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神様の家出。
ダンジョンですか? マジですか。
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「森にゴブリンが出たというが、本当なのか!?」
「ゴブリンというのは昔話に出てくるあの妖魔だろ。冗談じゃないのか」
「いやクリフの奴が見たと言っている。そこにダイもいたそうだ」
「そうです。オレ、初めて見たけど、昔話で聞いた姿そのままでした。あれは間違いなくゴブリンです」
「そうだダイの奴、そのゴブリンに襲われて重傷を負って担ぎ込まれただろ」
「あいつ、格好つけて俺を逃がそうとしたから……。でもあの獣人の――ペルカさんが通りかかって……」
「ええいっ、落ち着かんかお前たち。それについての話をこれからしようというのだ。ダイを助けてくれた獣人族の娘さんから何やら話があるらしい。それを聞いてからでも遅くはないだろう」
俺たちが階下に降りていくと、店のホールでマクデル村の男たちがガヤガヤと言い合っていた。
口々に自分の意見を言う男たちを、村長のラルフさんが静めている。
みんな思い思いにホールの席に腰掛けていた。
ラルフさんが居るのはカウンター席で、ホールに向かって座っている。
そのラルフさんに近い席に、クリサフさんとクリフがいた。
良かったあいつ無事だったみたいだ。ということはキロも無事だろう。
「待たせたねみんな。ほらお嬢ちゃん、みんなに話があるんだろ」
女将さんが、ペルカを促しカウンターの前へと押し出した。
ペルカは、ラルフさんの近くに行くとホールのほうに身体を向ける。
たぶんまだ人族に慣れてないんだろう。ちょっとオドオドした感じだ。
ペルカは、たしか十六歳になっていたはず。
身長はエルトーラで意識を失う直前の記憶と変わらず俺より頭半分ほど低い。
体付き完全に大人になっていて、メリハリのハッキリした身体を、貫頭衣で包んでいる。
貫頭衣は半袖になっていて、袖脇から下に向かって、真っ直ぐ艶めいた青色で染め上げられていた。
また腰のあたりを帯で止めた貫頭衣は、前側が膝上、後ろ側はふくらはぎのあたりの長さになっていて、動きやすさを考慮しているようにみえる。
俺は、階段から続く廊下から、ホールの端に出たところで壁に背を預けた。
ちょうどカウンターとホールの両方を見渡せる場所だ。女将さんも俺のすぐ隣に立っている。
「あっ、あの、ワタシ、ペルカと言うのです。狼人族なのです。そして、神、ヤマトさまの巫女をしているのです」
「神、ヤマト? おい、聞いたことあるか?」
「いや、ヤマトなんて神の名前は聞いたことがねえ」
「やっ、ヤマトさまは、まだまだ有名な神様ではないのですが、戦女神のサテラさまや森獣神シュアルさま、闘神バルバロイさまとも親しい立派な神様なのです」
「サテラってあの千刀の女神、サテラか?」
「シュアルさまは猟師にも関係あるから知っているが、神ヤマトとは聞いたことが無いな」
「バルバロイっていうのはあの南方の、あれなんて言ったっけエル――、エルトールだかの守護神だろ」
いいやい、いいやい!
どうせマイナーな神ですよ。いまだに狼人族にしか名が知れていませんよ。
「なに落ち込んでんだい? ダイ」
俺のとなりで女将さんが不思議そうにこっちを見ている。
「いや、何でも……」
それにしても、サテラ……地上で千刀の女神とか呼ばれてるのか。
千刀って千本の刀ってことだよねたぶん。あの剣の付け刃疑惑がますます高まるな。
「それで、その神ヤマトの巫女がどうしてこんなところにやってきたんだ? 布教ならもっと大きな都市に行ったほうがいいんじゃないか?」
俺が別の方向で考え事をしていると、村人の誰かが胡散臭そうに声を上げた。
「だまって聞いてな! 話が進みやしないじゃないか」
女将さんが、噛み付くように言い放つ。
「ワタシがここに来たのにはいくつか訳があるのです――。一番の理由は神様から啓示を受けたからなのです」
ペルカは、フーッと一息つく。
「世界の各地にダンジョンが出現したのです」
「ダンジョン!? 馬鹿な! 大崩壊からまだ三〇〇年。伝承ではダンジョンが生まれるのは大崩壊から千年後くらいのはずだよ」
驚いて声を上げたのは女将さんだ。女将さんは元冒険者だもんな、その手の話には詳しいんだろう。
でもダンジョンが生まれるって、どういうことだ? ふつうダンジョンは『有る』もんじゃないのか?
「ダンジョン? ダンジョンっていうのは洞窟みたいなもんだろう? それがそんなに驚くことなのか」
「ダンジョンと洞窟は全くの別もんだよ。ダンジョンは生きてる」
「ハッ、なにを馬鹿な、生きてるって成長するわけじゃあるまいし」
女将さんの言葉に、村の男が怪訝そうに言うと、
「ダンジョンは成長するのです。ダンジョンは魔神の勢力が地上に攻め込むため砦のようなものなのですよ」
と、ベルカが答えた。
「魔神だって、馬鹿馬鹿しい。そんなおとぎ話のような話……」
「おそらくゴブリンはダンジョンからやってきたのですよ」
話を否定しようとする男を遮りペルカが言った。
この世界、やっぱり俺の常識をかなり超えている。まあ神様がいる時点で言わずもがななんだけどね。
「みんな、落ち着かんか。思うところはあるかもしれんが、とりあえずこの娘さんの話を最後まで聞こうじゃないか」
話がなかなか進まないのに業を煮やしたようにラルフさんが仲裁に入った。
「進めてくれんかね。お嬢さん」
「わかったのです。さっきも言ったのですが、ダンジョンは魔神が生み出すものなのです。神様がおっしゃるには、ダンジョンが生み出されるのと同時に、ダンジョンには必ず魔族が一体産み落とされるのです。ダンジョンと魔族は邪気を蓄えて成長し、ダンジョンは様々なモンスターを生み出しながら、その階層を増やしていくそうなのです。そしてダンジョンが十層まで成長すると地上に口をひらくのだそうなのですよ。ダンジョンの口が開くと、ダンジョン内に生まれた弱いモンスターが、ダンジョンの入り口付近に逃げ出してくるそうなのです。あのゴブリンたちはダンジョンから逃げ出してきたのだと思うのです。ワタシがここに来たのは、神様の命を受けダンジョンの攻略をするためなのです。ダンジョンと共に生み出された魔族を斃せばダンジョンは死に、ただの洞窟になるのだそうなのですよ」
遮る者が無くなったので、ペルカは一気に話し終えた。
だがちょっと待て!
誰がペルカにそんなことを命じたんだ?
……まあ――サテラだよね。
ペルカと面識のある神なんて俺以外には彼女しかいないもんな。
「ペルカ、ひとつ聞いて良いかな。その魔族が斃せないとどうなるの?」
「ハイなのです。いつまでも魔族を斃せないでいるとダンジョンはどんどん育って、さらに階層が増えていくのだそうです。そして階層が増えると、魔族も、ダンジョンで育つモンスターたちもどんどん強くなっていくのだそうですよ」
「そして……一〇〇層までダンジョンが育つと、モンスターの大暴走が始まるのさ。ダンジョンで生まれたモンスターたちはおろか。魔族もダンジョンの軛から解放されて、地上を徘徊できるようになる。昔話にも、それで滅んだ国の話が沢山あるよ」
最後にそう言ったのは女将さんだ。
「………………」
「…………」
「……」
村人たちは、自分たちの想像を遙かに超えた話に、誰も口をひらかない。
「ペルカ、ダンジョンっていうのは、ひとりで攻略できるようなものなのか?」
誰も口を開かないので、俺はとりあえずの疑問をぶつけてみた。
「それは無理だろうと、神様に言われたのです。だからダンジョンを攻略するために、仲間を募るつもりなのですよ。ワタシは巫女なのですが、爪牙闘士として戦えるのです」
ペルカはそこで一息つくようにホールを見まわしてから、思い切ったように口を開いた。
「どなたか、ワタシとダンジョン攻略をしていただけないでしょうかなのです」
「………………」
「…………」
「……」
まあ、それはそうだろう。普通の村人にはいくらなんでも荷が重い。
「俺が、一緒に行こう……」
「おっ、オレ、行きます!!」
俺が、ペルカに同行しようと手を上げると、それを遮るようにクリフが進み出てきた。
「オレ、猟師で弓には自信がある――あります。きっとペルカさんの役に立てると思う」
「ペルカ、俺も行くよ。これでも一応冒険者の端くれなんでね」
「お前、ペルカさんに助けてもらったくせに、役に立つのか?」
俺が並ぶように進み出ると、クリフが俺を睨み付ける。
この子は……、オレに助けてもらっておいてやけに敵対的じゃないか。
もしかしてキロに銜えさせたからって逆恨みか?
「大丈夫さ、こんどは油断しないよ。だからクリフもカエルに乗る訓練しておけよ」
「なッ、キサマ!」
「こらクリフ、お前ダイに助けられたんだろ。礼ぐらい言わんか」
「クッ、おやじ。――べつにこいつの手を借りなくたって自分でなんとかできたんだ!!」
「クリフ。クリサフさんに当たることはないだろ」
「お前に説教される謂れは無い!」
「喧嘩はだめなのですよ!!」
ペルカがクリフと俺の間で両手を広げて声を上げた。目の前で始まった言い合いに困り顔だ。
「ペルカさん。……べつに喧嘩してたわけじゃ。あっ、あの、とにかく、ダンジョンに行くときには教えてください。オレ、貴女の役に立ちますから!」
言うとクリフは店を飛び出していった。
クリフのやつ顔を真っ赤にして、そこまで怒るようなこと言ったかな俺?
「すまんなダイ。反抗期って奴なんだろうな。あいつ最近は俺の言うことも聞かんのだ。……それにしても、あいつ」
クリサフさんは店から駆け出ていったクリフの背を見送ると、並んで立つ俺とペルカに目を向けた。
店にいる連中も俺たちの方を見て、なにやら生温かい微妙な笑みを浮かべていた。
……なんでだ?
「嬢ちゃん、そのダンジョンの攻略だけどさ、アタシも仲間に入れてくれないかい」
女将さんが、まだ店の入り口に目の向いていたペルカの肩に手を置いた。
「おいカーサさん。あんたその歳で魔族やモンスターのいるダンジョンへ行くなど……」
「ラルフさん。アタシも元冒険者だ。いまじゃ昔話でしか聞いたことのないダンジョンがさ、村の近くに出現したなんて聞いたら、――疼いちまったのさ。それに、基本は洞窟や廃都の探索と変わらないんだ。アタシのような経験者は必要だろう。神様にダンジョンの攻略を命じられたこの娘はまだしも、ダイとクリフはだいぶ頼りないからねぇ」
「カーサさんが付いて行ってくれるなら安心だ。俺も、村の皆に獲物を納める仕事がなければ、少しは力になれると思うんだが……」
クリサフさんの言葉は安堵の息を吐くようだ。
女将さんが仲間になってくれるのは確かに心強い。正直なところ俺としてはクリフよりもクリサフさんが仲間になってくれたほうがよほど心強いんだけどね。
まあクリフの奴も後衛から弓を使って攻撃してもらえばよほどのことがない限り大丈夫だろう。攻略中にレベルも上がるだろうし。
問題は、ペルカ以外の人間が一緒だともしもの時、正体を現すのが気恥ずかしいてことだろうか。まっ、もしもの時にはそんなこと考えていられないだろうけどさ。
「なら、わしも近隣の村を回って、力になってくれる者がおらんか声を掛けておこう。四人だけというのも心許ないしな」
「あっ、あの、よろしくお願いするのです」
ペルカがペコリと女将さんとラルフさんに頭をさげた。
しかし、ダンジョン、ダンジョンか……。
またまた死にかけておいてなんだが、こうRPG的なイベントがやってくるとドキドキするのは何でなんだろうか。
「ゴブリンというのは昔話に出てくるあの妖魔だろ。冗談じゃないのか」
「いやクリフの奴が見たと言っている。そこにダイもいたそうだ」
「そうです。オレ、初めて見たけど、昔話で聞いた姿そのままでした。あれは間違いなくゴブリンです」
「そうだダイの奴、そのゴブリンに襲われて重傷を負って担ぎ込まれただろ」
「あいつ、格好つけて俺を逃がそうとしたから……。でもあの獣人の――ペルカさんが通りかかって……」
「ええいっ、落ち着かんかお前たち。それについての話をこれからしようというのだ。ダイを助けてくれた獣人族の娘さんから何やら話があるらしい。それを聞いてからでも遅くはないだろう」
俺たちが階下に降りていくと、店のホールでマクデル村の男たちがガヤガヤと言い合っていた。
口々に自分の意見を言う男たちを、村長のラルフさんが静めている。
みんな思い思いにホールの席に腰掛けていた。
ラルフさんが居るのはカウンター席で、ホールに向かって座っている。
そのラルフさんに近い席に、クリサフさんとクリフがいた。
良かったあいつ無事だったみたいだ。ということはキロも無事だろう。
「待たせたねみんな。ほらお嬢ちゃん、みんなに話があるんだろ」
女将さんが、ペルカを促しカウンターの前へと押し出した。
ペルカは、ラルフさんの近くに行くとホールのほうに身体を向ける。
たぶんまだ人族に慣れてないんだろう。ちょっとオドオドした感じだ。
ペルカは、たしか十六歳になっていたはず。
身長はエルトーラで意識を失う直前の記憶と変わらず俺より頭半分ほど低い。
体付き完全に大人になっていて、メリハリのハッキリした身体を、貫頭衣で包んでいる。
貫頭衣は半袖になっていて、袖脇から下に向かって、真っ直ぐ艶めいた青色で染め上げられていた。
また腰のあたりを帯で止めた貫頭衣は、前側が膝上、後ろ側はふくらはぎのあたりの長さになっていて、動きやすさを考慮しているようにみえる。
俺は、階段から続く廊下から、ホールの端に出たところで壁に背を預けた。
ちょうどカウンターとホールの両方を見渡せる場所だ。女将さんも俺のすぐ隣に立っている。
「あっ、あの、ワタシ、ペルカと言うのです。狼人族なのです。そして、神、ヤマトさまの巫女をしているのです」
「神、ヤマト? おい、聞いたことあるか?」
「いや、ヤマトなんて神の名前は聞いたことがねえ」
「やっ、ヤマトさまは、まだまだ有名な神様ではないのですが、戦女神のサテラさまや森獣神シュアルさま、闘神バルバロイさまとも親しい立派な神様なのです」
「サテラってあの千刀の女神、サテラか?」
「シュアルさまは猟師にも関係あるから知っているが、神ヤマトとは聞いたことが無いな」
「バルバロイっていうのはあの南方の、あれなんて言ったっけエル――、エルトールだかの守護神だろ」
いいやい、いいやい!
どうせマイナーな神ですよ。いまだに狼人族にしか名が知れていませんよ。
「なに落ち込んでんだい? ダイ」
俺のとなりで女将さんが不思議そうにこっちを見ている。
「いや、何でも……」
それにしても、サテラ……地上で千刀の女神とか呼ばれてるのか。
千刀って千本の刀ってことだよねたぶん。あの剣の付け刃疑惑がますます高まるな。
「それで、その神ヤマトの巫女がどうしてこんなところにやってきたんだ? 布教ならもっと大きな都市に行ったほうがいいんじゃないか?」
俺が別の方向で考え事をしていると、村人の誰かが胡散臭そうに声を上げた。
「だまって聞いてな! 話が進みやしないじゃないか」
女将さんが、噛み付くように言い放つ。
「ワタシがここに来たのにはいくつか訳があるのです――。一番の理由は神様から啓示を受けたからなのです」
ペルカは、フーッと一息つく。
「世界の各地にダンジョンが出現したのです」
「ダンジョン!? 馬鹿な! 大崩壊からまだ三〇〇年。伝承ではダンジョンが生まれるのは大崩壊から千年後くらいのはずだよ」
驚いて声を上げたのは女将さんだ。女将さんは元冒険者だもんな、その手の話には詳しいんだろう。
でもダンジョンが生まれるって、どういうことだ? ふつうダンジョンは『有る』もんじゃないのか?
「ダンジョン? ダンジョンっていうのは洞窟みたいなもんだろう? それがそんなに驚くことなのか」
「ダンジョンと洞窟は全くの別もんだよ。ダンジョンは生きてる」
「ハッ、なにを馬鹿な、生きてるって成長するわけじゃあるまいし」
女将さんの言葉に、村の男が怪訝そうに言うと、
「ダンジョンは成長するのです。ダンジョンは魔神の勢力が地上に攻め込むため砦のようなものなのですよ」
と、ベルカが答えた。
「魔神だって、馬鹿馬鹿しい。そんなおとぎ話のような話……」
「おそらくゴブリンはダンジョンからやってきたのですよ」
話を否定しようとする男を遮りペルカが言った。
この世界、やっぱり俺の常識をかなり超えている。まあ神様がいる時点で言わずもがななんだけどね。
「みんな、落ち着かんか。思うところはあるかもしれんが、とりあえずこの娘さんの話を最後まで聞こうじゃないか」
話がなかなか進まないのに業を煮やしたようにラルフさんが仲裁に入った。
「進めてくれんかね。お嬢さん」
「わかったのです。さっきも言ったのですが、ダンジョンは魔神が生み出すものなのです。神様がおっしゃるには、ダンジョンが生み出されるのと同時に、ダンジョンには必ず魔族が一体産み落とされるのです。ダンジョンと魔族は邪気を蓄えて成長し、ダンジョンは様々なモンスターを生み出しながら、その階層を増やしていくそうなのです。そしてダンジョンが十層まで成長すると地上に口をひらくのだそうなのですよ。ダンジョンの口が開くと、ダンジョン内に生まれた弱いモンスターが、ダンジョンの入り口付近に逃げ出してくるそうなのです。あのゴブリンたちはダンジョンから逃げ出してきたのだと思うのです。ワタシがここに来たのは、神様の命を受けダンジョンの攻略をするためなのです。ダンジョンと共に生み出された魔族を斃せばダンジョンは死に、ただの洞窟になるのだそうなのですよ」
遮る者が無くなったので、ペルカは一気に話し終えた。
だがちょっと待て!
誰がペルカにそんなことを命じたんだ?
……まあ――サテラだよね。
ペルカと面識のある神なんて俺以外には彼女しかいないもんな。
「ペルカ、ひとつ聞いて良いかな。その魔族が斃せないとどうなるの?」
「ハイなのです。いつまでも魔族を斃せないでいるとダンジョンはどんどん育って、さらに階層が増えていくのだそうです。そして階層が増えると、魔族も、ダンジョンで育つモンスターたちもどんどん強くなっていくのだそうですよ」
「そして……一〇〇層までダンジョンが育つと、モンスターの大暴走が始まるのさ。ダンジョンで生まれたモンスターたちはおろか。魔族もダンジョンの軛から解放されて、地上を徘徊できるようになる。昔話にも、それで滅んだ国の話が沢山あるよ」
最後にそう言ったのは女将さんだ。
「………………」
「…………」
「……」
村人たちは、自分たちの想像を遙かに超えた話に、誰も口をひらかない。
「ペルカ、ダンジョンっていうのは、ひとりで攻略できるようなものなのか?」
誰も口を開かないので、俺はとりあえずの疑問をぶつけてみた。
「それは無理だろうと、神様に言われたのです。だからダンジョンを攻略するために、仲間を募るつもりなのですよ。ワタシは巫女なのですが、爪牙闘士として戦えるのです」
ペルカはそこで一息つくようにホールを見まわしてから、思い切ったように口を開いた。
「どなたか、ワタシとダンジョン攻略をしていただけないでしょうかなのです」
「………………」
「…………」
「……」
まあ、それはそうだろう。普通の村人にはいくらなんでも荷が重い。
「俺が、一緒に行こう……」
「おっ、オレ、行きます!!」
俺が、ペルカに同行しようと手を上げると、それを遮るようにクリフが進み出てきた。
「オレ、猟師で弓には自信がある――あります。きっとペルカさんの役に立てると思う」
「ペルカ、俺も行くよ。これでも一応冒険者の端くれなんでね」
「お前、ペルカさんに助けてもらったくせに、役に立つのか?」
俺が並ぶように進み出ると、クリフが俺を睨み付ける。
この子は……、オレに助けてもらっておいてやけに敵対的じゃないか。
もしかしてキロに銜えさせたからって逆恨みか?
「大丈夫さ、こんどは油断しないよ。だからクリフもカエルに乗る訓練しておけよ」
「なッ、キサマ!」
「こらクリフ、お前ダイに助けられたんだろ。礼ぐらい言わんか」
「クッ、おやじ。――べつにこいつの手を借りなくたって自分でなんとかできたんだ!!」
「クリフ。クリサフさんに当たることはないだろ」
「お前に説教される謂れは無い!」
「喧嘩はだめなのですよ!!」
ペルカがクリフと俺の間で両手を広げて声を上げた。目の前で始まった言い合いに困り顔だ。
「ペルカさん。……べつに喧嘩してたわけじゃ。あっ、あの、とにかく、ダンジョンに行くときには教えてください。オレ、貴女の役に立ちますから!」
言うとクリフは店を飛び出していった。
クリフのやつ顔を真っ赤にして、そこまで怒るようなこと言ったかな俺?
「すまんなダイ。反抗期って奴なんだろうな。あいつ最近は俺の言うことも聞かんのだ。……それにしても、あいつ」
クリサフさんは店から駆け出ていったクリフの背を見送ると、並んで立つ俺とペルカに目を向けた。
店にいる連中も俺たちの方を見て、なにやら生温かい微妙な笑みを浮かべていた。
……なんでだ?
「嬢ちゃん、そのダンジョンの攻略だけどさ、アタシも仲間に入れてくれないかい」
女将さんが、まだ店の入り口に目の向いていたペルカの肩に手を置いた。
「おいカーサさん。あんたその歳で魔族やモンスターのいるダンジョンへ行くなど……」
「ラルフさん。アタシも元冒険者だ。いまじゃ昔話でしか聞いたことのないダンジョンがさ、村の近くに出現したなんて聞いたら、――疼いちまったのさ。それに、基本は洞窟や廃都の探索と変わらないんだ。アタシのような経験者は必要だろう。神様にダンジョンの攻略を命じられたこの娘はまだしも、ダイとクリフはだいぶ頼りないからねぇ」
「カーサさんが付いて行ってくれるなら安心だ。俺も、村の皆に獲物を納める仕事がなければ、少しは力になれると思うんだが……」
クリサフさんの言葉は安堵の息を吐くようだ。
女将さんが仲間になってくれるのは確かに心強い。正直なところ俺としてはクリフよりもクリサフさんが仲間になってくれたほうがよほど心強いんだけどね。
まあクリフの奴も後衛から弓を使って攻撃してもらえばよほどのことがない限り大丈夫だろう。攻略中にレベルも上がるだろうし。
問題は、ペルカ以外の人間が一緒だともしもの時、正体を現すのが気恥ずかしいてことだろうか。まっ、もしもの時にはそんなこと考えていられないだろうけどさ。
「なら、わしも近隣の村を回って、力になってくれる者がおらんか声を掛けておこう。四人だけというのも心許ないしな」
「あっ、あの、よろしくお願いするのです」
ペルカがペコリと女将さんとラルフさんに頭をさげた。
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