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十一話 部外者陛下もワクワクしちゃう

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「真実の球!?」

 その名を聞いた途端、その場がさっとざわめいた。

『真実の球』とは、王城の裁判施設にある鉄球の事で、大人が両手を広げて抱えられるほどの大きさがある。球の中は空洞になっているのか、女性でも一人で持ち運べるほどの重さしかない。

 この球は被疑者の言葉が真実かどうか、裁判ではどうしても判断できなかった際に最終手段として使われることがある。被疑者の言葉が真実なら、その者は球を抱えて施設の端まで歩くことができる。しかしもし嘘を言っているなら、球はとても触っていられないほどの高温になり、持ち運ぶことなど不可能な状態になるのだ。

 そして問題はここからで、フエルストラ王国の歴史上、今までこの球を持って歩けた人物など一人としていないのである。故に巷では、この球は被疑者の言葉の真偽を問う物ではなく、始めから被疑者の言葉を信用していない場合に使われるのではないかと、まことしやかに噂されていた。

「ローラン様! クロード様は罪人ではありません。なにもそこまでする必要は……」
「もちろん、あくまで私は提案しただけであって、強制するつもりはありません」

 イザベルが早速抗議し、ローランもすぐにそれに応えた。ローラン自身もあまりこの方法を積極的に採用したいわけではなさそうだった。

「罪人ではないと果たして言い切れるでしょうか? 彼の言葉が嘘なら、偽の子供を使ってセルジュを騙してステヴナン領へ監禁したことになります。仮に本当だとしても、婚姻関係が結ばれていない上にセルジュには記憶がありません。合意の上の子作りではなかった可能性もあります」
「フランソワ様! それは流石に言い過ぎですわ!」

 その時、クロードの落ち着いた声が、その場にいる人間全員の口を黙らせた。

「いいだろう、裁判施設へ案内してもらおうか」

(……これは大変なことになってきたぞ)

 セルジュは思わず抱っこ紐の中の赤ん坊を覗き込んだ。エミールも心なしか心配そうに自分を見上げている気がする。母親の不安な心理状態を敏感に察知しているのかも知れない。

(クロードはいけすかない奴だが、北の防壁の要だ。こんなくだらない裁判まがいのことで大怪我を負ったりしたら、国家の存亡に関わる)

 もはや自分が出るしかないと判断したセルジュは、隠れていた城壁の後ろからフランソワの後ろへゆっくりと歩いて出てきた。

「セルジュ!」

 フランソワが小さく叫び、その場にいる全員の視線が自分とエミールに注がれる。セルジュは恥ずかしさに頬がかっと熱くなるのを感じたが、俯きたいのを必死に堪えて真正面からクロードの視線を受け止めた。クロードは相変わらず何を考えているのか分からない表情をしていたが、セルジュを見て安心したかのように目つきの鋭さが一瞬和らいだように見えた。

「僕に任せろって言っただろう?」
「すまないフランソワ。でもこれ以上流石に隠れているわけにはいかなくて……」

 フランソワに謝った後、セルジュは再びクロードに視線を戻した。

「俺は別に逃げ出したわけじゃない」
「そいつに連れて行かれたんだろう?」
「いや、フランソワは手を貸してくれただけで、ここへ来たのは俺の意思だ。職場のことがずっと気になってたのに、お前子供はどうするんだとか言って城から出してくれなかったじゃないか」
「中央には俺が説明したって言ったろ」
「十分な説明とは言い難いものでしたけどね」

 フランソワが皮肉っぽく二人の会話に割って入った。ローランはクロードがフエリト村事件の生存者を監禁していたという事実を広めたくなかったため、フランソワがそれ以上余計なことを言わないように弟を軽く睨みつけた。それでフランソワは言いたいことをぐっと堪え、別の言葉でクロードを責め立てた。

「子供の面倒は誰が見るんだって、セルジュにも第一王子殿下の騎士団員という大事なお役目があるって言うのに、ひどい亭主関白ぶりですね。亭主でも無いくせに」

(なんかそう言われると、俺の方が恥ずかしくなってくるんだけど……)

 セルジュはさらにいたたまれない気持ちになってきたが、兎にも角にもさっさとこの茶番を終わらせようとクロードの元へ歩み寄ろうとした。

 その時であった。

「これは一体何事だ?」

 その場にいた全員が雷に打たれたような衝撃を受け、城の入り口を振り返った。王室の普段着に赤いマントを羽織った姿で、フエルストラ王国の現国王陛下が驚いた表情で王城から出てくるところだった。

(しまった! 時間をかけすぎたか)

 ローランはほぞを噛んだが、こうなってしまった以上彼にはもうどうすることもできなかった。

「北と東の辺境伯がそろって一体どうしたというのだ? ステヴナン伯爵はついこの間ここへ呼んだばかりのはずだが……」

 クロードはさっとかしこまると、国王に向かって頭を下げた。

「恐れ多くも陛下、本日は個人的な用件でこちらに参りました」
「ふむ、先日の件とは関係のない話ということか」
「左様にございます。私の隠し子とその生みの親がこちらで世話になったようで、迎えにあがった次第にございます」
「隠し子だと?」

 国王は驚いてセルジュとエミールに向き直った。かろうじて威厳の保たれた表情だったが、その目に好奇心の炎が揺らめいたのをフランソワは見逃さなかった。

(第一王子殿下のゴシップ好きはこの父親譲りというわけか……)

「え~ゴホンッ、隠し子というのはどういうことだ? 一夜の過ちということかね?」

(この堅物の北の辺境伯にもそんな一面があったのか? だったら面白いのだが。てか東のイザベルはたしかこのクロードに入れ込んでいるという噂ではなかったか? 今ここってもしかして泥沼なのか? ワシ、ここに来て良かったのか? いやめっちゃ面白いけど)

「決してそのような無責任な行動ではありません。ただ少々事情がややこしく……」
「陛下! この者は騎士団の一員で私の大切な部下なのですが、怪我が原因で記憶を無くしており、子供を産んだ覚えがないのです。私はステヴナン伯爵が子供を利用して彼を騙し、自分の元に縛りつけようとしているのだと疑っております!」

 国王はセルジュに抱っこ紐で抱えられているエミールを改めて凝視した。

(いや……クリソツなんだけど)

「クリソ……いや、子供を産んだ覚えがないと言う方が説得力ないくらい、よく似ていると思うのだが」
「陛下、外見をいじる方法などいくらでもあります!」
「いや、何もそこまで疑わずとも……」
「この者には彼を手放したくないがあるのではないでしょうか?」

 不意にクロードの冷たい言葉がその場に落ちた。

「どういう意味ですか? 大切な部下を守ろうとする行為に対する言いがかりですか?」

 すかさずフランソワが食ってかかり、陛下の面前であるにも関わらず今にも掴み合いの喧嘩になりそうな雰囲気だ。とうとう門番の一人が国王に先ほどまでの流れを説明した。

「陛下、両者の意見が対立しており、またステヴナン伯爵の主張を証明することが難しいため、『真実の球』を使ってはという話になっておりまして……」

(ああ……)

 セルジュは内心ため息をついた。結局こうなるのか。

「真実の球か……あれは基本重罪人に使用するものなんだが……」
「陛下、私は一向に構いません」

 クロードはそう言うと、冷たい目でフランソワを睨んだ。

「ただし、私が無事に球を部屋の端まで運べた暁には、今後一切私たち家族の問題に口出ししないと誓っていただきたい」
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