伯爵は、そのままイザベルを指差した。
「つまり、おそらく次に狙われるのは東のオサ村の可能性が高いというわけだ」
「では、東の辺境伯である私の目下の使命はオサ村の警護ということになりますね」
「西は大丈夫ですか? フェアリーの数で言えば、一番多いのはこちらになります。彼らの力がどれほどのものなのか私には分かりませんが、西も警護が必要なのでは?」
スワンの言葉にロベール伯爵は首を振った。
「西はほぼ全域が魔法生物の生息地域だ。特定の村を重点的に警護することに意味はない。逆に言えば、密猟者にとってもフェアリーを捕まえづらい環境だ。広範囲に散らばった彼らを人目を気にしながら密猟しなければならない。その点オサ村なら人の少ない辺鄙な場所にフェアリーがまとまっていて、目撃者は全員消すことができる。フエリト村やキポエ村にしたようにな」
重苦しい沈黙が五人の間に落ちた。
「……魔法生物の密猟は禁止されているのに、どうして今だに無くならないんでしょうか?」
実際に破壊された村を目撃したクロードとスワン、それに故郷を失ったセルジュが厳しい表情で口を固く結んでいるなか、イザベルが思い切って沈黙を破った。
「金持ちの悪い趣味のため、と言われていたが、ここまで大規模なのは私も初めてだ。何か別の目的があるのかもしれない」
「そう言えば、俺はフエリト村に住んでいた時、フェアリーが一緒にいるなんて全く気が付かなかったんですけど、密猟者はどうしてフェアリーの居場所が分かったんでしょうか?」
セルジュの質問に、ロベール伯爵は腕組みをして眉間に皺を寄せた。
「魔法生物の判別は、その力を持った者なら普通にできるし、道具を使えば誰にでも可能なことだ。だが、なぜフエリト村とキポエ村にフェアリーが住んでいると分かったのか、そこが私にも分からない。私はこの城に住む魔法生物たちと意思疎通ができるから、フエルストラ王国全域の魔法生物の事情に詳しいが、そんなことができる者が私以外にいるとは考えにくい」
ロベール伯爵は机の上の食器類に視線を落とした。
「誰かが長い年月をかけて、彼らの生息地を探っていたのか……」
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