異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

文字の大きさ
上 下
322 / 332

320話 「ワカサギ釣り再び2」

しおりを挟む
早朝。 額に手をかざ眩しそうに目を細め空を見上げる八木。

「雲一つなし。快晴快晴。それに風も弱いし釣りするにゃぴったりだな」

「天気良くてよかったねー」

ずっと座って釣りをしていると時期は真冬ということもあって防寒着を着ていても結構辛いものがある。
曇りだったり風が強ければなおさらだ。
幸いなことに今日の天気は非常に良い、支障なく釣りを楽しむことが出来るだろう。

「おう。 おう……? お米持ってくんか?」

馬車に荷物を積み込む加賀の姿をちらりと見た八木であったが、積み込まれるお米を見て加賀に声をかける。

「天丼にしょうと思ってねー」

「お前……なんて良いこと思いつくんだ」

「寄るなし。 暑苦しー」

加賀は釣りたてを天ぷらにするだけでは飽き足らず、天丼にしてしまうつもりであった。
近寄る八木をぐいと押しのけ残りの荷物を積み込む加賀。

「おーい。 こっちは荷物積み込み終わったぜ」

「おー。あっちはー……あっちも良さそうだね」

加賀以外も荷物は全て積み込み終わったようである。
各々の乗り物へと向かうと席に着く。

「んじゃ早速行くか。 ドラゴンさんは現地で集合だっけか?」

「そだよん。 それじゃーアイネさんお願いしまーっす」

「ん。 行くね」

ドラゴンは現地集合となっている。
今頃足場作りに励んでいることだろう。

「うーちゃん……うーちゃん様。 どうかゆっくりめでお願いしたく……」

う(おことわる)

「おぎゃああぁぁぁ……」

去年に引き続きうーちゃんはゆっくり行くつもりはさらさら無いようだ。
一気に加速すると悲鳴を置いて雪道を爆走していく。

「アンジェ俺達はゆっくり……アンジェ? アンジェさん?」

アンジェも同じようである。
久しぶりの遠出とあって非常に張りきるアンジェは速度はうーちゃんに劣るもののその体格の生かし盛大に雪煙をまき散らしている。


「わー雪男がいっぱい」

「ひでぇ目にあった……」

結果としてドラゴンの待つ汽水湖にたどり着いた時には幾つもの雪像が完成していた。

「おう、思ってたよりも早かったのであるな」

服にこびりついた雪を皆でほろっていると岸辺のほうからドラゴンがのそりと姿を現す。

「あ、ドラゴンさんお早う。 今日はよろしくねー」

「うむ、いま足場を作っているのでな、少し待つと良いのである」

挨拶を済ませるとドラゴンは再び岸辺へと向かい、そしてひょろっと細いブレスを吐き出す。
前回全力でブレスを吐いたせいで魚が一時的に逃げてしまったのを反省したのだ。

「ブレスって威力調整できたんだ」

「そうらしいですね……さて、今のうち決めることは決めてしまいましょうか」

そういって箱を取り出すアルヴィン。
蓋にあたる部分には手が入るぐらいの穴があいており、ゆすると中からがさごそと音がする。

「席と竿を決めるクジです……なにが当たっても恨みっこなしです」

そういった途端に手をあげるものがいた。

「はいはいはい! 俺が一番先にひく!」

ヒューゴである。
どのタイミングでひいても同じ気がしなくもないが、本人としては最初にひきたいらしい。
去年のが色々とトラウマになっているのだろうか。

「……別に構いませんが。 皆もそれで良いですか?」

「別にいいっすよ!」

「最初にひこうが最後にひこう変わんないよ。 さっさと席決めちゃうよー」

あきれた表情を浮かべほかの皆に問題ないか確認するアルヴィン。
異論は無いようでヒューゴにすっと箱を差し出した。


「……ふむ、また其方とであるか。 奇遇であるな」

「分かってたよ! 分かってたんだよ!!……ちくしょうがぁっ」

器用にも巨大な手で紙切れを持ちヒラヒラとさせるドラゴン。
その傍らでは悔しそうに地面を叩き叫ぶヒューゴの姿があった。

「ああ、そうであった。 ここの穴だけ大きめにしても構わないであろうか? 例の夫婦も呼んでいるのであるが……何せ若い個体であるでな。 人慣れもしておらぬ故に吾輩の側がよいと思うのでな」

釣りには汽水湖の中央に住む、若いドラゴンの夫婦を呼んでいたようだ。
夫婦を気遣い自分の側にくるようにと話すドラゴンであったが。

「別に構わないと思いますよー?」

「ざっけんなコラ。 何が悲しゅうて裸族に囲まれにゃ――」

当然ヒューゴは抗議をする。
ドラゴン一人だけでもきついのになぜ囲まれなければいけないのか、と。
だが、その時であった。さきほどの会話がヒューゴの脳内でリフレインする。

(例の夫婦……若い個体……裸族)


数分後そこには良い笑顔を浮かべ足場にあけた穴を拡張するヒューゴの姿があった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...