異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

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324話 「煌めくパウンドケーキ2」

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「これどーしよね」

テーブルの上に置かれた怪しく輝くパウンドケーキ。
加賀はぐてっとテーブルに頬をつけ、ケーキを眺めながらそう呟く。
その目はどこから虚ろであった。2年間魔力を込め続けたケーキがこんな有様である、作った本人もショックは大きかったのだ。

「捨てるのも勿体ないよな……光ってるだけで多分食えるんだろ?」

甘く、芳醇な香りを放つそれは間違いなく美味しいだろう。
光っていなければ今頃みんなのお腹に収まっていたはずだ。
それだけに廃棄するのは勿体ない、加賀も八木と同じ意見であるようでテーブルから身を起こすとかくんと頷く。

「たぶん……でも食べるの怖いよね」

「うんむ」

「……うーちゃんなら平気かな?」

食堂へと目をむけ呟く加賀。
色々と規格外なうーちゃんならきっと食べてもなんともないだろう……。

「鬼かお前は。 いや、大丈夫だろうけどさあ……」

とはいえさすがに可哀そうではある。
加賀のつぶやきに突っ込みをいれ何とも言えない表情で頬をぽりぽりとかく八木。

「聞いてみるだけ聞いてみる」

加賀も少し考えていたがとりあえず聞くだけ聞いてみることにしたようだ。
すくっと席を立つと食堂へと向かって行く。

「あれ、いな……あ、いた」

食堂へと行きうーちゃんの姿を探す加賀。
2年かけて仕込んだパウンドケーキと聞いてうーちゃんも食堂で待機していたはずである、がその姿が見えない。
あれ?と首を傾げあたりを見渡す加賀であるが、やがてソファーの影からはみ出たうーちゃんのお尻をみつける。

「うーちゃん? 美味しいケーキあるよー? 食べてみないー?」

加賀の声を聞いたうーちゃんであるが、びくりと身をすくませその場から動こうとしない。
普段であれば美味しいケーキときいて反応しないはずは無いのだが……。

「ほら、そんな隅っこで隠れてないで……ほらほら」

うー!(ぎにゃー!)

「病院拒否するワンコみたいだな……」

お尻をつかんでぐいぐい引っ張る加賀と、引っ張られまいと足を踏ん張るうーちゃん。
さきほどまでの厨房内でのやりとり、きっちりうーちゃんには聞こえていたようである。


「むう……やっぱうーちゃんも嫌かー……そうだよねえ」

結局光るパウンドケーキを前にうーちゃんは断固拒否の構えをとかなかった。
いまも部屋の隅で警戒した様子で加賀をじっと見ている。

「私に考えがある……」

「おー?」

ため息を吐く二人にアイネが声をかける。
自身があるのか先ほどまで落ち込んでいた表情ではなく、うっすらと笑みすら浮かんでいる。

「デーモンに食べさせればいい」

「おおっ」

「鬼かあんたら」

アイネが胸をはっていった言葉になるほどと手をぽんと叩く加賀。
八木はドン引きである。

「とりあえず呼ぶだけ呼んでみよー?」

とにかく一度呼んでみるだけ呼んでみようと言うことになったようだ。
加賀の言葉を受けてアイネがデーモンの召喚を開始する。

「ん……」

「……どうしよう、むっちゃ踏ん張ってるんですけど」

「生まれたての子鹿のようだ……」

普段であれば呼べばすぐに魔方陣から出て来るはずのデーモンであったが、今日に限って待てども出てこない。
一体どうしたのだろうかと3人が魔方陣を覗き込むと、そこには四つん這いで魔方陣の縁にしがみつくデーモンの姿があった。
かなり無理をしているらしくその手足はガクガクと震え今にも力尽きそうである。

「抵抗する気……?」

「滅相も御座いません」

アイネの問いにきりっとした顔で答えるデーモン。

「ならどうして魔方陣から出てこようとしない……?」

「…………」

続く問いかけにすっと目をそらすデーモン。アイネの背から生えた腕が魔法陣へと伸びていった。


「デーモンさんもダメかー」

「さすがにあれは食べさせられんて……」

遠い目で先ほどの光景を思い浮かべる八木。
神に祈るデーモンなど早々見れるものではないだろう。

「んー……となるあとは」

「酔っている状態ならいけるかも」

「無理矢理はやめたげてね……?」

そうなるとあと食べてくれそうな人は限られてくる。
どうやって食べさせるかその算段について話す二人を見て八木は一言残しそっと厨房を離れるのであった。
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