異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

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225話 「ちゃっかりチョコゲットするやつ 後半」

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業者との打ち合わせからしばらく立ったある日の夕方、夕飯の準備を終えぼーっと休憩していた加賀へとアイネが声をかける。

「加賀、少し良い?」

「ん? なになに」

声をかけられ振り返った加賀へとアイネが手に持っていたシンプルに装飾された箱をすっと差し出す。

「これ……チョコ作ってみたの、良かったら食べて」

「おーっ、ありがとう? ……あれ、今日って確か……こ、これもしかしてバレンタインの?」

最初は素直に箱を受け取り礼を言う加賀であるがふと首を傾げる。アイネが作ったお菓子を貰うこと自体は珍しくは無いが、その場合は皿に乗った状態で渡されることが常で有り、今回のように箱に、それもシンプルとは言え装飾された箱に入れて渡されるような事は今までなかったのである。
そして少し考えれば今日がバレンタインデーである事に思いつく。

「うん」

「やったー! ありがとアイネさん!」

バレンタインチョコである事が分かり大はしゃぎな加賀。
早速食べて良いかとアイネに尋ね了承を得たので箱を開け、中に入っていたチョコの一つを口にパクリと放り込む。

「おー……美味しい、サクサクしてる。これビスケット?すごい層になってて食感むっちゃ良い!」

そのチョコは見た目こそはシンプルであるが、中身はそうではない。幾層にも重なったビスケットと数種類のチョコ、それらをノーマルなチョコでコーティングしてあったのだ。

「ビスケット合うよねー。……あれ、これ中身さっきと違う、キャラメルだー」

一個目をペロリと平らげ二個目に手を付ける加賀。
さくりとした食感を予想していたが、伝わってきたのはトロリとした液体のものであった。
チョコにも負けず劣らず濃厚なキャラメルがその正体である。

「もしかして全部違う?」

2個目を平らげた所で残りのチョコを観察する加賀。そこで全てのチョコが形や大きさが異なる事に気がつきアイネに声をかける。

「うひゃー、すごい大変だったでしょ? ありがとアイネさん、むっちゃ美味しいー」

サプライズに成功した様に笑みを浮かべこくりと頷くアイネ。
箱の中身が全て種類の異なるチョコと分かった加賀はより味合うようにチョコを食べ進める。

「あとこれ」

「う?」

そう言って加賀にもう一つ箱を手渡すアイネ。
どうやら用意していたのは一つだけではなかったらしい。
一つ目の箱よりも小振りだが、煌びやかな装飾の入った箱に加賀の期待もより膨らんでいく。

「お酒使ったチョコ……これは寝る前に食べると良いよ。すぐ寝れるように」

「そっかそれなら食べても……ふぁぁ、箱の中なのにもうむっちゃ良い匂いする!」

箱の中身はお酒を使ったチョコである。箱の蓋は閉まっているにも関わらず芳醇な香りが漏れ出し、その香りに加賀はうっとりした表情を浮かべる。
少量でもすぐに酔っ払ってしまう為お酒を避けていた加賀であったが、酔っても部屋の中であればすぐ寝てしまうので宿の客に絡むと言った問題も起きないだろう。
一箱目を平らげた加賀は鼻歌交じりに二箱目を部屋へと持ち込むのであった。


そして翌日の朝。
テーブルの上で何やら作業をしている加賀の対面にどすっと音を立て椅子に腰掛ける八木がいた。

「バレンタインにチョコ貰うとかこの裏切り者めっ」

「朝から何さー……」

開口一番に一体何を言い出すのかと胡乱げな視線を八木に向ける加賀。

「べっつにー? むっちゃ手の込んだチョコ貰ってて妬ましいだけですよ?」

どうも昨日浮かれて部屋に箱を持ち込んだ所を誰かに見られていたらしく、それがいつの間にか八木まで伝わっていたようだ。

「何これめんどくさい。エルザさんにお願いすればいいじゃない……」

「お願いしてチョコ貰えとか鬼ですかあんた」

面倒くさいと言いながらもきっちり相手をする加賀。もっとも言ってる内容は中々鬼畜なものではあるが。

「まずバレンタインを説明するとこから始めたらいいんでないー……おし、でけた」

「説明ってもなあ……ところでさっきから何作ってんの?」

加賀はバレンタインの説明をすればと言うが、それをすると言うことは露骨にチョコくださいアピールするのと変わらない。説明しないと始まらないが説明するにはハードルが高いと顔をしかめる八木であるが、ふと加賀が先ほどから何やら作業をしてた事が気になったようだ。

「これ? うーちゃん用のチョコ……もといご機嫌取り用のチョコ」

「どゆこと?」

ご機嫌取りと聞いてどういうことかと首を傾げる八木。加賀は視線を横にそらしながらぼそぼそと小声で話し始める。

「やー、朝起きたらうーちゃんの耳が蝶々結びになってて……」

「……チョコにお酒入ってたのか」

また酔っ払ったのかと眉をきゅっとひそめる八木。
彼我が酔うとどうなるかはよく分かっているのだ。

「美味しかったんだけどね。途中から記憶がにゃい」

「にゃ……危ねえまた刺されるとこだった。まあ……事務所行ってくんよ火傷せんよーにな」

疲れたような気が抜けたような表情を浮かべ席を立つ八木。
まだ作業を続けている加賀に一言残し事務所へと向かう。

「ほいほい。……んじゃ、うーちゃん準備できたからおいでー」

うっ(はよはよ)

八木の言葉に軽く返しながらも作業を進める加賀。準備が出来た所でうーちゃんへと声をかけるとすぐさまうーちゃんが駆け寄ってくる。
ご機嫌取り用の御菓子はチョコフォンデュである。付ける様の食材は沢山用意あいてあるが、きっとうーちゃんのお腹にすぐ収まる事になるだろう。


「おはよーっす」

宿のすぐそばにある事務所に向かい、モヒカン達と挨拶をかわす八木。
席に着いたところでオルソンが八木の後ろを指さしながら声をかける。

「おはようございます。八木さんお客さん来てますよ」

「え? 朝から誰だろ――」

オルソンの指先に釣られるように後ろを振り返る八木。

「お早う御座います、八木様」

そこに居たのはついさっき加賀との会話に出て来たエルザであった。
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