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神様Help!
戦女神と闘神と
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(人の身とは本当に不便なモノですね。三年の時間を過ごして、少しは慣れたと思っていたのですが、まだまだということですか。……神の身では息をするようにできていた事ができないというのも堪えるものです)
「ヴリンダさま? ハウッ、くすぐったいですぅ」
エルトーラの中心に鎮座する円形闘技場最上部の外壁に腰掛けていた。
昼をまわり、太陽は中天にかかってるために日差しは暑い。
この時間帯はこの地方独特の、陸地から海側へと抜ける乾燥した風が吹くので、日差しから感じるほどには気温は高くはない。
彼女の膝の上にはリルが乗っており、ヴリンダは無意識に彼女の頭を撫でながら、西の広場の辺りを凝視していた。
膝に乗せられているリルは、ヴリンダに髪の毛をワシャワシャと手で梳かれるようにして撫でられている。
彼女の外見は二年半ほどの年月を感じさせず、ヴリンダと出会った頃からほとんど成長した様子が見えなかった。
十八歳になった身としては残念な成長だといえるが、ヴリンダにとっては最高の癒やしのようだ。
本来ならば、このエルトーラにも戦女神の神殿があるのだから、己の神官や巫女たちに身の回りの世話をさせれば良いものを、識神の巫女であるリルに世話をさせ、ほぼ彼女に行動の供をまかせていたのだった。
ただ、このヴリンダの世話係という大役が、結果としてリルの内面を成長させていた。
ヴリンダと出会った頃には、極度の人見知りで人前に出るのに全身をベールで覆っていたのに、今ではベールの力を借りなくても人前に出られるようになった。
しかも、天然に無茶をするヴリンダに付き従うのだから、下を見れば人が小さな人形のように見える高い場所で、このように膝掛けさせられて足を空中でブラブラと放りだされていても平常に行動できるくらいになってしまったのだった。
こちらは成長と言うには語弊があるような気もするが、肝は据わったようである。
「……やはりあの者なのでしょうね。直接顔を合わせたことはありませんが、聞いていた特徴に合致していますし……私の予感は正しかったということでしょうか。しかし迂闊ですね」
「………………?」
ヴリンダの手が頭に乗っているために振り返って見上げることはできない状態だったが、リルからは疑問をうかがわせる間の挙動が伝わってきた。
「ふふふ、これはまだ話していませんでしたね。私がこの地に降臨した理由はリルももう分かっているでしょ」
リルはクリクリとした瞳を大きく見開いて疑問の表情をしていることだろう。
その可愛い表情が頭に浮かび思わず笑いが漏れてしまう。
「はひっ、ううぅ……。ヴリンダさま頭放してください……」
「ああっ、ごめんなさいね。でもリルの頭とても収まりがいいんですもの、つい、ね」
表情の変化は少ないが普段は鋭さを感じさせる顔が柔らかく微かにほほえんでいる。
ヴリンダはリルの頭から手をどかすと今度は振り返るリルを落とさないように腰の辺りを抱きかかえた。
穏やかな風が二人の間を通り過ぎた。風に混じる陽に焼けた石の匂いが微かに鼻腔ををくすぐる。
「あ、あの、ヴリンダさまはこの地で闘神さまが何かをなさっていることに対して、お調べになるために降臨なされたのですよね」
リルは身体を捻りヴリンダの顔を見上げて彼女の先の問いに答えた。
ヴリンダが身体を支えてくれることは元より頭に入っているようで、その信頼は母親にでも接しているようだ。
「そう、でもそれについてはもう調べは付いているの、闘神どのが目をかけていたデビッドという剣闘士が魔堕ちしたのです。ただ、完全に魔に堕ちきり、使徒化する前ならば救う術はあるのです。しかしその力を持つ神が、今は事情がありこの星界に存在しません。闘神どのは、その力を発現する可能性を持っている若い神を育てるあいだ、時間稼ぎをするためにこの地を結界で封じていたのでしょう。――よほど気に入っているのでしょうね、そのデビッドという者を」
「魔堕ちですか!? 神様が目を掛けていたような方が魔堕ちしたのならば私たちの中にも何らかの感覚を得た人がいたと思うのですが?」
「リル、――私たち神でさえも知覚できなかったのですよ。あのルチアという女、よほど隠行の術に長けているのでしょう。分かったのは直接縁を結んでいた闘神どのだけでしょうね。私も識神どのも、エルトーラが結界に包まれたからこそ異変に気付いたのですしね」
「あうっ、そうでした。……でもヴリンダさま。私たち巫女は、魔墜ちした者や魔の者が現われた場合速やかに対処するように指導されていますが、よろしいのですか?」
「……それについては闘神どのの考えを見守ってみようとも思っているのです。あの者がここに現れたということは形がついたのか、それともただ時が迫ったのか……」
ヴリンダは言葉を止めると、軽く腰をひねり、首を傾げるようにして視線を背後へと向けた。
「バカみたいに強い女戦士がいると聞いて調べてみれば、オメエ――戦女神だろ。何でこんな所にいやがる」
ヴリンダの動作と同時に背後から声が掛かった。
声の主は、大柄で筋肉質の男だ。
男の問いかけは尤もだった。ヴリンダの外見は天界での姿とは大きく違っているからだ。
髪を生え際から編み込むように引っ詰めて結った髪は、見事なブロンドで確かに天界での戦女神の特徴を持ってはいる。
しかし彼女の相貌は本来の彼女とは全く別のモノであった。
確かに美しい。だがそれは人の範疇に入るものだった。
「理由は分っているのでしょう、これほどの結界を築いて、他の神々に気付かれないと思っているアナタが迂闊なのです。アナタの思惑を尊重して、見守ることにした私に感謝してほしいくらいです。しかしアナタ、外見を中高年にしているとはいえ、本来の姿のまま地上で活動するなど、バカですか。大雑把にも程があります。まあそれは代理どのもですが」
ヴリンダの視線には盛大な呆れが乗っている。
彼女の口調は流石にサテラの上位に位置する神だけのことはあった。
「――あの野郎はまだ【変幻】ができねえんだ。しかし、もう調べは付いてるって訳か……」
「ヴリンダさま、こちらのお方は?」
リルはヴリンダの後ろに現われた男から、自身を隠すようにヴリンダに抱きついて、その身体の影から覗き込む。
その姿はまるで大樹の枝影で警戒している子リスのようだ。
ヴリンダに振り回されて以前より肝が据わったとはいえ、流石にバルトスのような威圧感を伴った巨漢が突然現れれば、気絶しなかっただけでも大したものだろう。
「今回の、ある意味元凶ですね」
「もしかして……、闘神さまですか!?」
「おぅ、まっ、ここじゃバルトスて名乗ってるがな。知ってるだろ名前くらい」
リルの驚きの声を受けてバルトスが言い放った。
ヴリンダがバルトスを闘神バルバロイだと見破ったのは彼女の言葉のとおりだが、バルトスが彼女を戦女神と判別できたのは実のところ彼の勘によるところが大きかった。
「ところで、あの者が魔のモノと接触しているようですよ。良いのですか?」
ヴリンダがバルトスに向けていた視線を西の広場付近に戻すと、彼女の動きに合わせるように背後から西に向かい軽く風がながれた。
「まあ、一応打ち合わせはしてあるから大丈夫だろう。ああ見えて色々考えているみてぇだしな、それに簡単におくれを取るような鍛え方はしてねぇよ。……だがやはりあの女が魔の者だったか」
「そうですね、私も彼女を見ただけでは分かりませんでした。全く見事な隠行の術です。識神どのの見たところ魔族では無く使徒だとのことですが、よほどの力を持った術者だったのでしょう」
ヴリンダの言葉に、バルトスが軽く片眉を上げる。
「……なるほどな、識神のじいさんが力を貸しているワケか」
「ええ、今も見ていますよバルトス。私の目を通じて……」
ヴリンダがいたずらじみた笑みをその端正な顔に浮かべた。
「おいっ、それを先に言いやがれ。またグジグジと説教されるじゃねえか」
「それについては、結界の件がバレた時点で決まっていることなんですから諦めなさい」
「少しの間なら誤魔化せるかと思ったが、じいさんだけじゃなくオメエにも気取られるとは、主神の宝具も案外だな」
「それについては識神どのから伝言があります……。リル」
「はぅ、わっ、私ですか!?」
突然話を振られリルがビクリと飛び跳ねるように動いた。
「ええ、言ってあげなさい!」
ヴリンダはリルに勇気を与えるように身体を密着して抱きしめる。
身長の関係でヴリンダの胸がリルの顎の辺りにムニュリと当たる。ヴリンダは頭を傾げ、頬をリルの頭に軽く乗せてバルトスを仰ぎ見た。その姿はまるでお気に入りの人形を抱きかかえている娘ようにも見えた。
「はっ、ふぁうぃッ! 『幾ら強力な神器を使ったとしても、使い手が適切に使わねば、本来の力は発揮せぬわい。目的が果たせただけでも僥倖だったと思うのじゃな』とっ、とのことでふっ」
自分の言葉は緊張でカミカミになっているのに、識神の言葉は口調の真似までして話しきったところは、流石に識神に仕える巫女の矜持を感じさせる。
――残念なことに変わりはないが。
「ぐっ、う、むぅ……」
バルトスも、小動物のような雰囲気を漂わせるリルの口から言われてしまうと、ヴリンダに対するように言い返すわけにもいかず言葉が出ない。
リルの頭を頑張りましたねとさすっているヴリンダの顔にはしてやったりという悪い笑みが張り付いている。
「クッ、まあいい。じいさんじゃねえが、オメエがデビッドに手を出さずにいてくれただけでも、俺にとっちゃあ僥倖ってもんだ」
バルトスは諦めたように言い放った。
「なるほど、……ならば予定通り、あの者を試させて貰いましょう。この件の決着を任せられるだけの力があるのかどうか。――私を納得させるだけの力を示さない場合は、判っていますねバルトスどの……」
「……ったく、あの過保護娘を撒いてきたと思ったら、目付役が居やがりやがった」
「なるほどあの娘が代理どのから簡単に離れるわけがないと思っていましたが、そういう事ですか……」
バルトスに向けたヴリンダの目に剣呑な光が宿る。
「おおぅ怖え怖え。でもよぅ、あの代理には、独り立ちできるだけの力を付けてもらわねぇと困るんじゃねぇか? オメエやじーさん、まああの過保護娘もか、何か企んでやがんだろ?」
「バルトス、あなた…………」
「だから怖えってよ、その目は止めな。俺は別にオメエたちが何をやろうが主神のヤロウに注進するつもりもねぇよ。それ以上に俺も楽しみなんだぜ、アイツがどう育つかな」
ヴリンダは、暫しバルトスの真意を測るように視線を合わせると、フイと視線を西の広場付近に戻した。
「おお、出てきやがったな。あの様子だと大きな収穫は無かったみてえだな」
「それにしても、何やらよほど疲れたような雰囲気ですが」
「……まさか、やっちまったんじゃねえだろうな」
「なッ、何を言い出すのですかバルトス! リル耳を塞ぎなさい。まったくこの男ときたら下品にも程があります!!」
ヴリンダは顔を真っ赤に染めているリルをバルトスから隠すように抱きかかえる。
リルがいなければ瞬時に抜刀しそうな雰囲気だ。
「ヘッ、何を言ってやがる。俺はあの中であの女を殺っちまったんじゃねえかって言ったんだ。何を変な想像してやがる。ええ戦女神どの、オメエのほうがエロエロなんじゃねえか? え」
「バカですか。代理どのの前にあの女が出てきたのは見ていたでしょう、子供のような開き直りは止めなさい! まったく! ……ああっ、リル大丈夫ですか! リル!」
耳を塞ぎヴリンダに抱きすくめられたリルは、二人の剣呑な雰囲気に当てられ目を回していた。
「………………明日の試合、私のことはあの者に話さないように」
目を回したリルに意識が行ったためにヴリンダは気が抜けてしまったのか、バルトスとの不毛な遣り取りを収めた。
「分かってるよ。だがよぅ、間違っても全力は出すんじゃねえぞ。他の奴らならまだしもオメエじゃ分が悪すぎらぁ」
「……そうですね、私の三割の力を乗り越えられたら合格としましょう」
「ほう、デビッドの今の実力はその辺りか? あの野郎、うまく俺から逃げ回りやがって、奴の今の力が測れねぇ」
バルトスはヴリンダの言葉を吟味するように考えこんだ。
「そうですね、4ヶ月ほど前の試合を見た限りでは、私の三割の力を乗り越えられれば、その後の成長があったとしても負けることは無いでしょう」
「まあ俺としちゃぁもう後には引けねえから代理に全てを託すしかねえんだがな」
打てる手は全て打ったと確信したからかバルトスの表情はサバサバしたものだった。
「では明日」
バルバロイとの話を打ち切ったヴリンダは、気絶したままのリルを抱きかかえてこの場から去ろうとしたが、ふと立ち止まり振り返った。
「そうでした、業腹ではありますがあなたにお願いしなければならないことがあるのでした」
「珍しいじゃねえかオメエが俺にお願いなんてよ」
バルバロイは、面白いモノでも見たように片眉と片唇の端を上げた。
「ヴリンダさま? ハウッ、くすぐったいですぅ」
エルトーラの中心に鎮座する円形闘技場最上部の外壁に腰掛けていた。
昼をまわり、太陽は中天にかかってるために日差しは暑い。
この時間帯はこの地方独特の、陸地から海側へと抜ける乾燥した風が吹くので、日差しから感じるほどには気温は高くはない。
彼女の膝の上にはリルが乗っており、ヴリンダは無意識に彼女の頭を撫でながら、西の広場の辺りを凝視していた。
膝に乗せられているリルは、ヴリンダに髪の毛をワシャワシャと手で梳かれるようにして撫でられている。
彼女の外見は二年半ほどの年月を感じさせず、ヴリンダと出会った頃からほとんど成長した様子が見えなかった。
十八歳になった身としては残念な成長だといえるが、ヴリンダにとっては最高の癒やしのようだ。
本来ならば、このエルトーラにも戦女神の神殿があるのだから、己の神官や巫女たちに身の回りの世話をさせれば良いものを、識神の巫女であるリルに世話をさせ、ほぼ彼女に行動の供をまかせていたのだった。
ただ、このヴリンダの世話係という大役が、結果としてリルの内面を成長させていた。
ヴリンダと出会った頃には、極度の人見知りで人前に出るのに全身をベールで覆っていたのに、今ではベールの力を借りなくても人前に出られるようになった。
しかも、天然に無茶をするヴリンダに付き従うのだから、下を見れば人が小さな人形のように見える高い場所で、このように膝掛けさせられて足を空中でブラブラと放りだされていても平常に行動できるくらいになってしまったのだった。
こちらは成長と言うには語弊があるような気もするが、肝は据わったようである。
「……やはりあの者なのでしょうね。直接顔を合わせたことはありませんが、聞いていた特徴に合致していますし……私の予感は正しかったということでしょうか。しかし迂闊ですね」
「………………?」
ヴリンダの手が頭に乗っているために振り返って見上げることはできない状態だったが、リルからは疑問をうかがわせる間の挙動が伝わってきた。
「ふふふ、これはまだ話していませんでしたね。私がこの地に降臨した理由はリルももう分かっているでしょ」
リルはクリクリとした瞳を大きく見開いて疑問の表情をしていることだろう。
その可愛い表情が頭に浮かび思わず笑いが漏れてしまう。
「はひっ、ううぅ……。ヴリンダさま頭放してください……」
「ああっ、ごめんなさいね。でもリルの頭とても収まりがいいんですもの、つい、ね」
表情の変化は少ないが普段は鋭さを感じさせる顔が柔らかく微かにほほえんでいる。
ヴリンダはリルの頭から手をどかすと今度は振り返るリルを落とさないように腰の辺りを抱きかかえた。
穏やかな風が二人の間を通り過ぎた。風に混じる陽に焼けた石の匂いが微かに鼻腔ををくすぐる。
「あ、あの、ヴリンダさまはこの地で闘神さまが何かをなさっていることに対して、お調べになるために降臨なされたのですよね」
リルは身体を捻りヴリンダの顔を見上げて彼女の先の問いに答えた。
ヴリンダが身体を支えてくれることは元より頭に入っているようで、その信頼は母親にでも接しているようだ。
「そう、でもそれについてはもう調べは付いているの、闘神どのが目をかけていたデビッドという剣闘士が魔堕ちしたのです。ただ、完全に魔に堕ちきり、使徒化する前ならば救う術はあるのです。しかしその力を持つ神が、今は事情がありこの星界に存在しません。闘神どのは、その力を発現する可能性を持っている若い神を育てるあいだ、時間稼ぎをするためにこの地を結界で封じていたのでしょう。――よほど気に入っているのでしょうね、そのデビッドという者を」
「魔堕ちですか!? 神様が目を掛けていたような方が魔堕ちしたのならば私たちの中にも何らかの感覚を得た人がいたと思うのですが?」
「リル、――私たち神でさえも知覚できなかったのですよ。あのルチアという女、よほど隠行の術に長けているのでしょう。分かったのは直接縁を結んでいた闘神どのだけでしょうね。私も識神どのも、エルトーラが結界に包まれたからこそ異変に気付いたのですしね」
「あうっ、そうでした。……でもヴリンダさま。私たち巫女は、魔墜ちした者や魔の者が現われた場合速やかに対処するように指導されていますが、よろしいのですか?」
「……それについては闘神どのの考えを見守ってみようとも思っているのです。あの者がここに現れたということは形がついたのか、それともただ時が迫ったのか……」
ヴリンダは言葉を止めると、軽く腰をひねり、首を傾げるようにして視線を背後へと向けた。
「バカみたいに強い女戦士がいると聞いて調べてみれば、オメエ――戦女神だろ。何でこんな所にいやがる」
ヴリンダの動作と同時に背後から声が掛かった。
声の主は、大柄で筋肉質の男だ。
男の問いかけは尤もだった。ヴリンダの外見は天界での姿とは大きく違っているからだ。
髪を生え際から編み込むように引っ詰めて結った髪は、見事なブロンドで確かに天界での戦女神の特徴を持ってはいる。
しかし彼女の相貌は本来の彼女とは全く別のモノであった。
確かに美しい。だがそれは人の範疇に入るものだった。
「理由は分っているのでしょう、これほどの結界を築いて、他の神々に気付かれないと思っているアナタが迂闊なのです。アナタの思惑を尊重して、見守ることにした私に感謝してほしいくらいです。しかしアナタ、外見を中高年にしているとはいえ、本来の姿のまま地上で活動するなど、バカですか。大雑把にも程があります。まあそれは代理どのもですが」
ヴリンダの視線には盛大な呆れが乗っている。
彼女の口調は流石にサテラの上位に位置する神だけのことはあった。
「――あの野郎はまだ【変幻】ができねえんだ。しかし、もう調べは付いてるって訳か……」
「ヴリンダさま、こちらのお方は?」
リルはヴリンダの後ろに現われた男から、自身を隠すようにヴリンダに抱きついて、その身体の影から覗き込む。
その姿はまるで大樹の枝影で警戒している子リスのようだ。
ヴリンダに振り回されて以前より肝が据わったとはいえ、流石にバルトスのような威圧感を伴った巨漢が突然現れれば、気絶しなかっただけでも大したものだろう。
「今回の、ある意味元凶ですね」
「もしかして……、闘神さまですか!?」
「おぅ、まっ、ここじゃバルトスて名乗ってるがな。知ってるだろ名前くらい」
リルの驚きの声を受けてバルトスが言い放った。
ヴリンダがバルトスを闘神バルバロイだと見破ったのは彼女の言葉のとおりだが、バルトスが彼女を戦女神と判別できたのは実のところ彼の勘によるところが大きかった。
「ところで、あの者が魔のモノと接触しているようですよ。良いのですか?」
ヴリンダがバルトスに向けていた視線を西の広場付近に戻すと、彼女の動きに合わせるように背後から西に向かい軽く風がながれた。
「まあ、一応打ち合わせはしてあるから大丈夫だろう。ああ見えて色々考えているみてぇだしな、それに簡単におくれを取るような鍛え方はしてねぇよ。……だがやはりあの女が魔の者だったか」
「そうですね、私も彼女を見ただけでは分かりませんでした。全く見事な隠行の術です。識神どのの見たところ魔族では無く使徒だとのことですが、よほどの力を持った術者だったのでしょう」
ヴリンダの言葉に、バルトスが軽く片眉を上げる。
「……なるほどな、識神のじいさんが力を貸しているワケか」
「ええ、今も見ていますよバルトス。私の目を通じて……」
ヴリンダがいたずらじみた笑みをその端正な顔に浮かべた。
「おいっ、それを先に言いやがれ。またグジグジと説教されるじゃねえか」
「それについては、結界の件がバレた時点で決まっていることなんですから諦めなさい」
「少しの間なら誤魔化せるかと思ったが、じいさんだけじゃなくオメエにも気取られるとは、主神の宝具も案外だな」
「それについては識神どのから伝言があります……。リル」
「はぅ、わっ、私ですか!?」
突然話を振られリルがビクリと飛び跳ねるように動いた。
「ええ、言ってあげなさい!」
ヴリンダはリルに勇気を与えるように身体を密着して抱きしめる。
身長の関係でヴリンダの胸がリルの顎の辺りにムニュリと当たる。ヴリンダは頭を傾げ、頬をリルの頭に軽く乗せてバルトスを仰ぎ見た。その姿はまるでお気に入りの人形を抱きかかえている娘ようにも見えた。
「はっ、ふぁうぃッ! 『幾ら強力な神器を使ったとしても、使い手が適切に使わねば、本来の力は発揮せぬわい。目的が果たせただけでも僥倖だったと思うのじゃな』とっ、とのことでふっ」
自分の言葉は緊張でカミカミになっているのに、識神の言葉は口調の真似までして話しきったところは、流石に識神に仕える巫女の矜持を感じさせる。
――残念なことに変わりはないが。
「ぐっ、う、むぅ……」
バルトスも、小動物のような雰囲気を漂わせるリルの口から言われてしまうと、ヴリンダに対するように言い返すわけにもいかず言葉が出ない。
リルの頭を頑張りましたねとさすっているヴリンダの顔にはしてやったりという悪い笑みが張り付いている。
「クッ、まあいい。じいさんじゃねえが、オメエがデビッドに手を出さずにいてくれただけでも、俺にとっちゃあ僥倖ってもんだ」
バルトスは諦めたように言い放った。
「なるほど、……ならば予定通り、あの者を試させて貰いましょう。この件の決着を任せられるだけの力があるのかどうか。――私を納得させるだけの力を示さない場合は、判っていますねバルトスどの……」
「……ったく、あの過保護娘を撒いてきたと思ったら、目付役が居やがりやがった」
「なるほどあの娘が代理どのから簡単に離れるわけがないと思っていましたが、そういう事ですか……」
バルトスに向けたヴリンダの目に剣呑な光が宿る。
「おおぅ怖え怖え。でもよぅ、あの代理には、独り立ちできるだけの力を付けてもらわねぇと困るんじゃねぇか? オメエやじーさん、まああの過保護娘もか、何か企んでやがんだろ?」
「バルトス、あなた…………」
「だから怖えってよ、その目は止めな。俺は別にオメエたちが何をやろうが主神のヤロウに注進するつもりもねぇよ。それ以上に俺も楽しみなんだぜ、アイツがどう育つかな」
ヴリンダは、暫しバルトスの真意を測るように視線を合わせると、フイと視線を西の広場付近に戻した。
「おお、出てきやがったな。あの様子だと大きな収穫は無かったみてえだな」
「それにしても、何やらよほど疲れたような雰囲気ですが」
「……まさか、やっちまったんじゃねえだろうな」
「なッ、何を言い出すのですかバルトス! リル耳を塞ぎなさい。まったくこの男ときたら下品にも程があります!!」
ヴリンダは顔を真っ赤に染めているリルをバルトスから隠すように抱きかかえる。
リルがいなければ瞬時に抜刀しそうな雰囲気だ。
「ヘッ、何を言ってやがる。俺はあの中であの女を殺っちまったんじゃねえかって言ったんだ。何を変な想像してやがる。ええ戦女神どの、オメエのほうがエロエロなんじゃねえか? え」
「バカですか。代理どのの前にあの女が出てきたのは見ていたでしょう、子供のような開き直りは止めなさい! まったく! ……ああっ、リル大丈夫ですか! リル!」
耳を塞ぎヴリンダに抱きすくめられたリルは、二人の剣呑な雰囲気に当てられ目を回していた。
「………………明日の試合、私のことはあの者に話さないように」
目を回したリルに意識が行ったためにヴリンダは気が抜けてしまったのか、バルトスとの不毛な遣り取りを収めた。
「分かってるよ。だがよぅ、間違っても全力は出すんじゃねえぞ。他の奴らならまだしもオメエじゃ分が悪すぎらぁ」
「……そうですね、私の三割の力を乗り越えられたら合格としましょう」
「ほう、デビッドの今の実力はその辺りか? あの野郎、うまく俺から逃げ回りやがって、奴の今の力が測れねぇ」
バルトスはヴリンダの言葉を吟味するように考えこんだ。
「そうですね、4ヶ月ほど前の試合を見た限りでは、私の三割の力を乗り越えられれば、その後の成長があったとしても負けることは無いでしょう」
「まあ俺としちゃぁもう後には引けねえから代理に全てを託すしかねえんだがな」
打てる手は全て打ったと確信したからかバルトスの表情はサバサバしたものだった。
「では明日」
バルバロイとの話を打ち切ったヴリンダは、気絶したままのリルを抱きかかえてこの場から去ろうとしたが、ふと立ち止まり振り返った。
「そうでした、業腹ではありますがあなたにお願いしなければならないことがあるのでした」
「珍しいじゃねえかオメエが俺にお願いなんてよ」
バルバロイは、面白いモノでも見たように片眉と片唇の端を上げた。
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放置された公爵令嬢が幸せになるまで
こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。
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