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六話 変わり果てた故郷
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計略のための外出ではあったのだが、久々に外の空気を吸うとセルジュは本当に気分が晴れて、なんだか楽しくなってきた。
「故郷に帰るのは何年ぶりだろう」
「お父上とお母上もそちらにいらっしゃるのですか?」
馬車の中で向かい合って座っているマルクにそう聞かれ、セルジュはすぐに首を振った。
「両親は元々王都の人間だったんですけど、俺が生まれて一度地方の村へ引っ越したんです。オメガの息子を育てるにはその方が環境が良いと思ったらしくて。村の人たちはみんなよくしてくれたんですけど、俺は両親をいつか王都に帰してあげたいとずっと思っていました。俺が十歳の時、たまたま村を訪れた第一王子直属の騎士団員がいて、俺を騎士団に見習いとして入れてくれました。それで両親も一緒に王都へ戻ったんです」
「そうだったんですね」
セルジュは抱っこ紐の中で大人しく眠っているエミールの頭をそっと撫でた。
「それ以来故郷には一度も戻っていないんですけど、仲の良かった友達とは今でも年に一度くらいは手紙のやり取りをしていたりして。俺が子供を連れて行ったら、きっとびっくりすると思います」
その時、馬車の外から御者の声が聞こえてきた。
「そろそろ着きますけど、あんなところに一体何の用があるんですか?」
「俺が昔住んでいたんです。辺鄙なところですけど」
「はあ、それはお気の毒に」
「えっ?」
馬車の中の二人はきょとんとして顔を見合わせた。
「……そういえば、私は準備でバタバタしていて行き先を聞いていませんでしたけど、どこの村へ向かっているんですか?」
「え、と、フエリト村です。一応王領ですが、ステヴナン領に接している森の中にある小さな村で……」
「ええっ! フエリト村!?」
素っ頓狂な声を上げたマルクにセルジュも驚いた。そもそもフエリト村ほどの規模の村は、知る人ぞ知る村というレベルになってくる。ステヴナン領に近いとはいえ、セルジュはマルクも御者も恐らく村の名前すら知らないのではないかと考えていた。なので御者にはわざわざ地図を見せて行き先を説明したのだ。
「まさか、そんな……」
「ど、どうしてあんな小さな村のことを知ってるんですか?」
「セルジュ様、お、覚えていらっしゃらないのですか? 私共は、セルジュ様は訳あってフエリト村でエミール様とこっそり暮らしていたのだとクロード様から伺いました。まさか故郷だったとは。しかしそれで……」
しかしセルジュの耳には、それ以上マルクの話は入ってこなかった。
(な、なんだこれは?)
馬車の窓から顔を覗かせたセルジュは絶句した。
(村が……)
十数年戻っていないのだから、当然当時と変わってしまった景色もあるだろうとは思っていた。しかしまさかここまで変貌していようとは。いや、変貌なんて生易しいものではない。
「無くなってる……?」
フエリト村は森の中に溶け込むように、隠れるように存在した小さな集落だった。しかし木々は薙ぎ倒され、家があったであろう場所には焼け焦げた跡や、綺麗に地面をならした跡だけが残されている。
「セルジュ様!」
馬車が止まるのと同時に、セルジュはマルクが止める間もなく馬車を飛び出した。
(なにがどうなってる? ここは本当にフエリト村か?)
「セルジュ!」
ハッと声がした方を振り返ると、記憶にあるより舗装された道の向こうから、速足にこちらへ向かってくる人影が目に入った。
「フランソワ!」
フランソワは、赤ん坊を抱えているセルジュを見て一瞬顔をこわばらせたが、すぐに落ち着いて表情を取り繕った。
「積もる話はとりあえず後だ。あそこに停まっている馬車で来たってことは、ステヴナン伯爵の使用人と一緒に来てるんだろう?」
「セルジュ様!」
噂をすれば、転がるように馬車から降りてきたマルクが慌てて二人の元に駆け寄って来た。
「眠れ」
フランソワが人差し指をマルクに向けてそう声を発した。マルクは一瞬目を見開いたかと思うと、すぐに瞼を半開きにしてその場に倒れ込んだ。彼が地面に激突する前に、フランソワはマルクを素早くキャッチして、そのまますたすたと馬車の方へ歩いて行った。
「あれ、どうなさいました?」
御者の男は煙草を吸っていて三人のやり取りを見ていなかったため、眠っているマルクを見て驚いた表情をした。
「調子が悪いそうだ。セルジュは俺が送っていくから、君は先に彼と城へ戻っていてくれ」
「はあ、見ない顔だが、うちの城の人ですかね?」
「いや、以前この村に住んでいた者だ。今は町で暮らしている。セルジュとは昔馴染みでね、積もる話が山ほどあるんだ。馬車で来ているから安心してくれ」
セルジュが黙って頷くのを見て、御者の男性は納得したようであった。フランソワがマルクを馬車に寝かせるのを確認すると、彼は何の疑いもなく馬に鞭を当て、ステヴナン城へと戻り始めた。
「……御者が物分かりのいい人間で良かった。彼まで眠らせるのは僕にはちょっと骨だったからね」
フランソワはそう言うと、セルジュを自分が乗って来た馬車の方へ案内した。三人が馬車に乗り込むのと同時に、馬車は王都へと向かって進み始めた。
「……さて」
セルジュと向き合って座ったフランソワはふうっと一息つくと、ずっと笑みを浮かべていた両目を突然クワッと見開いた。
「それで? ちょっとその子誰!?」
「故郷に帰るのは何年ぶりだろう」
「お父上とお母上もそちらにいらっしゃるのですか?」
馬車の中で向かい合って座っているマルクにそう聞かれ、セルジュはすぐに首を振った。
「両親は元々王都の人間だったんですけど、俺が生まれて一度地方の村へ引っ越したんです。オメガの息子を育てるにはその方が環境が良いと思ったらしくて。村の人たちはみんなよくしてくれたんですけど、俺は両親をいつか王都に帰してあげたいとずっと思っていました。俺が十歳の時、たまたま村を訪れた第一王子直属の騎士団員がいて、俺を騎士団に見習いとして入れてくれました。それで両親も一緒に王都へ戻ったんです」
「そうだったんですね」
セルジュは抱っこ紐の中で大人しく眠っているエミールの頭をそっと撫でた。
「それ以来故郷には一度も戻っていないんですけど、仲の良かった友達とは今でも年に一度くらいは手紙のやり取りをしていたりして。俺が子供を連れて行ったら、きっとびっくりすると思います」
その時、馬車の外から御者の声が聞こえてきた。
「そろそろ着きますけど、あんなところに一体何の用があるんですか?」
「俺が昔住んでいたんです。辺鄙なところですけど」
「はあ、それはお気の毒に」
「えっ?」
馬車の中の二人はきょとんとして顔を見合わせた。
「……そういえば、私は準備でバタバタしていて行き先を聞いていませんでしたけど、どこの村へ向かっているんですか?」
「え、と、フエリト村です。一応王領ですが、ステヴナン領に接している森の中にある小さな村で……」
「ええっ! フエリト村!?」
素っ頓狂な声を上げたマルクにセルジュも驚いた。そもそもフエリト村ほどの規模の村は、知る人ぞ知る村というレベルになってくる。ステヴナン領に近いとはいえ、セルジュはマルクも御者も恐らく村の名前すら知らないのではないかと考えていた。なので御者にはわざわざ地図を見せて行き先を説明したのだ。
「まさか、そんな……」
「ど、どうしてあんな小さな村のことを知ってるんですか?」
「セルジュ様、お、覚えていらっしゃらないのですか? 私共は、セルジュ様は訳あってフエリト村でエミール様とこっそり暮らしていたのだとクロード様から伺いました。まさか故郷だったとは。しかしそれで……」
しかしセルジュの耳には、それ以上マルクの話は入ってこなかった。
(な、なんだこれは?)
馬車の窓から顔を覗かせたセルジュは絶句した。
(村が……)
十数年戻っていないのだから、当然当時と変わってしまった景色もあるだろうとは思っていた。しかしまさかここまで変貌していようとは。いや、変貌なんて生易しいものではない。
「無くなってる……?」
フエリト村は森の中に溶け込むように、隠れるように存在した小さな集落だった。しかし木々は薙ぎ倒され、家があったであろう場所には焼け焦げた跡や、綺麗に地面をならした跡だけが残されている。
「セルジュ様!」
馬車が止まるのと同時に、セルジュはマルクが止める間もなく馬車を飛び出した。
(なにがどうなってる? ここは本当にフエリト村か?)
「セルジュ!」
ハッと声がした方を振り返ると、記憶にあるより舗装された道の向こうから、速足にこちらへ向かってくる人影が目に入った。
「フランソワ!」
フランソワは、赤ん坊を抱えているセルジュを見て一瞬顔をこわばらせたが、すぐに落ち着いて表情を取り繕った。
「積もる話はとりあえず後だ。あそこに停まっている馬車で来たってことは、ステヴナン伯爵の使用人と一緒に来てるんだろう?」
「セルジュ様!」
噂をすれば、転がるように馬車から降りてきたマルクが慌てて二人の元に駆け寄って来た。
「眠れ」
フランソワが人差し指をマルクに向けてそう声を発した。マルクは一瞬目を見開いたかと思うと、すぐに瞼を半開きにしてその場に倒れ込んだ。彼が地面に激突する前に、フランソワはマルクを素早くキャッチして、そのまますたすたと馬車の方へ歩いて行った。
「あれ、どうなさいました?」
御者の男は煙草を吸っていて三人のやり取りを見ていなかったため、眠っているマルクを見て驚いた表情をした。
「調子が悪いそうだ。セルジュは俺が送っていくから、君は先に彼と城へ戻っていてくれ」
「はあ、見ない顔だが、うちの城の人ですかね?」
「いや、以前この村に住んでいた者だ。今は町で暮らしている。セルジュとは昔馴染みでね、積もる話が山ほどあるんだ。馬車で来ているから安心してくれ」
セルジュが黙って頷くのを見て、御者の男性は納得したようであった。フランソワがマルクを馬車に寝かせるのを確認すると、彼は何の疑いもなく馬に鞭を当て、ステヴナン城へと戻り始めた。
「……御者が物分かりのいい人間で良かった。彼まで眠らせるのは僕にはちょっと骨だったからね」
フランソワはそう言うと、セルジュを自分が乗って来た馬車の方へ案内した。三人が馬車に乗り込むのと同時に、馬車は王都へと向かって進み始めた。
「……さて」
セルジュと向き合って座ったフランソワはふうっと一息つくと、ずっと笑みを浮かべていた両目を突然クワッと見開いた。
「それで? ちょっとその子誰!?」
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