異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

文字の大きさ
上 下
297 / 332

295話 「そう言えばそんな時期9 デーモンの生態?」

しおりを挟む
しばらくすると八木が加賀の元へとやってくる。
顔はお酒を飲んでいるため赤くなっていりが、割としっかりとした足取りである事からあまり量は飲んではいないのかも知れない。

「呼ばれました。何でしょうか、私とても嫌な予感がしますの」

「……」

酔っているには酔っている様だ。
妙にしおらしい態度でそう言うと加賀の無言の視線を受け、降参とでも言うように両手をあげる。

「悪かったって、そんな目で見るなし……」

「ヒューゴさんが楽器用意したから何か歌って欲しいんだって。さすがに一人だと無理だから少しだけ手伝って欲しいなーなんて……ごめんねエルザさん達と飲んでたんでしょ?」

加賀は見なかった事にしたらしい。
ヒューゴから歌をせがまれた事を伝える。

「あ、なんだそう言うことね。いいぜ、せっかくだからエルザさんにも聞かせたいしさ。何から歌う?」

「ありがと……そだね、祭りなんだし盛り上がりそうな曲でいこっか」

その後エルザ達も呼び寄せた二人は、テーブルをどかして出来た空きスペースで演奏を始める。
気が付けば宿のメンバー以外にも徐々に人が集まり、祭り会場においても異様な盛り上がりを見せる事となった。
そうなると途中でやめるわけにもいかず、二人は時折提供されるポーションを頼りに真夜中まで演奏を続ける事となる。


「ん……? そっか昨日あのまま寝ちゃってたんだ」

瞼越しに感じる光に加賀が目を開けると辺りは真夜中ではなく、昇った太陽に光に照らされすっかり明るくなっていた。

「おはよう」

「あ、おはようアイネさん。もしかしてずっと起きてたの?」

目を覚ました加賀に声を掛けたのはアイネだ。
種族柄寝なくても平気な彼女は見張りも兼ねて一晩中起きて過ごしていたのである。

「私は寝なくても平気だからね」

「ごめんね、途中で帰れば良かったんだけど……うわ」

フワフワとした毛布……ではなくうーちゃんの上で身を起こした加賀は辺りの惨状を見て思わず声を上げる。

「まさに死屍累々て感じだね……とりあえずお片付けしよか」

「ん」

辺りには一晩中飲んで騒ぎ続けた者達がまさに死屍累々といった様相で横たわっていた。ある者はテーブルに突っ伏し、またある者は床にそのまま転がり酒瓶を枕にしている。中には花壇に頭を突っ込んで身動ぎしない者すら居た。
彼らが動き出すまでしばらくの時を要するだろう。
二人は静かに後片付けを始めるのであった。



そんな祭りが終わってから数日後、久しぶりに建築ギルドに顔を出した八木へとエルザが声をかける。

「八木さんにあんな特技があったとは知りませんでした」

祭りで八木に演奏を聴いていたエルザであったが、あれ以降八木を見る目が少し変化していた。
期待を込めたようなその視線から、八木が行った演奏は少なくとも良い方向に働いていたのは間違いないだろう。

「特技……確かに特技か。 かなり練習したからなー、自分でも割と上手い方だとは思うよ」

特技と言われ一瞬否定しそうになるが思い止まる八木。
前世界において相当な時間を練習に費やし、自分としても上手い部類に入るとは思っている。故に少なくとも特技と言っても差し支えないだろうと考えたのだ。

「普段は宿で演奏しているのですか?」

「そっすね。 ここんとこほぼ毎日かなあ」

「……うらやましい」

「え?」

毎日演奏していると聞いて俯きボソリと呟くエルザ。
小声であったため八木には聞き取れなかった様だ。
八木が何だろうかと聞き返そうとしたところ、がばりと顔を上げたエルザと目が合う。

「あの! ……たまに聞きに行っても良いでしょうか……?」

「そりゃ勿論! 何時でも来てくださいよー」

突然のお願いに戸惑う八木であるが、それも一瞬の事であった次の瞬間には満面の笑みをうかべば承諾していたのであった。


「良かったじゃーん」

宿に戻った八木はすぐに加賀へと先ほどのやり取りを話していた。
加賀はひたすらトウモロコシの皮を剥ぎながら八木の話に相槌を。

「おう……ただ、来れるのは昼らしいんだよな」

「そりゃしゃーないんでない。 家ちょっと遠いんでしょ? 夜歩いて帰るってのはちょっとねー」

エルザの家はギルドに近く、宿から行くとなるとそれなりの距離を歩く必要がある。
そこを一人で夜中と考えると厳しいものがあるだろう……そこで八木が送るという考えには至らなかったらしい。

「そうだよなー……加賀は昼も忙しいよな」

「んーまあでも長時間は無理だけど数曲なら付き合えるよん」

「そっか……余裕がある時はお願いするかも知れん。まあ、基本は俺一人と考えた方がいいよな……となると出来る曲は……」

歌いながらだと結構大変なんだよなあ……と独り言ちる八木を見ていた加賀がこてん、と首を傾げる。

「別にボクじゃなくて他の人に頼んでも良いんじゃない?」

「そりゃそうだけど、お前以外に弾けるのおらんだろー?」

「いるよ?」

「まじ?」

自分でなくとも良いのでは?と言う加賀であったが、八木としては他に頼める人が思い浮かばないでいた。
そんな思いから疑問を口にする八木に対して加賀はあっさりと応え、そのまま厨房へと引っ込むみ、またすぐに出てくる。

「まじだ」

加賀は厨房から芋の皮むきをしていたデーモンを連れてきた。
魔法か何かで姿を変えさせ弾かせようという考えらしい。
問題はデーモンがギターを弾けるかどうかという話であるが、デーモンにギターを渡すと、なんとデーモンは見事に弾いてのけたのである。

「……意外と言うか何と言うか歌もギターもいけちゃうんだよなあ」

「デーモンにとっては当然の嗜みです」

意外なところでもハイスペックであったデーモンに感心したような呆れたような様子の八木。
デーモンはそれを聞いて少しだけ得意そうに言葉を返す。

「そういうもんなの?」

「そういうもんです」

そういうもんらしい。

「んじゃ、次は俺が歌って見るんで……えーっとギターだとどの曲が良いかなー」

「あちらでも構いませんよ」

デーモンがギターを演奏してくれる事を前提に何の曲を歌うか頭を悩ます八木。
そんな八木に対してデーモンは部屋の隅を指さしながら口を開く。

「え、まじ? ピアノも弾けちゃうの?」

「デーモンにとっては当然の嗜みです」

部屋の隅にあった加賀が自分用にと買ったピアノ。
デーモンにとってはピアノも当然の嗜みらしい。

「そういうもんなの?」

「そういうもんです」

そういうもんらしい。

「はー……」

デーモン。その知られざる生態を知った八木であった。
しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

処理中です...