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五話 憧れの人が手紙をくれました

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 クロードは王都から帰ってきた日、セルジュが起きるまでエミールの面倒を見ていてくれた。セルジュが昼寝から目覚めた時、ちょうどマルクが部屋をノックして入ってくるところだった。

「クロード様」
「どうした?」
「カトリーヌ様がお待ちです。いい加減王都での様子を報告せよとのことです」

 何やら奇妙な手遊びをしていたクロードは、腕を下ろしてからセルジュを見た。久々にぐっすり眠ったセルジュは少し機嫌を直していて、うーんと伸びをしながらクロードに言った。

「早く行ってこいよ」
「……分かった。マルク、ここを頼む」
「かしこまりました」

 クロードが出ていくと、エミールが機嫌良くベビーベッドに収まっているのを確認して、マルクは寝台横の机に向かった。

「マルクさん、それは何ですか?」
「クロード様が第一王子殿下より賜りました、セルジュ様へのお見舞いの品でございます」

 机の上に山のように積まれた見舞いの品に、セルジュは思わず目を見張った。

「たかが末端の騎士でしかない俺のためにこんなにたくさん……」
「果物もたくさん頂いております。何か召し上がりますか?」
「いや……」

 セルジュはふと、机の端に積まれた書物の山に気がついた。

「あの、あそこの本は?」
「ずっと寝たきりでは退屈だろうと、王都で流行りの書物もいくつか下さったそうですよ」
「へぇ……」

『故郷で故人を想う』
『君の肝臓が気になる』
『二十四時間の砂時計』
『会いたいから震える林檎の心』
『十月の蝉』
『日はまた登ると信じたい』

(何だこれ? タイトルから内容が分からない本ばっかりだ。これ本当に最近の流行りなのか? 最近の流行りって、『転生したから騎士見習いとして頑張って世界征服する』とかそんな感じだと思うんだけど……)

 とりあえず一番上に積まれていた一冊を手に取った時、セルジュの背筋に緊張が走った。

(これは……!)

 本の表紙、タイトルの左右に一つずつ記号が書かれている。一見ただの表紙のデザインのようにも見えたが、セルジュにはそれの意味するところがすぐに分かった。
 第一王子直属の騎士団には、団員のみが知る暗号が存在する。この記号はまさにそれで、他の人にはただの模様にしか見えないだろうが、団員ならこれが数字を表していることにすぐに気がつくはずだ。

(しかもこの筆跡は、フランソワ!)

 セルジュはごくりと唾を飲み込むと、見舞いの品を整理しているマルクに怪しまれないよう何気ない風を装いながら、本を全て自分の手元に持ってきた。

(どの本の表紙にも全て暗号で数字が書かれている。タイトルの左の数字は一から六で、右の数字は一から四のどれかだ。左の数字は本を並べる順番だな。右の数字は何番目の文字を拾うかって意味だろうか……いや、違うな。あ、分かった! 左から何文字拾うかって意味だ)

 実際に本を並べてしまうと怪しまれるため、セルジュは頭の中でタイトルだけ並べ替え、指定通りの文字数を切り取ってみた。

『十月』
『二十四』
『日』
『君の』
『故郷で』
『会いたい』

(フランソワ!)

 俺も会いたい。セルジュは長い金髪と柔和な青い瞳の美しい青年をまぶたの裏に思い描いた。自分を騎士団に引き入れてくれた恩人であり、また密かに思い慕っている憧れの存在。

(わざわざこんな手間をかけないと手紙のやり取りもできないなんて。クロードの奴、俺を自分の領域に閉じ込めて、外部との連絡手段を遮断してやがるな)

 とにかく十月二十四日には、何としてでもフランソワに会わなければ。セルジュは念の為、クロードやマルクがフランソワの本に興味を持たないように、元々本棚に置いてあった書物の中に紛れ込ませるようにしまった後、どうやってこの城を抜け出そうか思案し始めた。

                  ◇◆◇

 聡明なフランソワがわざわざこの日を指定したということは、きっと何か策があるに違いないと思っていたが、その日クロードは本当に早朝から城を空けていた。

「マルクさん、クロードはどうしたんですか? 今日はエミールの面倒を見に来ないんですが」

 わざと拗ねたような口調で聞くと、マルクは慌てて主人の擁護に回った。

「ロシェールの兵士を名乗る者たちが数名、国境付近の農地で農作物を取っていると今朝方領民から通報があったのです。もし本当に兵士が国境を侵したのであれば、理由の如何に関わらず重大事案ですので、領主自ら赴かれたのですよ」
「たかが野菜泥棒ごときに、領主様がねぇ……」

 セルジュはさらに疑り深そうな表情を作ってマルクを見た。

「おとといは何やら女性が訪ねて来て、その日も一日ここには来られなかったですよね?」
「イザベル様の事ですか? 彼女は東の辺境伯で、時折クロード様との情報共有のためにいらっしゃるのですが……」

 もちろんセルジュも彼女のことは知っていた。さらに彼女が昔からクロードに好意を持っていることも知っていたため、セルジュはあえて彼女の話題を出したのだ。やはりマルクも彼女の下心に気付いているのか、セルジュの目を見れずに視線が泳いでいる。

「本当にそれだけでしょうか? 彼女、クロードにかなり入れ込んでるって聞いたことありますけど。今日だって実は彼女と一緒に出掛けてるんじゃ……」
「いえいえ! 誓ってそのようなことは……」

 セルジュははぁっとため息をつくと、物憂げな表情で窓の外を見た。

「すみません。仕事だって頭ではちゃんと分かってるんです。でも俺はずっとここに缶詰で、一日中赤ちゃんのお世話しかしていないからか、余計な事ばかり考えてしまって……」
「分かります。子供が小さい時ってそういうものなんですよ」
「ちょっと気晴らしに外に出れば、気分も晴れそうなんですけど」

 マルクは少し考えた。

「そうですね。確かにその通りです。お怪我をされているとはいえ、ずっと部屋に篭りっぱなしの方が、かえって体に良くありませんから」
「それで、実はステヴナン領のすぐ近くに、俺の生まれ故郷があるんです。せっかく時間もあることだし、久々にみんなの顔が見たくて」
「生まれ故郷ですか……」
「ちょっと距離があるので、馬車を貸していただければ」
「しかしそれならクロード様に一言……」
「なんであいつは俺に黙って好きなところへ行って女遊びできるのに、俺はいちいちあいつの許可を取る必要があるんですか?」
「確かにそうですよね。なぜ妻は常に外出にも夫の許可が必要なのか、私も疑問でした。お前は休みをとって良い身分だ、俺は仕事なんだってよく言われてましたけど、こちとら二十四時間三百六十五日無休で保育士やってんだぞ! ってね」

 最後の方はあまり関係のない彼自身の愚痴になっていたが、そんなマルクを見ながらセルジュは内心ほくそ笑んだ。

(残念だったな、クロード。マルクはただの使用人だ。しかも心が優しくて、自身も子供を産んだ経験があるから俺に感情移入しやすい。本来オメガってのはあまり頭の回る人種じゃないんだ。俺みたいにギラギラしたやつの方が珍しい。マルクは子育ての相談役には適任だったが、見張りとしては不十分だったな。まあ俺がまさか外部と連絡を取れるだなんて思ってもみなかったんだろうけど)
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