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二話 騎士に産休なんてあるのか?
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クロードの長い黒髪が頬に触れ、エメラルド色の瞳と視線がかち合う。その目の奥に閃く感情に気がつく前に、暖かく濡れた柔らかい感触が唇を覆った。
「んっ?」
薄く開いた口の隙間から舌を差し込まれ、それが深い口付けだと気がついてセルジュはようやく我に返った。
(ええええええええ~?)
抵抗しようとした両手首をがっちりと掴まれ、さらに奥まで舌を押し込まれる。
「ふっ、うぅん……」
絡めた舌を吸い上げられ、下腹部にぞわりと痺れるような快感が走る。クロードがシャツの中に手を滑り込ませてきたが、抵抗することができない。
「ふげぇっ!」
「んんっ!」
赤ん坊の泣き声が耳に届いた瞬間、快楽にぼやけていた思考が、冷水を浴びせられたようにはっきりと呼び戻された。セルジュはありったけの力を込めて、クロードの硬く勃ちあがっているそこを蹴り上げた。
「!!!」
「ぷはっ!」
押さえつけられている状況で、しかも負傷しているセルジュの蹴りではそこまでの威力は発揮できなかったが、それでもクロードは軽く呻いて唇を離した。
「おまっ……い、いきなり何するんだ!」
まるで毛を逆立てた怯える猫のように、セルジュはクロードを睨みつけながら寝台の奥へと後ずさった。クロードはかすかに息を切らしてはいたが、何事もなかったかのようにぐずる赤ん坊をそっとベビーベッドから抱き上げた。
「何って……こいつにも兄弟が必要じゃないか?」
「きょ、兄弟?」
思わず声が裏返ってしまった。
(何言っちゃってんの、こいつ!)
しかしそう言った後で、セルジュは徐々にあることに思い至った。
(でも、この赤ん坊がいるってことは、俺とこいつはつまり、そういう……)
そういうことをしたということである。セルジュの頬にじわじわと熱が上がってきた。
(いや、ちょっと待て待て!)
記憶が無いので全く実感が湧いていなかったが、先ほどの触れ合いでその生々しい事実を突きつけられることになった。
(いやマジでどうしてこんな事に? 俺とこいつは仲違いして、もう何年も会ってなかったはずなのに。いや待てよ、てことはもしかして!)
セルジュは慌てて首の後ろを触って確かめたが、そこに噛み跡は見つからなかった。
(番にはなっていないのか……)
アルファやベータの人間は、オメガの人間との性行為中にそのうなじを噛むことによって、番関係を構築することができる。番になればお互いのフェロモン以外には反応しなくなるため、将来を約束した者同士なら積極的に番になろうとするのが普通だ。もちろん事情があってそこに至っていないパターンも少なくはないが。
その時、コンコンと部屋の扉を遠慮がちに叩く音が響いた。
「クロード様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「中央から通達が。すぐに王城へ参られよとのことです」
「分かった」
セルジュはハッとして慌ててクロードの黒い軍服の裾を掴んだ。
「王都へ行くのか?」
「ああ」
「待ってくれ、俺も行く」
クロードは北方の国境付近に領土を構える辺境伯だが、セルジュは王都の第一王子直属の騎士団員だ。
(どうしてこんなことになったのかさっぱりだが、とりあえず中央に戻らないと……)
しかしクロードはすぐに首を左右に振った。
「まだ傷が痛むだろ」
「大丈夫だ。痛みはあるけど、外傷はほとんど無いみたいなんだ」
決して強がりではなく、本当に傷も出血も見当たらなかった。
「それでもダメだ」
「どうして?」
「子供の面倒は誰が見るんだ?」
一瞬何のことを言っているのか分からず、セルジュはポカンとしてクロードを見上げていた。
「……え?」
「呼ばれているのは俺だけだ。お前はここに残って子供の世話をしろ」
「いやでも、俺だって中央で騎士としての務めが……」
「それは俺から殿下に説明しておくから大丈夫だ」
いや、大丈夫って、何が?
「騎士にだって産休くらいあるんじゃないか?」
◇◆◇
「ぬぁあにが産休じゃぁ!!!」
クロードが出かけた後、赤ん坊と一緒に城に残されたセルジュが吠えていると、トントンとまた扉をノックする音がして、今度は男性の使用人が部屋に入ってきた。
「セルジュ様のお手伝いをするよう仰せつかりました、マルクと申します」
「……あ、はい」
マルクはベビーベッドで大人しく眠っている赤ん坊を見て相好を崩した。
「天使のような寝顔ですね。うちの子が生まれた時のことを思い出します」
「お子さんがいらっしゃるんですね」
「はい、私が腹を痛めて生みました」
オメガのマルクはそう言うと、セルジュのためにお茶を用意し始めた。
「私は三人生みましたから、子供の世話には慣れておりますのでご安心下さい」
「……あの、マルクさんはク……ステヴナン伯爵家に仕えて長いんですか?」
「いえ、最近入ったばかりです。子供と主人は中央にいるんですけどね」
「そうですか……あの、子供を産んだ時って、仕事の方は……」
口ごもったセルジュの言いたいことを察したマルクは微笑んだ。
「昨今の少子化問題に陛下も頭を悩ませておられます。そんなご時世ですから、騎士団員の方でも子供を産み育てる環境は十分整っているかと」
「……実は俺、負傷した際に記憶を失ったらしくて、妊娠した記憶も子供を産んだ記憶も無いんです。それで、騎士団の皆にもなんて報告しているのかさっぱり分からなくて……」
「それはクロード様が殿下に説明すると仰っておりましたから、セルジュ様が頭を悩ませる必要は……」
そう、確かにクロードはそう言っていた。
(でも、中央は俺の職場であって、クロードには何の関係もない。ていうかこの子は俺たちの子供なんだろ? なんで当たり前のように俺が面倒見ることになってるんだ?)
「あいつだって親なら、俺だけに世話を押し付けるのっておかしくないですか? 俺だって第一王子殿下の騎士団員としての務めがあるのに……」
「なにが押し付けるだって?」
突然強い口調の女性の声が聞こえて、セルジュとマルクはハッと入り口を振り返った。
「カ、カトリーヌ様!」
「え、それって……」
「大奥様です。お姑さんですよ!」
「んっ?」
薄く開いた口の隙間から舌を差し込まれ、それが深い口付けだと気がついてセルジュはようやく我に返った。
(ええええええええ~?)
抵抗しようとした両手首をがっちりと掴まれ、さらに奥まで舌を押し込まれる。
「ふっ、うぅん……」
絡めた舌を吸い上げられ、下腹部にぞわりと痺れるような快感が走る。クロードがシャツの中に手を滑り込ませてきたが、抵抗することができない。
「ふげぇっ!」
「んんっ!」
赤ん坊の泣き声が耳に届いた瞬間、快楽にぼやけていた思考が、冷水を浴びせられたようにはっきりと呼び戻された。セルジュはありったけの力を込めて、クロードの硬く勃ちあがっているそこを蹴り上げた。
「!!!」
「ぷはっ!」
押さえつけられている状況で、しかも負傷しているセルジュの蹴りではそこまでの威力は発揮できなかったが、それでもクロードは軽く呻いて唇を離した。
「おまっ……い、いきなり何するんだ!」
まるで毛を逆立てた怯える猫のように、セルジュはクロードを睨みつけながら寝台の奥へと後ずさった。クロードはかすかに息を切らしてはいたが、何事もなかったかのようにぐずる赤ん坊をそっとベビーベッドから抱き上げた。
「何って……こいつにも兄弟が必要じゃないか?」
「きょ、兄弟?」
思わず声が裏返ってしまった。
(何言っちゃってんの、こいつ!)
しかしそう言った後で、セルジュは徐々にあることに思い至った。
(でも、この赤ん坊がいるってことは、俺とこいつはつまり、そういう……)
そういうことをしたということである。セルジュの頬にじわじわと熱が上がってきた。
(いや、ちょっと待て待て!)
記憶が無いので全く実感が湧いていなかったが、先ほどの触れ合いでその生々しい事実を突きつけられることになった。
(いやマジでどうしてこんな事に? 俺とこいつは仲違いして、もう何年も会ってなかったはずなのに。いや待てよ、てことはもしかして!)
セルジュは慌てて首の後ろを触って確かめたが、そこに噛み跡は見つからなかった。
(番にはなっていないのか……)
アルファやベータの人間は、オメガの人間との性行為中にそのうなじを噛むことによって、番関係を構築することができる。番になればお互いのフェロモン以外には反応しなくなるため、将来を約束した者同士なら積極的に番になろうとするのが普通だ。もちろん事情があってそこに至っていないパターンも少なくはないが。
その時、コンコンと部屋の扉を遠慮がちに叩く音が響いた。
「クロード様、よろしいでしょうか?」
「どうした?」
「中央から通達が。すぐに王城へ参られよとのことです」
「分かった」
セルジュはハッとして慌ててクロードの黒い軍服の裾を掴んだ。
「王都へ行くのか?」
「ああ」
「待ってくれ、俺も行く」
クロードは北方の国境付近に領土を構える辺境伯だが、セルジュは王都の第一王子直属の騎士団員だ。
(どうしてこんなことになったのかさっぱりだが、とりあえず中央に戻らないと……)
しかしクロードはすぐに首を左右に振った。
「まだ傷が痛むだろ」
「大丈夫だ。痛みはあるけど、外傷はほとんど無いみたいなんだ」
決して強がりではなく、本当に傷も出血も見当たらなかった。
「それでもダメだ」
「どうして?」
「子供の面倒は誰が見るんだ?」
一瞬何のことを言っているのか分からず、セルジュはポカンとしてクロードを見上げていた。
「……え?」
「呼ばれているのは俺だけだ。お前はここに残って子供の世話をしろ」
「いやでも、俺だって中央で騎士としての務めが……」
「それは俺から殿下に説明しておくから大丈夫だ」
いや、大丈夫って、何が?
「騎士にだって産休くらいあるんじゃないか?」
◇◆◇
「ぬぁあにが産休じゃぁ!!!」
クロードが出かけた後、赤ん坊と一緒に城に残されたセルジュが吠えていると、トントンとまた扉をノックする音がして、今度は男性の使用人が部屋に入ってきた。
「セルジュ様のお手伝いをするよう仰せつかりました、マルクと申します」
「……あ、はい」
マルクはベビーベッドで大人しく眠っている赤ん坊を見て相好を崩した。
「天使のような寝顔ですね。うちの子が生まれた時のことを思い出します」
「お子さんがいらっしゃるんですね」
「はい、私が腹を痛めて生みました」
オメガのマルクはそう言うと、セルジュのためにお茶を用意し始めた。
「私は三人生みましたから、子供の世話には慣れておりますのでご安心下さい」
「……あの、マルクさんはク……ステヴナン伯爵家に仕えて長いんですか?」
「いえ、最近入ったばかりです。子供と主人は中央にいるんですけどね」
「そうですか……あの、子供を産んだ時って、仕事の方は……」
口ごもったセルジュの言いたいことを察したマルクは微笑んだ。
「昨今の少子化問題に陛下も頭を悩ませておられます。そんなご時世ですから、騎士団員の方でも子供を産み育てる環境は十分整っているかと」
「……実は俺、負傷した際に記憶を失ったらしくて、妊娠した記憶も子供を産んだ記憶も無いんです。それで、騎士団の皆にもなんて報告しているのかさっぱり分からなくて……」
「それはクロード様が殿下に説明すると仰っておりましたから、セルジュ様が頭を悩ませる必要は……」
そう、確かにクロードはそう言っていた。
(でも、中央は俺の職場であって、クロードには何の関係もない。ていうかこの子は俺たちの子供なんだろ? なんで当たり前のように俺が面倒見ることになってるんだ?)
「あいつだって親なら、俺だけに世話を押し付けるのっておかしくないですか? 俺だって第一王子殿下の騎士団員としての務めがあるのに……」
「なにが押し付けるだって?」
突然強い口調の女性の声が聞こえて、セルジュとマルクはハッと入り口を振り返った。
「カ、カトリーヌ様!」
「え、それって……」
「大奥様です。お姑さんですよ!」
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