上 下
179 / 332

177話 「宿の日常」

しおりを挟む
左手には真っ赤に熟れたリンゴを持ち、右手にはやや小ぶりな包丁が握られている。
時刻は昼を少し過ぎた頃、宿の厨房で加賀は黙々とリンゴの皮むきに精を出していた。

「…………」

慣れた手つきで剥かれたリンゴの皮は余分な実が付いておらず、途中で切れることなく続いていた。
皮は地面に届くかどうかと言う長さまでなっていたが、なぜか地面に向かって垂れるのではなく重力に逆らうように上へと伸びていた。

「皮おいしい?」

うー(わりといける)

皮の行き先はうーちゃんのふっくらとした口の中だ。
もひもひと口を動かしてはリンゴの皮を剥いた傍から食べていく。

「はい、リンゴ剥けたよ。こっちの皮は食べちゃダメだかんねー」

うーちゃんに剥いたリンゴを差し出し、剥いてとっておいた皮をすっと引っ込める。
えーといった表情を浮かべるうーちゃんであるが皮はこの後リンゴを煮る際に色づけに使う予定であり、これ以上食べられると困ってしまうのだ。

「ん、微妙にたらない……うーちゃんめ。仕方ない、半分は普通に煮よっと」

加賀が見てない間に置いておいた皮も食べられていたようだ。加賀は全てを一緒に煮るのを諦め半分は普通に、残り半分を皮と一緒に煮る事にする。

「パイにするほうは別に色ついてなくても良いしねー」

うー(りんごーりんごー)

煮られるリンゴを耳を揺らしながら眺めるうーちゃん。リンゴはうーちゃんの好物である、だが年中手に入るものでもない、今日は久しぶりにリンゴが手に入った事もありうーちゃんは今朝からご機嫌である。

「うーちゃんリンゴ好きねー、やっぱ最初に食べたからかな?」

うー(どじゃろ)

加賀の言葉に首をくいっと傾げるうーちゃん。

最初に食べたその印象も大きかったのだろうが、何よりリンゴの味や触感などを気に入っているだけなのかも知れない。

「いい感じで煮えたかなー」

うっ(ちょっとおくれー)

フォーク片手に鍋にとことこと寄ってくるうーちゃん。加賀は味見ぐらいなら良いかと思いそっと鍋から少し離れる。

「ん、どうするのかな?」

だが、うーちゃんの目的は少し違ったらしい。フォークで煮たリンゴを鍋からいくつか取ると今度はまな板の上へ置く、そして手には包丁を握っていた。

「刻むのね……」

包丁をとんとんとリズム良く動かすうーちゃん。鮮やかなピンク色に染まったリンゴは小さな角切りへと姿を変えていく。

うー(これにいれるー)

冷蔵庫から何か入った容器をとりだし、その中に角切りしたリンゴを入れる。

「なるほどー、ヨーグルトに入れるのね」

白いヨーグルトがわずかにピンク色にそまり、見た目もなかなか美しい美味しそうなデザートが出来上がった。

「……そういえばうーちゃん」

う?(う?)

美味しそうなヨーグルトも気になるが、加賀の視線がヨーグルトではなく包丁へと注がれていた。

「どうやって包丁もってるの……?」

前々から疑問に思っていた事であるが、うーちゃんは包丁を持つとき決して握ってはいない。こう磁石か何かでくっつくようにうーちゃんの手に包丁がぴたっとくっついているのだ。

うー(こーやって)

「うんうん」

加賀の問いに答えるべく包丁の塚へと手を置くうーちゃん。加賀はその様子をじっくり見ながら頷いている。

うー(こう)

「うん……?」

結論から言うとじっくり見せてもらってもさっぱり分からなかった。
加賀はこれはこういうものなんだと自分を納得させとりあえずおやつを食べる事にしたようである。
パイは夜用として昼間のおやつはリンゴ入りのヨーグルトにしたらしくたっぷりとヨーグルトの入った容器と取り皿をもって食堂へと向かう。

「お、今日のおやつはなーにー?」

「何やらヨーグルトに……加賀さん、これなんです?」

食堂には先客がいた。
アイネや咲耶は別としていずれも今日はダンジョン攻略をさぼった……ではなくお休みとした探索者達である、

「リンゴ煮たやつですよー、ヨーグルトには合うはず。あ、足らなかったら焼き菓子もあるんで言ってくださいなー」

「あ、これリンゴなんですかなんでまたこんな色に?」

色がピンクなのを不思議がる探索者に皮と一緒に煮たことを伝える加賀。
なるほどと感心した様子でとりあえずヨーグルトを食べ始める探索者達、いつもよりシンプルなおやつではあるがヨーグルトとリンゴの相性はとても良く、用意したヨーグルトはすぐになくなってしまう。
ヨーグルトが無くなったあとはアイネと加賀が焼いて常備してある焼き菓子を食べながら雑談を楽しみ皆。
宿の日常はこうして過ぎて行くのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

望んでいないのに転生してしまいました。

ナギサ コウガ
ファンタジー
長年病院に入院していた僕が気づいたら転生していました。 折角寝たきりから健康な体を貰ったんだから新しい人生を楽しみたい。 ・・と、思っていたんだけど。 そう上手くはいかないもんだね。

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

処理中です...