異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう

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110話 「シグトリアの光景」

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門をくぐった途端目の前に広がるのは大通りを行き交う人、人、人。
大通りにそって立ち並ぶ建物とその軒先に並ぶ商品目当ての人で通りはごった返していた。

「こっち、はぐれないように気をつけてね」

「う、うん……すっごい人だね」

あまりの人混みに面食らった様子で立ち止まっていた加賀であるが、アイネに手を引かれはっとした様子で歩を進める。

人の隙間からチラチラと覗く軒先の光景にキョロキョロと忙しなく視線を向ける加賀。
店に並ぶのは食料品や日常品が多くどれも実用品ばかりである。よく観光名所にあるようなお土産の類はほとんどないようだ、観光目当ての人であれば少しがっかりするような内容である。
もっともその実用品を目当てにしていた加賀にとっては非常に嬉しい誤算ではあるが。

「アイネさん、アイネさん。すごい食料品いっぱい! 調理器具とかも色々ありそうだし……これ全部見て回ったらすっごい時間かかるよね」

「後で一緒に見てまわりましょ。時間はいっぱいあるのだから……ふふ」

「ん、そだね。二週間ぐらい見て回れるし……先にアイネさんの用事すませちゃお」

そう言ってとりあえずは城を目指す二人であった……が、およそ1時間ほどたった頃、見えているのに中々たどり着かない王城を前に加賀は徐々にへばっていった。

「お、思ってた以上に遠い……うぐう」

「だいじょうぶ? 少し休もうか」

「うー……ちょっと、休みたいかも……どこか休憩できる場所あれば寄ってもいーい?」

加賀の言葉をあっさり承諾したアイネ、少しペースを落としあたりを散策しながら歩いていく。
そして少し歩いたところでふいに加賀が鼻をすんすんならしはじめる。

「いきなりどうしたの……」

「引かないでよ。なんか甘い匂いがしたんだもん……」

急に匂いをかぎはじめた加賀を少し距離をとり見つめるアイネ。
加賀はちょっぴり傷ついたように口をとがらせ、甘い匂いがしたことを伝える。

「そう、疲れたときには甘いものが良いんだったね。見つけたらそこによってみましょ」

「おー。たぶん匂いするのは進行方向からだからー、このまま進めばいいと思うよ」

甘いものがあると分かったとたん歩く速度が上がる加賀。
が、すぐにへばって速度が落ちる。それをみて微笑ましいものでも見たように少し笑うアイネ。
ちょっとすねた加賀を宥めつつ前方にある店を指で刺す。そこには匂いの元となる店があった。

「あ、やっぱ近くにあった。でもってこの匂い……チョコだ!」

「そうみたいだね……お城より先に目当てのもの見つけちゃった」

城にいく前に購入するかどうか悩むアイネであるが、アイネの手を引き店へと行こうとする加賀を見てとりあえず店に行くことにする。買うかどうかは話を聞いてきめれば良いのだから。

「……?」

「どうしたの?」

「ん、ドリンクタイプとは思ってなかった……」

店で売っていたのはココアのような飲み物であった。
ペースト状のチョコらしきものをお湯で溶いて提供しているようだ。
とりあえずは飲んでみよう、そう思った加賀は店の店員へと声をかける。

「これ一つくださいなー」

「おや……お嬢ちゃんにはちょっと早いと思うが、まいっか1杯5000シぐだよ」

「……シグ?」

値段を聞いて固まる加賀。どうやら通貨そのものが異なるようである。
固まる加賀の横からアイネがことりと硬貨をテーブルに置く。
店員は毎度といって硬貨を受け取ると代わりにコップにいれた甘い香りのする飲み物を加賀へと渡す。

「ありがとうアイネさん、まっさか通貨が違うとはねー……」

「一応リアも使えるよ。お店にも寄るけど」

「あ、そうなんだ……はい、半分こ」

荷物をあさり取り出したコップに半分注ぎアイネへと手渡す加賀。
こうすることでアイネでも問題なく飲むことか可能となるためだ。

「それじゃ早速…………ううーん」

「……ちょっと……かなりくどいね」

ひとくちだけ口に含み眉をひそませる加賀とアイネ。
味は甘さ控えめのココアといったところであるが、ただ油を使っているのだろうかそのまま飲むには辛いと感じるほどにくどかった。

「油浮いてるし……なにか混ぜてるのかなあ」

「加賀が知っているものとは違うのかな」

「うん、こんなくどくは無かったよー。ちょっと待っててね」

そう言って背負っていた背負い袋を下し中をごそごそとあさる加賀。
荷物の一番下にいれておいたPCの電源をいれ袋にいれたまま操作し検索をはじめる。

「ん、わかった。たぶんこれかなー」

そう言って背負い袋の口をしばり背負いなおす加賀。
加賀を隠すようにしてあたりを見渡したアイネに礼を言い、調べた内容を伝えていく。

「そう、油分を分離すればいいのね」

「たぶんそうだと思う。でも方法まではちょっと分からなかった……あとでちゃんと調べないとだね」

「……ちょっと店員さんと話してみるね」

そう言って店へと向かい店員に話しかけるアイネ。
畏まった様子でアイネと話す店員であったが、アイネが差し出した硬貨と差し替えに黒っぽいペーストがはいった容器を差し出す。

「アイネさんそれって……」

「店員さんに頼んで分けてもらった。この飲み物の原料だそう」

「おー。店員さんありがとうございますー」

お礼をいう加賀に頭をかいてアイネ様に頼まれちゃー断れませんよと笑う店員。
それを聞いてそういえばアイネさんはこの国の偉い人でもあるんだったと改めて思いだす加賀。
そんなえらい人が仕事ほっぽり出していたのが今回この国を訪れる理由となった訳ではあるが……加賀も当のアイネもあまり気にしてなさそうである。

「それをどするの?」

「こうするの」

器にかざした手から黒い靄上のものがあふれ出す。
それはやがて器を包み込み、徐々に器から離れる様に上へと持ち上げられて行く。
一体何をしているのかとみていた加賀に器から靄が完全に離れたのを確認したアイネが出来たよと一言声をかける。

「これって……え、粉になってる」

「油だけ分離してみたよ」

「えぇー……アイネさんそんな器用な事出来たの」

靄の中にはバターのような油の塊が存在していた。
どういう原理かはさっぱりであるが、アイネはペースト状のものから油だけ分離してみせたようだ。
呆然とした表情でアイネを見つめる加賀、それに対しアイネは少し得意そうに胸をはるのであった。
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