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九話 父親は誰だ?

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「セルジュは兄さんに会うのは初めてだったね?」

 王城にあるローランの私室で待たせてもらっているセルジュは、フランソワにそう話しかけられて大袈裟に頷いて見せた。

「そりゃそうだ。俺みたいな一騎士が本来お会いできるような身分の方じゃないんだから」

「そんな固くならなくてもいいよ。君は僕の大事な部下であり友達なんだ。僕の大切な人は兄さんも一目置いてくれる」
「そんな……」

 そんなふうに言われて、セルジュの頬にじわじわと赤みがさしてきた。

(確かに俺はフランソワが直接拾ってくれて騎士団に入った珍しい例だけど、そこまで言ってくれるなんて。もしかして彼も俺に気があったりして……)

「ふげっ」

 まるで母親の不貞な心を察したかのようにエミールが喃語を発したため、セルジュは少しばかりギクっとして、とりなすように赤ん坊の頭を撫でた。

「よしよし」

(しかし本当に、どうして俺はクロードとそんなことになったんだ? だって俺が好きなのはフランソワだったじゃないか。まあ最初から叶わぬ恋だと分かってはいたけど、それにしても何でクロード? もしかしてあまりのショックに記憶を無くしちまったとか?)

 ガチャリと扉を開ける音に、物思いに耽っていたセルジュは一気に現実に引き戻された。

「兄さん!」

 この国で最も高貴で力のある聖職者は、弟の嬉しそうな呼びかけに頷いて答え、セルジュをちらりと見て一瞬固まったが、すぐに何事もなかったかのような表情で部屋に入ってきた。

「兄さん、こちらが僕の最も信頼する部下のセルジュ・ド・シャネルだ」
「お、お初にお目にかかります」

 ローランは騎士であるフランソワより少し細身で背も低かったが、騎士よりずっと鋭い目つきをしているうえ、まとっているオーラのせいかフランソワよりずっと高圧的であった。顔のパーツはほとんど同じで美しいのに、表情だけで弟とはまるで別人で、セルジュは萎縮して思わず吃ってしまった。

(しかもなんか物言いたげな視線を送ってくる! 俺なんかしたっけ? あ、いや、半年も休職してた騎士が赤ん坊を連れてのこのこ帰って来たら、そりゃ当然言いたいことしかないよな)

 少しの間気まずい沈黙が流れたが、すぐにローランが咳払いをしてそれを破った。

「ステヴナン領で休養中のところ、呼び出して申し訳なかった」
「え? い、いえ……」
「あ、そういえばセルジュには言ってなかったっけ。実はステヴナン伯爵の元から君を助けに行ったのは、個人的に君が心配だったのもあるけど、兄さんに頼まれたからでもあったんだ。君もちょうど兄さんに用があるし、結果的に良かっただろ?」

 ローランはさらに怪訝そうにセルジュを見たが、すぐにフランソワに向き直った。

「ステヴナン伯爵はなんと?」
「何にも。会ってないからね。勝手に連れ出して来たんだ。そうでなければセルジュは彼の領地から出られなかったよ」

 ローランはため息をつくと、セルジュの目の前にある椅子に腰掛けた。

「それじゃあいつ彼が王都を襲撃してくるか分からないから、急いで用事を済ますとしよう。君は半年前、襲撃を受けたフエリト村で何を見た? 犯人の情報が欲しいんだ」

(あ、そういうことか)

「兄さん、そのことなんだけど、実は大怪我したせいで彼は記憶を失っていて、半年から一年くらいの間の記憶が無いみたいなんだ」
「何だと?」
「も、申し訳ありません!」

 ローランはがっかりしたが、怪我人にそれを言うのは人間としても聖職者としても憚られたためぐっとこらえた。

「……分かった。この件は引き続きこちらで調査するとしよう。ところで、君が抱いているその赤ん坊は……」
「そうそう! セルジュの用はこれなんだ。兄さんにセルジュの婚姻歴について調べて欲しいんだ」
「婚姻届?」

 ローランはセルジュとエミールを交互に見た。

「セルジュは結婚と出産の記憶が無くて、それも怪我が原因で忘れてしまったのか、そもそも最初から結婚なんかしてなかったのか判断できないんだ。兄さんなら国民の結婚状況を調べられると……」
「無い」
「え?」
「セルジュ・ド・シャネルという名前のオメガ男性の婚姻記録は無い」

 セルジュとフランソワは思わず顔を見合わせた。

「え、兄さん、それってなにか記録してる書類とか見て調べるんじゃ……」
「俺が関わった業務の内容は全て俺の頭に入っている」

 聖職者の力を得るには厳しい修行が必要で、膨大な量の書物を読み知識を会得する必要もあると聞いたことがあった。

(これほどの記憶力。さすが現在この国で最も力のある聖職者だ)

 セルジュはぽかんと口を開けたが、すぐにはっと気を取り直してローランに向かって身を乗り出した。

「じゃあ俺は、未婚のままこの子を出産したってことですか?」
「いや、その子は……」
「兄さん! この子セルジュにそっくりだろ。しかもこの目! ステヴナン伯爵の子供としか考えられないよね?」

 ローランはフランソワと視線を合わせて一瞬黙ったが、少し考えてから再び口を開いた。

「……緑目の全然関係ない別のアルファの可能性もあるだろ」
「ええっ?」
「やめてよ兄さん! そんな泥沼! 現ステヴナン領主のクロード・ル・ステヴナンが、自分が父親だって認めてるんだ」

 ローランは鋭い目をさらに細めた。

「何だと?」
「でも僕は色々と釈然としない部分があると思ってて。セルジュの記憶がないのをいいことに嘘をついてるんじゃないかって疑ってる」

 ローランが何か言おうと口を開きかけた時、突然扉を激しく叩く音が部屋中に響き渡った。

「ローラン様!」
「何だ! 騒がしいぞ!」
「申し訳ありません。火急の件でして」
「ならさっさと言え」

 部屋の外にいる騎士は、慌てて走って来たのかゼイゼイと息を切らしていた。

「辺境伯が……二人、王城に押しかけて来ております」
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