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十八話 白の騎士
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西の辺境ロベール領は、王都ほどの華麗さは無いものの、昔ながらの色合いに満ちた賑やかな都市を形成していた。
「わぁ、綺麗!」
石畳の道に埋め込まれた色とりどりの石の模様を、馬車の窓から顔を出して覗いたイザベルが歓声を上げた。
「古ぼけた感じが味があって逆にいいわね」
「それ褒めてるんですか?」
「東のオーブリー領はもっと洗練された美しさなんだけど、やっぱり土地って治めてる人間に似るのかしらね」
セルジュは黙って隣に座るクロードの顔を見た。目的地が近づいたためか、クロードは眠るのをやめて窓の外を無心に眺めている。
(ステヴナン領は針葉樹の森に囲まれた、空気の冷たい淋しい土地だ。確かにこいつに似てるかも)
「それならセルジュが正式に彼に嫁げば、北方は明るい土地になるかも知れませんね」
笑いながらそう言ったスワンを、イザベルがきっと睨みつけた。
「そんなわけないでしょ。えっと、土地が住む人に影響するんだと思うわ。だからこいつはきっと冷たく淋しい人間なるのよ。あっ別にクロード様がそうだってわけじゃなくて……」
(論理が破綻して墓穴掘ってんぞ)
しかしクロードは周りの声など耳に入っていないかのように、一心に窓の外を眺めたままだ。
「おいクロード、何とか言ったらどうなんだ?」
「やめなさいったら! クロード様はお疲れなんだから。静かにしなさいよ」
(じゃあお前が黙れよ)
やがて四人を乗せた馬車は、巨大な城壁の前でその歩みを止めた。
「……そういえば、どうしてわざわざ東南北の辺境伯が集まってからここに来たんですか? 南からだとだいぶ遠回りになってますよね? 一人で西に直接行ったほうが早かったんじゃないですか?」
城壁が開くのを待つ間、ふっと疑問に思ってセルジュはスワンに聞いてみた。
「我々はこう見えて仲良しなんですよ。こうやってなんだかんだ理由をつけてお互いの城を行き来してるんです。それにバラバラに尋ねたら先方に迷惑でしょう? 三人まとめて尋ねれば、出迎えも一回で済みます」
「すごく気を使ってるんですね」
スワンはそれを聞いて曖昧な笑顔を浮かべた。
「もちろんそれだけじゃありません。こっちにもそれなりの理由があります」
「それなりの理由?」
スワンが口を開きかけた時、ガラガラガラ! と大きな音がして、誰もいないにも関わらず城門が左右に開かれた。
「ええっ?」
何事もなかったかのように進み出す馬車の中で、セルジュが素っ頓狂な声を上げた。
「扉が勝手に開いた!」
「魔法生物ですよ」
スワンが物知り顔で得意げに説明した。
魔法生物とは、魔法の力で体を満たされた生命体のことで、目に見えないものや姿形を自由に変えられるもの、動物の形をしたものなど様々な種類が存在する。中には人に近い姿をして人間社会に溶け込んで生活しているものもいるという。その中でも人間に害をなすものを、人は魔物や魔獣と呼んで恐れていた。
「魔法生物ってこんな街中にもいるんですか?」
「乱獲されて絶滅危惧種になった今では、人のいる場所ではほとんど見かけなくなったと言われていますが、ロベール伯爵は魔法生物をこうして使用人代わりに使っているんですよ」
城の前に停まった馬車を降りて歩きながらも、スワンの説明は続いた。
「魔法生物って使役できるものなんですね」
「彼は『白の騎士』ですからね」
(西の辺境伯の異名が『白の騎士』なのは知ってるけど、それと魔法生物に何か関係があるのか?)
「全体的に白い印象だから『白の騎士』なんじゃないんですか?」
「え? 全体的に白いって?」
「ほら、例えばクロードは黒髪で服も黒いし、全体的に黒いじゃないですか。だから『黒の騎士』なのかなって」
それを聞いてスワンはぶっと吹き出した。
「確かにロベール伯爵は白髪ですが、最初から白髪だったわけではありませんよ」
「スワン、おしゃべりはそこまでよ」
ふいにイザベルに会話を遮られて、セルジュの背に緊張が走った。
「ロベール伯爵だわ」
北の辺境伯のクロードと、東の辺境伯のイザベルが二十三歳、南の辺境伯のスワンが三十五歳と、辺境伯の若年化が進んでいる中、この西の辺境伯ジャン・ドゥ・ロベールだけは、顔に刻まれた皺や銀色の髪と髭が、それなりの年齢であることを物語っている。ふしくれだった右手の中指にはまった指輪には白い石が光っていた。
(確か、五十歳は超えていると聞いたことがあったが……)
ロベール伯爵は城の入り口の前に立ち、四人が歩いてくるのをじっと眺めている。護衛の騎士は見当たらないが、おそらく目に見えない魔法生物が近くにいるに違いなかった。
「お前たち、久しぶりだな」
張りのある低い声に、三人の辺境伯はさっと頭を下げた。
「お久しぶりです、ロベール伯爵」
「クロードがオメガを連れてくるなんて、今日は雪でも降るんじゃないか?」
セルジュは驚いて思わずクロードを見たが、彼は頭を下げたままぴくりとも動かなかった。
「わざわざここに連れてきたのは、我々の会議に参加させるためじゃないだろう? アレが欲しいんだな?」
クロードは黙ってさらに深く頭を下げた。ロベール伯爵がニヤリと口元を歪めて笑った。
「それなら今回の余興はお前で決まりだな」
彼が手招きしたため、クロードは彼の前まで慎重に歩いて行った。ロベール伯爵はさっと右手を挙げると、パチンと指を鳴らした。すると突然、誰もいなかったはずの彼の右隣に、黒いワンピースを纏った女性が姿を現した。一見人間のようにも見えたが、燃えるような赤い瞳が彼女が人ならざるものであることを物語っている。
「なっ!」
スワンが顔色を変えた。
「そいつはサキュバスではありませんか!」
「そうだ。夢に現れて男の精を搾り取るという淫魔だ」
「それって、魔物なんじゃ……」
イザベルの顔色もあまり良くなかった。
「全てのサキュバスが人に害を与えるわけではない。こいつは時々悪戯をする程度で、人を殺めたことはない」
サキュバスはにっこり笑うと、赤色の液体が入った小さなガラス瓶をロベール伯爵に向かって差し出した。ロベール伯爵は瓶を受け取ると、光にかざして満足げに眺めた。
「これは彼女の作った薬で、発情を誘発することができるものだ」
そう言うや否や、ロベール伯爵はいきなりガラス瓶を地面に素早く叩きつけた!
「わぁ、綺麗!」
石畳の道に埋め込まれた色とりどりの石の模様を、馬車の窓から顔を出して覗いたイザベルが歓声を上げた。
「古ぼけた感じが味があって逆にいいわね」
「それ褒めてるんですか?」
「東のオーブリー領はもっと洗練された美しさなんだけど、やっぱり土地って治めてる人間に似るのかしらね」
セルジュは黙って隣に座るクロードの顔を見た。目的地が近づいたためか、クロードは眠るのをやめて窓の外を無心に眺めている。
(ステヴナン領は針葉樹の森に囲まれた、空気の冷たい淋しい土地だ。確かにこいつに似てるかも)
「それならセルジュが正式に彼に嫁げば、北方は明るい土地になるかも知れませんね」
笑いながらそう言ったスワンを、イザベルがきっと睨みつけた。
「そんなわけないでしょ。えっと、土地が住む人に影響するんだと思うわ。だからこいつはきっと冷たく淋しい人間なるのよ。あっ別にクロード様がそうだってわけじゃなくて……」
(論理が破綻して墓穴掘ってんぞ)
しかしクロードは周りの声など耳に入っていないかのように、一心に窓の外を眺めたままだ。
「おいクロード、何とか言ったらどうなんだ?」
「やめなさいったら! クロード様はお疲れなんだから。静かにしなさいよ」
(じゃあお前が黙れよ)
やがて四人を乗せた馬車は、巨大な城壁の前でその歩みを止めた。
「……そういえば、どうしてわざわざ東南北の辺境伯が集まってからここに来たんですか? 南からだとだいぶ遠回りになってますよね? 一人で西に直接行ったほうが早かったんじゃないですか?」
城壁が開くのを待つ間、ふっと疑問に思ってセルジュはスワンに聞いてみた。
「我々はこう見えて仲良しなんですよ。こうやってなんだかんだ理由をつけてお互いの城を行き来してるんです。それにバラバラに尋ねたら先方に迷惑でしょう? 三人まとめて尋ねれば、出迎えも一回で済みます」
「すごく気を使ってるんですね」
スワンはそれを聞いて曖昧な笑顔を浮かべた。
「もちろんそれだけじゃありません。こっちにもそれなりの理由があります」
「それなりの理由?」
スワンが口を開きかけた時、ガラガラガラ! と大きな音がして、誰もいないにも関わらず城門が左右に開かれた。
「ええっ?」
何事もなかったかのように進み出す馬車の中で、セルジュが素っ頓狂な声を上げた。
「扉が勝手に開いた!」
「魔法生物ですよ」
スワンが物知り顔で得意げに説明した。
魔法生物とは、魔法の力で体を満たされた生命体のことで、目に見えないものや姿形を自由に変えられるもの、動物の形をしたものなど様々な種類が存在する。中には人に近い姿をして人間社会に溶け込んで生活しているものもいるという。その中でも人間に害をなすものを、人は魔物や魔獣と呼んで恐れていた。
「魔法生物ってこんな街中にもいるんですか?」
「乱獲されて絶滅危惧種になった今では、人のいる場所ではほとんど見かけなくなったと言われていますが、ロベール伯爵は魔法生物をこうして使用人代わりに使っているんですよ」
城の前に停まった馬車を降りて歩きながらも、スワンの説明は続いた。
「魔法生物って使役できるものなんですね」
「彼は『白の騎士』ですからね」
(西の辺境伯の異名が『白の騎士』なのは知ってるけど、それと魔法生物に何か関係があるのか?)
「全体的に白い印象だから『白の騎士』なんじゃないんですか?」
「え? 全体的に白いって?」
「ほら、例えばクロードは黒髪で服も黒いし、全体的に黒いじゃないですか。だから『黒の騎士』なのかなって」
それを聞いてスワンはぶっと吹き出した。
「確かにロベール伯爵は白髪ですが、最初から白髪だったわけではありませんよ」
「スワン、おしゃべりはそこまでよ」
ふいにイザベルに会話を遮られて、セルジュの背に緊張が走った。
「ロベール伯爵だわ」
北の辺境伯のクロードと、東の辺境伯のイザベルが二十三歳、南の辺境伯のスワンが三十五歳と、辺境伯の若年化が進んでいる中、この西の辺境伯ジャン・ドゥ・ロベールだけは、顔に刻まれた皺や銀色の髪と髭が、それなりの年齢であることを物語っている。ふしくれだった右手の中指にはまった指輪には白い石が光っていた。
(確か、五十歳は超えていると聞いたことがあったが……)
ロベール伯爵は城の入り口の前に立ち、四人が歩いてくるのをじっと眺めている。護衛の騎士は見当たらないが、おそらく目に見えない魔法生物が近くにいるに違いなかった。
「お前たち、久しぶりだな」
張りのある低い声に、三人の辺境伯はさっと頭を下げた。
「お久しぶりです、ロベール伯爵」
「クロードがオメガを連れてくるなんて、今日は雪でも降るんじゃないか?」
セルジュは驚いて思わずクロードを見たが、彼は頭を下げたままぴくりとも動かなかった。
「わざわざここに連れてきたのは、我々の会議に参加させるためじゃないだろう? アレが欲しいんだな?」
クロードは黙ってさらに深く頭を下げた。ロベール伯爵がニヤリと口元を歪めて笑った。
「それなら今回の余興はお前で決まりだな」
彼が手招きしたため、クロードは彼の前まで慎重に歩いて行った。ロベール伯爵はさっと右手を挙げると、パチンと指を鳴らした。すると突然、誰もいなかったはずの彼の右隣に、黒いワンピースを纏った女性が姿を現した。一見人間のようにも見えたが、燃えるような赤い瞳が彼女が人ならざるものであることを物語っている。
「なっ!」
スワンが顔色を変えた。
「そいつはサキュバスではありませんか!」
「そうだ。夢に現れて男の精を搾り取るという淫魔だ」
「それって、魔物なんじゃ……」
イザベルの顔色もあまり良くなかった。
「全てのサキュバスが人に害を与えるわけではない。こいつは時々悪戯をする程度で、人を殺めたことはない」
サキュバスはにっこり笑うと、赤色の液体が入った小さなガラス瓶をロベール伯爵に向かって差し出した。ロベール伯爵は瓶を受け取ると、光にかざして満足げに眺めた。
「これは彼女の作った薬で、発情を誘発することができるものだ」
そう言うや否や、ロベール伯爵はいきなりガラス瓶を地面に素早く叩きつけた!
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