2 / 44
二話 騎士に産休なんてあるのか?
しおりを挟む
クロードの長い黒髪が頬に触れ、エメラルド色の瞳と視線がかち合う。その目の奥に閃く感情に気がつく前に、暖かく濡れた柔らかい感触が唇を覆った。
「んっ?」
薄く開いた口の隙間から舌を差し込まれ、それが深い口付けだと気がついてセルジュはようやく我に返った。
(ええええええええ~?)
抵抗しようとした両手首をがっちりと掴まれ、さらに奥まで舌を押し込まれる。
「ふっ、うぅん……」
絡めた舌を吸い上げられ、下腹部にぞわりと痺れるような快感が走る。クロードがシャツの中に手を滑り込ませてきたが、抵抗することができない。
「ふげぇっ!」
「んんっ!」
赤ん坊の泣き声が耳に届いた瞬間、快楽にぼやけていた思考が、冷水を浴びせられたようにはっきりと呼び戻された。セルジュはありったけの力を込めて、クロードの硬く勃ちあがっているそこを蹴り上げた。
「!!!」
「ぷはっ!」
押さえつけられている状況で、しかも負傷しているセルジュの蹴りではそこまでの威力は発揮できなかったが、それでもクロードは軽く呻いて唇を離した。
「おまっ……い、いきなり何するんだ!」
まるで毛を逆立てた怯える猫のように、セルジュはクロードを睨みつけながら寝台の奥へと後ずさった。クロードはかすかに息を切らしてはいたが、何事もなかったかのようにぐずる赤ん坊をそっとベビーベッドから抱き上げた。
「何って……こいつにも兄弟が必要じゃないか?」
「きょ、兄弟?」
思わず声が裏返ってしまった。
(何言っちゃってんの、こいつ!)
しかしそう言った後で、セルジュは徐々にあることに思い至った。
(でも、この赤ん坊がいるってことは、俺とこいつはつまり、そういう……)
そういうことをしたということである。セルジュの頬にじわじわと熱が上がってきた。
(いや、ちょっと待て待て!)
記憶が無いので全く実感が湧いていなかったが、先ほどの触れ合いでその生々しい事実を突きつけられることになった。
(いやマジでどうしてこんな事に? 俺とこいつは仲違いして、もう何年も会ってなかったはずなのに。いや待てよ、てことはもしかして!)
セルジュは慌てて首の後ろを触って確かめたが、そこに噛み跡は見つからなかった。
(番にはなっていないのか……)
アルファやベータの人間は、オメガの人間との性行為中にそのうなじを噛むことによって、番関係を構築することができる。番になればお互いのフェロモン以外には反応しなくなるため、将来を約束した者同士なら積極的に番になろうとするのが普通だ。もちろん事情があってそこに至っていないパターンも少なくはないが。
その時、コンコンと部屋の扉を遠慮がちに叩く音が響いた。
「クロード様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「中央から通達が。すぐに王城へ参られよとのことです」
「分かった」
セルジュはハッとして慌ててクロードの黒い軍服の裾を掴んだ。
「王都へ行くのか?」
「ああ」
「待ってくれ、俺も行く」
クロードは北方の国境付近に領土を構える辺境伯だが、セルジュは王都の第一王子直属の騎士団員だ。
(どうしてこんなことになったのかさっぱりだが、とりあえず中央に戻らないと……)
しかしクロードはすぐに首を左右に振った。
「まだ傷が痛むだろ」
「大丈夫だ。痛みはあるけど、外傷はほとんど無いみたいなんだ」
決して強がりではなく、本当に傷も出血も見当たらなかった。
「それでもダメだ」
「どうして?」
「子供の面倒は誰が見るんだ?」
一瞬何のことを言っているのか分からず、セルジュはポカンとしてクロードを見上げていた。
「……え?」
「呼ばれているのは俺だけだ。お前はここに残って子供の世話をしろ」
「いやでも、俺だって中央で騎士としての務めが……」
「それは俺から殿下に説明しておくから大丈夫だ」
いや、大丈夫って、何が?
「騎士にだって産休くらいあるんじゃないか?」
◇◆◇
「ぬぁあにが産休じゃぁ!!!」
クロードが出かけた後、赤ん坊と一緒に城に残されたセルジュが吠えていると、トントンとまた扉をノックする音がして、今度は男性の使用人が部屋に入ってきた。
「セルジュ様のお手伝いをするよう仰せつかりました、マルクと申します」
「……あ、はい」
マルクはベビーベッドで大人しく眠っている赤ん坊を見て相好を崩した。
「天使のような寝顔ですね。うちの子が生まれた時のことを思い出します」
「お子さんがいらっしゃるんですね」
「はい、私が腹を痛めて生みました」
オメガのマルクはそう言うと、セルジュのためにお茶を用意し始めた。
「私は三人生みましたから、子供の世話には慣れておりますのでご安心下さい」
「……あの、マルクさんはク……ステヴナン伯爵家に仕えて長いんですか?」
「いえ、最近入ったばかりです。子供と主人は中央にいるんですけどね」
「そうですか……あの、子供を産んだ時って、仕事の方は……」
口ごもったセルジュの言いたいことを察したマルクは微笑んだ。
「昨今の少子化問題に陛下も頭を悩ませておられます。そんなご時世ですから、騎士団員の方でも子供を産み育てる環境は十分整っているかと」
「……実は俺、負傷した際に記憶を失ったらしくて、妊娠した記憶も子供を産んだ記憶も無いんです。それで、騎士団の皆にもなんて報告しているのかさっぱり分からなくて……」
「それはクロード様が殿下に説明すると仰っておりましたから、セルジュ様が頭を悩ませる必要は……」
そう、確かにクロードはそう言っていた。
(でも、中央は俺の職場であって、クロードには何の関係もない。ていうかこの子は俺たちの子供なんだろ? なんで当たり前のように俺が面倒見ることになってるんだ?)
「あいつだって親なら、俺だけに世話を押し付けるのっておかしくないですか? 俺だって第一王子殿下の騎士団員としての務めがあるのに……」
「なにが押し付けるだって?」
突然強い口調の女性の声が聞こえて、セルジュとマルクはハッと入り口を振り返った。
「カ、カトリーヌ様!」
「え、それって……」
「大奥様です。お姑さんですよ!」
「んっ?」
薄く開いた口の隙間から舌を差し込まれ、それが深い口付けだと気がついてセルジュはようやく我に返った。
(ええええええええ~?)
抵抗しようとした両手首をがっちりと掴まれ、さらに奥まで舌を押し込まれる。
「ふっ、うぅん……」
絡めた舌を吸い上げられ、下腹部にぞわりと痺れるような快感が走る。クロードがシャツの中に手を滑り込ませてきたが、抵抗することができない。
「ふげぇっ!」
「んんっ!」
赤ん坊の泣き声が耳に届いた瞬間、快楽にぼやけていた思考が、冷水を浴びせられたようにはっきりと呼び戻された。セルジュはありったけの力を込めて、クロードの硬く勃ちあがっているそこを蹴り上げた。
「!!!」
「ぷはっ!」
押さえつけられている状況で、しかも負傷しているセルジュの蹴りではそこまでの威力は発揮できなかったが、それでもクロードは軽く呻いて唇を離した。
「おまっ……い、いきなり何するんだ!」
まるで毛を逆立てた怯える猫のように、セルジュはクロードを睨みつけながら寝台の奥へと後ずさった。クロードはかすかに息を切らしてはいたが、何事もなかったかのようにぐずる赤ん坊をそっとベビーベッドから抱き上げた。
「何って……こいつにも兄弟が必要じゃないか?」
「きょ、兄弟?」
思わず声が裏返ってしまった。
(何言っちゃってんの、こいつ!)
しかしそう言った後で、セルジュは徐々にあることに思い至った。
(でも、この赤ん坊がいるってことは、俺とこいつはつまり、そういう……)
そういうことをしたということである。セルジュの頬にじわじわと熱が上がってきた。
(いや、ちょっと待て待て!)
記憶が無いので全く実感が湧いていなかったが、先ほどの触れ合いでその生々しい事実を突きつけられることになった。
(いやマジでどうしてこんな事に? 俺とこいつは仲違いして、もう何年も会ってなかったはずなのに。いや待てよ、てことはもしかして!)
セルジュは慌てて首の後ろを触って確かめたが、そこに噛み跡は見つからなかった。
(番にはなっていないのか……)
アルファやベータの人間は、オメガの人間との性行為中にそのうなじを噛むことによって、番関係を構築することができる。番になればお互いのフェロモン以外には反応しなくなるため、将来を約束した者同士なら積極的に番になろうとするのが普通だ。もちろん事情があってそこに至っていないパターンも少なくはないが。
その時、コンコンと部屋の扉を遠慮がちに叩く音が響いた。
「クロード様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「中央から通達が。すぐに王城へ参られよとのことです」
「分かった」
セルジュはハッとして慌ててクロードの黒い軍服の裾を掴んだ。
「王都へ行くのか?」
「ああ」
「待ってくれ、俺も行く」
クロードは北方の国境付近に領土を構える辺境伯だが、セルジュは王都の第一王子直属の騎士団員だ。
(どうしてこんなことになったのかさっぱりだが、とりあえず中央に戻らないと……)
しかしクロードはすぐに首を左右に振った。
「まだ傷が痛むだろ」
「大丈夫だ。痛みはあるけど、外傷はほとんど無いみたいなんだ」
決して強がりではなく、本当に傷も出血も見当たらなかった。
「それでもダメだ」
「どうして?」
「子供の面倒は誰が見るんだ?」
一瞬何のことを言っているのか分からず、セルジュはポカンとしてクロードを見上げていた。
「……え?」
「呼ばれているのは俺だけだ。お前はここに残って子供の世話をしろ」
「いやでも、俺だって中央で騎士としての務めが……」
「それは俺から殿下に説明しておくから大丈夫だ」
いや、大丈夫って、何が?
「騎士にだって産休くらいあるんじゃないか?」
◇◆◇
「ぬぁあにが産休じゃぁ!!!」
クロードが出かけた後、赤ん坊と一緒に城に残されたセルジュが吠えていると、トントンとまた扉をノックする音がして、今度は男性の使用人が部屋に入ってきた。
「セルジュ様のお手伝いをするよう仰せつかりました、マルクと申します」
「……あ、はい」
マルクはベビーベッドで大人しく眠っている赤ん坊を見て相好を崩した。
「天使のような寝顔ですね。うちの子が生まれた時のことを思い出します」
「お子さんがいらっしゃるんですね」
「はい、私が腹を痛めて生みました」
オメガのマルクはそう言うと、セルジュのためにお茶を用意し始めた。
「私は三人生みましたから、子供の世話には慣れておりますのでご安心下さい」
「……あの、マルクさんはク……ステヴナン伯爵家に仕えて長いんですか?」
「いえ、最近入ったばかりです。子供と主人は中央にいるんですけどね」
「そうですか……あの、子供を産んだ時って、仕事の方は……」
口ごもったセルジュの言いたいことを察したマルクは微笑んだ。
「昨今の少子化問題に陛下も頭を悩ませておられます。そんなご時世ですから、騎士団員の方でも子供を産み育てる環境は十分整っているかと」
「……実は俺、負傷した際に記憶を失ったらしくて、妊娠した記憶も子供を産んだ記憶も無いんです。それで、騎士団の皆にもなんて報告しているのかさっぱり分からなくて……」
「それはクロード様が殿下に説明すると仰っておりましたから、セルジュ様が頭を悩ませる必要は……」
そう、確かにクロードはそう言っていた。
(でも、中央は俺の職場であって、クロードには何の関係もない。ていうかこの子は俺たちの子供なんだろ? なんで当たり前のように俺が面倒見ることになってるんだ?)
「あいつだって親なら、俺だけに世話を押し付けるのっておかしくないですか? 俺だって第一王子殿下の騎士団員としての務めがあるのに……」
「なにが押し付けるだって?」
突然強い口調の女性の声が聞こえて、セルジュとマルクはハッと入り口を振り返った。
「カ、カトリーヌ様!」
「え、それって……」
「大奥様です。お姑さんですよ!」
869
お気に入りに追加
1,414
あなたにおすすめの小説
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する
竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。
幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。
白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる