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十三話 俺はいつしても良いと思ってる

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「クロード!」

セルジュは慌ててクロードを抱き起こそうとしたが、エミールを抱いているためうまく手が伸ばせず、仕方なく外の御者に助けを求めた。

「すみません! 馬車を動かすのを待っていただけますか?」
「どうされましたか?」
「伯爵が……」

御者の男性はすぐに扉を開けて馬車の中を覗き込んだ。

「旦那様! 一体何があったんですか?」
「それが実は……」

セルジュが先程の出来事を簡潔に話す間、男性はぐっと眉根を寄せてその話を聞いていた。

「……ということがあったんですけど、今すぐ戻って王城の医師に診てもらった方が良いんじゃないでしょうか?」
「いえ、そういうことならすぐにステヴナン領へ戻ります」
「えっ! でも……」
「旦那様が『戻れ』と仰ったのです。ご自分の傷の具合が分からないような方ではありませんよ。旦那様の言葉に従いましょう」

そう言うと、御者はそれ以上時間を無駄にできないと言わんばかりに、素早く馬車の扉を閉めると馬に鞭を当てた。

(本当に大丈夫かな……)

セルジュは仕方なく、動き出した馬車の中でハンカチを取り出すと、クロードの額や首筋の汗を拭ってやった。意識のあった時は、いくら汗をかいてもいつも通りの無表情を保っていられたようだが、今の彼は額に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべて荒い息をしていた。

(こんなに人間らしいクロードの表情、初めて見たかも……)

いや、とセルジュは思い直した。初めてじゃない。多分二回目だ。

セルジュがクロードと仲違いするきっかけとなったあの日、普段無表情のクロードはこんなふうに苦悶の表情を浮かべてセルジュを見ていた。あの日傷ついたのはフランソワの額だったのだが、鉄球に両手を焼かれるほどの痛みをクロードは心に感じていたということだろうか?

(しかし結局あの裁判の結果はどう捉えるべきなんだ? 球は熱されたけど、クロードは確かにその球を運んでみせた。けど球が熱くなったから、クロードの発言は嘘なのか? しかし今まで球を運べた人間なんていないから、あの球は熱くしかならないんじゃないかって噂もあるし……)

「うぅっ……」

クロードがセルジュの膝に額を擦り付けながら呻いた。顔にかかった黒髪を払ってやると、固く閉じたまぶたの下を縁取る長い睫毛が見えた。

(寝顔は昔から腹立つくらい綺麗なんだよなぁ……)

すっと通った鼻筋に、薄くて形の良い唇。肌も透き通るように白い。東のイザベルが彼に夢中なのも十分頷ける話だ。

(こいつの妻なりたい女もオメガも掃いて捨てるほどいるだろうに)

セルジュはクロードの手袋をした掌を自分の掌でそっと包み込んだ。

(どうしてここまでして俺を連れ戻そうとするんだ? 子供ができちまったから、責任でも取ってるつもりなんだろうか?)

                  ◇◆◇

「全く、お前たちは一体何をやってるんだ?」

ステヴナン城に戻ったセルジュたちを待ち構えていたカトリーヌは、ことの経緯を簡単に確認すると、気絶しているクロードを急いで彼の部屋へと運び込んだ。

「あの、ここでいいんですか? すぐに病院に行った方が……」
「あ? 私を誰だと思ってるんだ?」

カトリーヌはセルジュを睨みつけると、容赦なくクロードの手袋を剥ぎ取った。

「うわっ!」

皮が爛れ、肉が焼け焦げた凄惨な手の様子に、セルジュは思わず両目を覆った。

(こいつ、こんな状態でよくもいつも通りの無表情でいられたもんだな!)

「バカな息子だとは思っていたけど、まさかここまで救いようのないアホだったとはね」

カトリーヌはため息をつくと、自分の両手をクロードの火傷した手の上にかざした。

「あっ!」

セルジュは思わず感嘆の声を上げた。彼女の掌から青い光がゆっくりと湧き出し、クロードの手の上に落ちていく。すると光の触れた部分から徐々に新しい皮膚が再生されて、焼け爛れた部分を侵食するように治癒していくのが見えた。

(フランソワが言っていた凄腕の聖職者っていうのは、カトリーヌ様のことだったのか)

「言っとくけど私の治癒では、傷は完璧に治せても痛みを取り除くことはできない。このバカ息子は最低一ヶ月程度は火傷の痛みに苦しむことになるだろうよ」
「え、そうなんですか?」
「そうさ。これに懲りて少しは学習すればいいんだけどね」

確かにクロードの手はまるで何事もなかったかのように綺麗に再生されていたが、彼の表情はひどい痛みのために歪んだままであった。

「じゃあ私の役目は終わったから、あとはお前に任せるよ」
「え?」
「このアホのこと、少しでも哀れに思うんなら、ちょっとぐらい優しくしてやっておくれよ」

悪戯っぽくそう言うと、カトリーヌはエミールに笑顔で手を振ってから部屋を出ていってしまった。後に残されたセルジュはポカンとした表情で、彼女が出ていった扉をしばらく見つめていた。

(……あ、そういえば、俺が勝手に出ていったこと、一言も責められなかったな)

                  ◇◆◇

夜も更けた頃になってからようやくクロードは目を覚ました。

「っ痛!」

あまりの痛みに思わず歯を食いしばる。と、寝具の端に突っ伏すように眠っていた人物が身じろぎした。

「んぁ、気がついたのか?」
「セルジュ?」

クロードは手を伸ばすと、柔らかくて癖のある金髪に指を這わせた。髪の毛一本一本が触れるたび掌を切り裂くように痛んだが、そんなことは全く気にならなかった。

「ここは俺の部屋か? お前はどうしてここにいるんだ? ちゃんと寝台で体を休めないと、子供の世話がしんどくなるぞ」
「俺もそうしたかったけど、お前に付いてろってカトリーヌ様がうるさくてさ。エミールも預かってくれてるよ。お前が目覚めるまで特別に、だってさ」
「母上が?」

珍しい事もあるものだ、とクロードは不思議に思ったが、不意に母親の意図に気がついて下腹部がじわりと熱くなった。

(あの人はなんだかんだで息子に甘いな。まあ子供好きな人でもあるから、主に自分のためだろうけど)

カトリーヌの意図にもクロードの劣情にも全く気がついていないのか、相手は怪我人だと安心しきっているセルジュは無防備な姿勢であくびを噛み殺している。

「手、痛むのか?」
「いや」

いつもの無表情に戻ってしれっと嘘をつくクロードを横目で見ていたセルジュは、いきなり彼の手をギュッと握った。

「うっ!」
「嘘つけ。やっぱり痛むんじゃないか」

堪えきれずに涙目になっているクロードを見て、セルジュはくっくっと声を押し殺して笑った。

「お前って嘘ばっかりつくよな。本当にエミールは俺たちの子供なのか?」
「それは王城の地下でちゃんと証明しただろ」
「でもさ、ローラン様に確認してもらったけど、俺たち結婚してないみたいだぞ」
「まだしてないだけだ」

そう言うと、クロードは掴まれている手に不意に力を込めると、セルジュを寝台の上の自分の胸に抱き込んだ。

「うわっ!」
「俺は今すぐにでもしたっていいと思ってる」
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