黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

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八話 俺は結婚したのか?

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「け……っこん?」

 ぽかんとしているセルジュを見て、フランソワはもう一度彼の左手薬指を確認した。

「あえて指輪をしない夫婦もいるけど、セルジュはどっちかっていうとしたいタイプだと思ってたから……」
「え、俺、結婚したの?」
「え? してないの?」
「誰と?」

 誰と? え、それってまさか……

「えぇ~!!! 俺、あいつと結婚したのか!?」
「ふげ~!」

 突然の大声にエミールがビクッと泣き声を上げたため、セルジュはハッとして慌ててエミールを優しく揺すった。

「ごめんごめん、びっくりしたな」

 目覚めたらクロードの城にいて、赤ん坊がいて、なぜか口付けされて……怒涛のように色んなことが起こったせいで、セルジュはかなり重大なことをすっかり失念していたことに、今更ながら気付かされたのだった。

(嘘だろ、俺、クロードなんかと結婚しちまったってのか? なんで?)

「俺はそんな大事な記憶まで無くしちまったのか?」

 一人で頭を抱えるセルジュを見るフランソワの目がすっと細まった。

「セルジュ、エミールは本当に君の子なんだろうか?」
「え?」
「君の記憶が無いのをいいことに、ステヴナン伯爵が君を騙しているんじゃないだろうか?」

 セルジュは腕の中のエミールに視線を落とした。ゆらゆらと揺られて気持ちが良くなったのか、エミールは眠そうに目を半開きにしている。

「騙すって、一体何の目的で? そんなことしてあいつになんかメリットでもあるのか?」
「例えば君のことが好きで、縛り付けたいとか」
「いや無いね。俺たちは仲違いしてからずっと会ってなかったんだ。それ以前だって、あいつからそんな話聞いたことないし」

(この子、けっこう鈍感だからなぁ……)

 フランソワは内心ため息をついて軽く首を振った。

「俺だって最初はとても信じられなかったさ。でもこいつ、俺にマジでそっくりなんだ。お前も思っただろ?」
「確かにここまで君に似ている赤ん坊を都合よくその辺で拾うなんて、まず有り得ないな。けど……」

 フランソワは後ろめたい話をする時のように声を低めた。

「整形したとか」

 セルジュは一瞬凍りついたように動きを止めた。エミールの顔を一度覗き込み、その後ゆっくりと顔を上げて真っ直ぐにフランソワを見た。

「それはない」

 あまりにもきっぱりとそう断言されて、フランソワは一瞬言葉を失った。

「あいつは無表情で無愛想だし、何考えてるかよく分からない奴だけど、自分の私利私欲のためにいたいけな赤ん坊の顔にメスを入れられるような奴じゃない。俺はあいつとずっと仲違いしてたけど、それとこれとは別問題だ」
「セルジュ……」
「俺は喧嘩する前まではずっとあいつと一緒にいたからよく分かる。まぁ顔に傷つけられたお前に言っても説得力ないかもしれないけど……」
「いや、悪かったよ。僕が言い過ぎた」

 フランソワは再び笑顔を見せた。

「それに結婚のことならすぐに答えは出る」
「?」
「ステヴナン城で秘密裏に出産したならそれを確認する術はないが、この国で結婚するなら貴賤を問わず、必ず中央に届け出なければならない。いくら愛し合っている本人同士が言い張ったところで、届け出ていない限りただの口約束だ。そして国内の婚姻状況を管理しているのが、この国の聖職者のトップである僕の兄さんだ」

 そうか、その手があったか。
 記憶を無くして分からないことだらけだったが、はっきりさせられることが一つ出てきて、セルジュも自然と笑顔になった。

                  ◇◆◇

「また辺境の村が襲われたのか?」

 国王陛下にそう聞かれ、ローラン・ル・ドルレアンは報告書を見ながらため息をついた。

「そのようです」
「一体何が起こっている? 他国からの侵略者か?」
「分かりません。ただ襲われているのはどこも辺鄙な場所にある小さな村で、特に主要な産業が行われているわけでもなく、人口も少ない過疎地域です。そのような場所を壊滅させたところで、我が国に大きな損害を与えることはできません」
「それでも人々の不安を煽ることはできる」

 国王もため息をつくと、座っていた玉座から立ち上がって窓の外を見た。

「『聖樹』が花を咲かせたことに何か関係があるのだろうか?」

 聖樹とはこの国で最も大きく、最も長生きしている木で、王宮の裏手にある森の中心に太古の昔から鎮座している聖なる木だ。老齢のせいか、花を咲かせることなく四季を巡るのが通例なのだが、何の拍子にか花が咲く年があるのだ。特に周期があるわけでもなく、もしかしたら来年また花を見られるかもしれないし、数百年後も見ることは叶わないかもしれない。今回の開花も実に二百年ぶりのことなのだ。

「聖樹に関する文献はあまり残っておらず、謎が多いです。ただ我々聖職者の力の源は、この木が生み出す空気であると言われてはいるのですが……」
「前回の開花が二百年前ということは、直接それを見た者はもう残っていないということだな」

 国王は振り返ると、再び玉座の方へ戻って来た。

「小さな村全てに派兵する事は難しい。しかしできればこれ以上犠牲者を出したくはない。何か襲撃を受けた村に共通点はあるのか?」
「現在調査中ですが、今のところ市街地から離れた辺鄙な森の中にある小さな村、という点しか分かっておりません」
「それでは数が多すぎて網羅できないな。もう少し絞れたらいいのだが」

 二人が難しい表情で額を突き合わせている時、扉を叩く音がして、部屋の外からローランの配下の騎士の声が聞こえて来た。

「ローラン様、フランソワ様が戻られました。例の部下も一緒だそうです」
「本当か? すぐに行く」

 急いで机の上の報告書をかき集めるローランを見て、国王は不思議そうに尋ねた。

「何かあったのか?」

「最初に襲われた村で負傷した騎士が弟の配下におりまして、長らく休養を取っていたのがようやく王都へ戻って来たそうなのです。犯人の手がかりになる情報を持っているかも知れませんから、これから会いに行って参ります」
「おお、生き残りがいたのか。それは朗報だ。すぐに行って話を聞いてきてくれ」

 ローランは国王に向かって一礼すると、報告書の束を抱えてそそくさと部屋を出て行った。

(良かった、陛下に細かいことを聞かれなくて)

 フエリト村での生き残りの騎士が、ステヴナン伯爵の元でずっと療養していたことを知る者は、彼の両親と同僚の騎士団員とフランソワ、それに自分だけのはずだ。さらにその中でも、こちらからの接触を伯爵によって拒絶されているということを知っているのは、自分とフランソワのみである。

(フランソワがバラしたから第一王子殿下も既にご存じだが、一応陛下には黙っておいてもらうようお願いはしてある。まあ普通、そんな末端の騎士の話を国王陛下にされることはないだろうけど)

 ステヴナン伯爵に一体どんな意図があるのか、彼らのことをよく知らないローランには分からなかったが、そんな重要参考人である騎士を自身の城に監禁していたという事実はあまり外聞が良くない。

(もし陛下の耳に入って謀反を疑われでもしたら大変なことになる。くだらない憶測で北の防壁を崩すわけにはいかない。それに東西南北の辺境伯は繋がりが強固だ。彼らが束になったら中央の軍隊で果たして敵うかどうか。それこそ周辺諸国の思う壺だ)

 北の辺境伯を擁護する考えを巡らせながらも、ローランの胸には一抹の不安がよぎっていた。

(もちろん、ステヴナン伯爵が本当に黒でないなら、の話だが)
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