黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ

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十七話 美人を観察するのが趣味なんです

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 クロードは目覚めた時、先ほどまで居なかったはずの辺境伯が一人増えていることに一瞬驚いたが、すぐにいつも通りの無表情を取り繕って対応した。

「スワン、来ていたのか。出迎えられず申し訳ない」
「いやいや、君こそ何だか大変な事になってるみたいじゃないか。美貌のオメガを取り合って中央と喧嘩してきたんだって?」
「取り合ったんじゃない。向こうが強奪してきたから取り返しに行っただけだ」

 マルタン伯爵、もといスワンは、この朴念仁のような青年にもこのような色恋に関する感情があった事に軽く驚いていた。

「しかし君、ひどい怪我を負ったんだろう? 『黒の騎士』の異名を持つ君にそんな怪我を負わせるなんて、相手は相当な手だれだったんだな」
「ああ、融通の効かない鉄頭だった」
「上手いこと言うじゃないか」

 ひとしきり笑った後、スワンは早速本題を切り出した。

「私がここに来た目的はわかってると思うが、その怪我で西へ行けるか?」
「当然だ」

 クロードは少しも迷うことなく即答した。

「辺境伯の会合とは関係なく、西には近いうちに行くつもりだったんだ」
「しかし君、両手が焼け爛れてたんだろう? そんなことがあったばかりで、別に急いで今行かなくとも……」
「こんなことがあったからこそ、急いで行く必要があるんだ」

 スワンはこれ以上言っても無駄だと判断したらしく、肩をすくめてからイザベルを振り返った。

「だそうですよ」
「ちょっとスワン! もうちょっと説得するとか……」
「私にはこれ以上無理ですよ。それに同じアルファとして、彼の気持ちは痛いほどよく分かりますし」

(何だろう? 西にはアルファにとって良い何かがあるのか?)

 アルファでも無く、西の土地にも詳しくないセルジュとイザベルを置いてけぼりに、二人のアルファの辺境伯は何か通じるものがあったらしく、何やら神妙な顔つきで頷き合っている。

「それで、出発はいつにする?」
「俺は今すぐでもいい」
「怪我人とは思えない決断の早さだねぇ」
「私もクロード様に賛成ですわ! 一刻も早くここから……」

 イザベルはちらっとセルジュの方を振り返った。

(一刻も早く俺からクロードを引き離したいってとこか)

 しかしクロードはセルジュとイザベルの期待通りの発言はしなかった。

「ならこいつの準備が整い次第出発しよう」

 一瞬その場に沈黙が流れた。

「……え、クロード、君のオメガも一緒に連れて行くのか?」
「クロード様!?」

(え、俺も一緒に西に行くの? 何で? ていうか君のオメガとか言うのやめて!)

「こいつはこう見えて第一王子直属の騎士団員だ。俺は体が本調子じゃないから、護衛として連れて行く」

 そう言われてしまうと拒絶しづらく、セルジュは言いたかった言葉をグッと飲み込んで別の懸念点を述べた。

「エミールはどうするんだ? まさか連れて行くわけじゃないだろうな」
「それじゃ護衛にならないだろ。母上に預かってもらう」
「そんなこと許して……」

 しかしセルジュがそれ以上言う前に、カトリーヌがセルジュの腕からひょいっとエミールを取り上げた。

「そういうことなら、この子は私が面倒見ておくよ」
「いや、でも……」
「だからどんどん孫よろしく」

(じゃあ何で俺が中央に行きたいって言った時は預かってくれなかったんだ?)

                  ◇◆◇

 西の国境にあるロベール領までは、ステヴナン領からだと馬車で二日ほどの距離だ。

(丸二日もこのメンツで狭い空間に箱詰めとは……)

 クロードは起きている必要のない時は基本眠って体の回復を図っているようで、つまり道中ほとんどの間目を瞑っていた。イザベルは小鳥のようによく喋り、それをスワンはニコニコと、セルジュはうんざりしながら黙って聞いていた。

「……おや、ようやく眠ったようですね」

 自分の肩にもたれて寝息を立てているイザベルに気がついて、スワンはセルジュに向かってにっこりと笑って見せた。

「喋り疲れて寝てしまうなんて、まるで子供みたいですね」
「あんまり辺境伯って感じじゃありませんね」

 セルジュはクロードがのしかかっている肩をそうっと動かして、何とか楽な体勢を取ろうと試みた。

「お膝に寝かせてあげたらどうですか?」
「え」
「イザベルも寝たことですし、目くじら立てる者は誰もいませんよ」

 セルジュはため息をつくと、クロードの上半身を支えてそっと自分の膝に下ろした。

「私からすれば、クロードも随分子供っぽいと思いますけど」
「こいつがですか?」

 セルジュは背が高くて体つきもしっかりしている重たい男の上半身を見下ろした。

「普段は口数が少なくて、真実だけを端的に口にする人なのに、君といる時は言い訳ばかりだ」
「そうですか?」
「全く護衛だなんて。君も本調子じゃないんじゃありませんか?」

 セルジュは驚いてスワンを見た。

「よく分かりましたね」
「美人を観察するのが趣味なんですよ」

 ぞわ、とセルジュは鳥肌が背中に立つのを感じた。

「ちょっと、そんな顔しないでくださいよ。おかしいですね、私ほどのいい男に言い寄られたら大抵の女性やオメガはコロっと落ちるんですが」

 スワンは明るい茶色の癖毛を肩まで伸ばした明るい雰囲気の男前で、全体的に暗い印象のクロードとはまた違ったタイプのアルファだった。

「王都に行く時は傷が癒えてないからって連れて行ってくれなかったくせに、西には半強制的に同行させるなんて。あいつの考えてること、俺にはさっぱり分かりません」
「まあまた一人でステヴナン城に置いて行って強奪されたら困りますしね。子供も人質に取ってありますし、あなたに逃げられる心配も無い」

 セルジュに軽く睨まれても、スワンは全く気にする風もなく片目をつぶって見せた。

「セルジュさんは西へは行ったことありますか?」
「いえ」
「西はこの国で最も魔法マナの強い地と言われています。王都に生えている聖樹も、その恩恵に預かるために大昔の王族が西から運んできた物だそうですよ。聖職者一族のドルレアン家も、先祖の代に遡れば西方の出身者だとか」
「そうなんですね」

 フランソワの先祖が西方の人間だったと聞いて、セルジュは急にこの旅が楽しくなってきた。

「また西は貴金属の加工にも優れた技術を持つ地域です。ここで作られた繊細で美しい装飾品には、目的に合わせた魔法の加護が与えられるとされています」
「本当ですか?」
「まあ幸運のおまじない程度のものだそうですけどね。何にせよ、一生の愛を誓う装飾品をわざわざ西の地で求める殿方は大勢いると聞きます」
「一生の……装飾品?」

 スワンは人差し指と親指で輪っかを作って見せた

「エンゲージリングですよ」
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