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神様Help!
戦女神とエルトーラ(前)
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時は、しばし巻き戻る。
(困ったことになりました。……まさか一方通行だったとは。こんなことならば、もう少し地方を見物してくるのでした)
戦女神は『従属神会議』のあとバルバロイに気取られぬように、エルトーラ近隣の国サーニウムに人化降臨した。そこから旅の戦士ヴリンダと名乗りエルトーラに向かったのだ。
しかし久しぶりの地上、それも戦うためでもなく、ある意味物見遊山だ。バルバロイが何をしているのかは気になるが火急というわけでもない。
一年を通じて過ごしやすい気候が続くこの地方を、好奇心を満たしながら旅した彼女が、最終的にエルトーラにたどり着いたのは、地上に降臨してから数ヶ月ほど後のことだった。
エルトーラに踏み込んだ瞬間、彼女は結界の力をはっきりと知覚した。
さらにこの結界の厄介さもその瞬間に理解できたのだ。
(この封印に直に触れて分かりましたが、この力の感じは主神のものですね。バルバロイに主神の宝物庫を解錠する術は……愚問ですね。結界の力が、特に内に向けて強力に掛けられているということは、この都市から外に出したくないモノがこの都市の中にいるということでしょうか?)
「それよりも、この荷物をどうしたら……」
ヴリンダは後ろに引いた鉄製の荷車に振り返る。
それは……、山と呼ぶべきモノだった。
鉄製の荷車は通常ならば馬を数頭繋ぎ引き歩くような大きなもので、その上にはエルトーラに向かう途中に買い求めた品物や、女の一人旅と侮り、襲ってきた野盗を返り討ちにして、彼らが溜め込んだ盗品を近隣の街に届け出た際の礼品、さらに引き取り手の無い品が積み込まれていた。
鉄製の荷車に至っては、やはりお襲われていた商隊を助けた結果、礼品として手に入れた物だった。
余談をいえば、兵士達を纏め上げ、手足のごとく使役する大将軍の気質故か、彼女が成敗した野盗たちの中には、彼女の力に心酔して彼女に仕えることを望んだモノ達が多くいたのだ。
そんなモノ達を彼女はこの道中で鍛え上げ一大軍団を作り上げてしまったりもしていた。
しかし、エルトーラに連れて入るわけにも行かず、現在の彼女の筆頭巫女が居住する北方の辺境へ送り出したのだった。
彼らの子孫が後に、ヴロンク王国と呼ばれる大国を作り出す中枢の軍隊になるのだが、それはまた別の話である。
(識神どのの忠告に従って最低限の力で人化降臨しましたが、倉界が使えないのがこれほど不便だとは思いませんでした)
「しかし先ほどの門番達、固まっていましたがあれで仕事になるのか、この国の治安には不安がありますね」
ヴリンダは左手で荷車に繋がる鎖を胸元でグッと握った。
(我が神殿のもの達はどのような指導をしているのか……)
彼女が司るのは、軍事全般でありその中には衛兵などの規律なども含まれる。
彼女の神殿に仕えるもの達は戦女神の神官や巫女に相応しくそれらの知識に造形が広い、神殿のある国々の軍にその知識を伝えるのも仕事の一つであるからだ。
(本来ならば指導に出向きたいところですがそこへ向かうのは得策ではないでしょうね。識神どのが己の巫女達に繋ぎを付けると言っていましたが、やはりそちらに向かうべきですか)
「おっ、おい。あの女戦士何者だ!?」
「女剣闘士にあんな奴いたか?」
「まさか新人じゃ……」
「ばか、あんな化け物じみたことができる奴が新人な分けねぇだろ。あんな真似ができるのは筆頭剣闘士のデビッドや怪力自慢のガラハットくらいだろ」
「東門から来たってことはサーニウムの筆頭剣闘士じゃねえのか?」
「まさか、サーニウムの筆頭剣闘士は男のはずだぞ」
エルトーラに入り込んだあと、ヴリンダが考え込んでいたのはエルトーラの東門から続く広場だ。
実は先ほどから多くの住人や旅人が絶句しながら彼女を遠巻きに眺めているのだ。
地上ではさすがに黄金の甲冑姿ではないが、彼女の持つ大将軍の気質は誤魔化しようもなく、否応もなく人目を引いた。
(なにやらガヤガヤとしていますが、珍しいモノでもあるのでしょうか?)
まあ、今のところそれ以上に山の荷車が原因であることは間違いないのだが。
ヴリンダが遠巻きの見物人達を見回すと、その人混みの中から絵本にでも出てきそうな。白布のお化けのようなモノが進み出てきた。
(あっ、倒れました。人……ですね)
身体を覆う白いベールに包まれた小柄な女性がそのベールの裾を踏み倒れた。
アタフタとした後、ゆっくり立ち上がり今度は足下に注意してヴリンダの前に来る。
「あっ、あの、――ご無礼を承知でうかがいたいのですが、もしや尊き地より参られたお方でしょうか?」
あたりを囲む見物人に聞こえないように抑え気味の声だが、小柄な体格に似合う可愛い声だ。
「おい、今度は白布のお化けが出てきたぞ」
「おお、あれはたまに見るぜ、どこかの神殿の巫女だって話だ」
「ああっ、聞いたことある、中は絶世の美女だとか」
「俺は、二目と見れない武女だって聞いたぞ」
「えっ、妖精さんじゃないの」
見物人達は口々に勝手なことを言っている。
「あなた、識神どのの巫女ですね」
「はっ、はい! では、やはり、あっ、あの、私はリルと申します。あっ、貴女さまのことは我が主よりうけたまわっております。くっ、詳しい話はこの場では難しいですので、ご一緒いただけますでしょうか?」
人の視線に慣れていないのか、ベールで全身を包んでいるのにリルは集中する視線にビクビクと反応し、いまにも卒倒しそうだ。だがそれは、巨大な荷車を片手で引き歩くヴリンダだけでなく彼女自身にも原因はあったのだが。
(何でしょう、この可愛い生き物は。私の周りにいるのは皆、鋼鉄の意志を持つ眷属達や癖のある神々ですし。まあ、シュアルのような癒やしもありますが、この子は臆病な小動物の可愛さがありますね)
「分かりましたリル。私はこちらではヴリンダと名乗っています、案内お願いしますね」
「はッ、はひ! ヴリンダさま」
「………………!」
(力ある何者かに見られていますね。少々目立ってしまったでしょうか? この気配、魔の者というわけではなさそうですが気になりますね。男と……女)
ヴリンダは人の輪に潜む視線の主に気付いたが、視線を向けることはしなかった。
「ヴリンダさま?」
歩き出さないヴリンダにリルが声をかける。
「何でもありませんよリル。行きましょう」
(さすがに私が神と気付く訳は無いでしょうし暫く泳がせておきますか)
天界では戦女神の筆頭として眷属を纏める彼女は、大物だった。
ヴリンダたちが立ち去ったあと、通常通りのまばらな人通りに戻った広場、その広場から死角になる位置に二人の人影があった。
「あの女戦士、一体何者かしら? このエルトーラに強力な結界に張られたから、いつかは来ると思っていたのだけれど、もう天界から手が廻ったのかしら。だとしたらのんきで傲慢な天界の神々が思いのほか手の早いこと。ねえデビッド、あなたはどう思いますぅ」
蠱惑な雰囲気を纏った肉感的な女性が、背の高い体格の良い男の腕に絡みつくように寄り添う。
「それはお前が考えることだろ、俺が求めるのは力だけだ」
男は顔を軽く女に向けたがそこに表情は無かった。
「少しは考えてくださいな。今は私の力で邪気を封じていますが、おかげで私は大した力を使えないのですから」
女は言葉と共にデビッドの前に回り込むと、彼の首に手を回し背伸びをして赤く滑るような舌で彼の唇を舐め回すようなキスをした。
「ならばしばらくは今のままの生活を続けるしか無いだろう。俺は、まだこの力を上手く使えていない。この国の奴らでは少々物足りないが、闘技場に出ていれば少しは力を試すにいい相手が出てくるだろう」
デビッドは、女の行為に興味を示す様子を見せない。
「まったく、魔墜ちする前はもう少し可愛げがありましたのに。それよりも奥様には気取られたのではありませんか?」
女の言葉に、デビッドの表情に初めて怒りの感情が乗った。
「云うな! アイツは筆頭巫女になってから神、神、神だ! 俺のことなど見ていない。現にここ数ヶ月、闘神の神殿に詰めて顔すら見せないでは無いか!」
「そうですわ、神は我々地上の者から奪うばかりです。そのような存在を崇めるなんて奥様は神に誑かされているのですわ」
デビッドを焚き付けるように女は言った。
「そうだ、アイツはバルトスに昔から傾倒していた。敬虔な闘神の信者である奴に近づくために闘神の巫女になったような女だ」
「教練士バルトスですね。神には神使と呼ばれる存在が居ると聞いたことがあります、きっとあの男は闘神の神使ですわ。彼がアナタから奥様を奪ったのですわ」
「バルトス! 奴がアンジェラを……」
デビッドの瞳に狂的な光が瞬く。
端から聞いていれば破綻した物言いだが、邪気に心を食い荒らされ、魔に堕ちた男には充分な焚き付けだった。
「奴を滅ぼさねば、アンジェラは俺の手に戻らぬ……」
◇
(ふう、力、力と良いながらこの男、結局は奥方を失うことを恐れて居るだけですよね。
……つまらない男だよな。
でもでも、今のこの世界では有数の戦士であることは間違いないよ。
それなりの量の邪気も回収できましたものね。完全に魔に墜ちたときにどのような使徒になるか少しは楽しみにしておきましょう。
しかし厄介だなこの結界、お前の力でもここから抜け出せそうに無いのか?
うん、ボクだって色々試したんだよ。たぶん結界の鍵になってる条件があると思うんだけど。そればっかりは、結界を発動させた相手が分からないと想像も出来ないもん。
そちらは、引き続きお願いしますね。私は邪気を誤魔化すのに手一杯ですから。
まあ、コイツが使徒化すれば強引に抜け出すくらいの穴は開けられそうなんだろ?
まあね、普通の魔族だったらムリムリだけど、ボクたちだったら何とかなりそうだよ。
他に手がなければ、それまでいかに神族をやり過ごすかですね。
あの女戦士が本当に神の使いかどうかが問題だな。チョット試してみるか?
止めてください! これ以上危険度を上げてどうするんですか。向こうから襲ってこられたら――勿体ないですけど彼を見捨ててでも逃げますよ。いま邪気を誤魔化すのに使っている私の力――それを結界を破るのに使えば私達だけでも何とかなりそうですか?
うーん、チョットでも結界が弱まれば大丈夫だと思うんだけど、今のままだと厳しいかなぁ。
ふぅ、やはりとりあえずは様子見ですか)
◇
「……デビッド、そろそろ試合の時間ですわ闘技場に向かいませんと」
女は心の中で不思議な討論を行ったあと、情念に沈んでいるデビッドを促した。
(困ったことになりました。……まさか一方通行だったとは。こんなことならば、もう少し地方を見物してくるのでした)
戦女神は『従属神会議』のあとバルバロイに気取られぬように、エルトーラ近隣の国サーニウムに人化降臨した。そこから旅の戦士ヴリンダと名乗りエルトーラに向かったのだ。
しかし久しぶりの地上、それも戦うためでもなく、ある意味物見遊山だ。バルバロイが何をしているのかは気になるが火急というわけでもない。
一年を通じて過ごしやすい気候が続くこの地方を、好奇心を満たしながら旅した彼女が、最終的にエルトーラにたどり着いたのは、地上に降臨してから数ヶ月ほど後のことだった。
エルトーラに踏み込んだ瞬間、彼女は結界の力をはっきりと知覚した。
さらにこの結界の厄介さもその瞬間に理解できたのだ。
(この封印に直に触れて分かりましたが、この力の感じは主神のものですね。バルバロイに主神の宝物庫を解錠する術は……愚問ですね。結界の力が、特に内に向けて強力に掛けられているということは、この都市から外に出したくないモノがこの都市の中にいるということでしょうか?)
「それよりも、この荷物をどうしたら……」
ヴリンダは後ろに引いた鉄製の荷車に振り返る。
それは……、山と呼ぶべきモノだった。
鉄製の荷車は通常ならば馬を数頭繋ぎ引き歩くような大きなもので、その上にはエルトーラに向かう途中に買い求めた品物や、女の一人旅と侮り、襲ってきた野盗を返り討ちにして、彼らが溜め込んだ盗品を近隣の街に届け出た際の礼品、さらに引き取り手の無い品が積み込まれていた。
鉄製の荷車に至っては、やはりお襲われていた商隊を助けた結果、礼品として手に入れた物だった。
余談をいえば、兵士達を纏め上げ、手足のごとく使役する大将軍の気質故か、彼女が成敗した野盗たちの中には、彼女の力に心酔して彼女に仕えることを望んだモノ達が多くいたのだ。
そんなモノ達を彼女はこの道中で鍛え上げ一大軍団を作り上げてしまったりもしていた。
しかし、エルトーラに連れて入るわけにも行かず、現在の彼女の筆頭巫女が居住する北方の辺境へ送り出したのだった。
彼らの子孫が後に、ヴロンク王国と呼ばれる大国を作り出す中枢の軍隊になるのだが、それはまた別の話である。
(識神どのの忠告に従って最低限の力で人化降臨しましたが、倉界が使えないのがこれほど不便だとは思いませんでした)
「しかし先ほどの門番達、固まっていましたがあれで仕事になるのか、この国の治安には不安がありますね」
ヴリンダは左手で荷車に繋がる鎖を胸元でグッと握った。
(我が神殿のもの達はどのような指導をしているのか……)
彼女が司るのは、軍事全般でありその中には衛兵などの規律なども含まれる。
彼女の神殿に仕えるもの達は戦女神の神官や巫女に相応しくそれらの知識に造形が広い、神殿のある国々の軍にその知識を伝えるのも仕事の一つであるからだ。
(本来ならば指導に出向きたいところですがそこへ向かうのは得策ではないでしょうね。識神どのが己の巫女達に繋ぎを付けると言っていましたが、やはりそちらに向かうべきですか)
「おっ、おい。あの女戦士何者だ!?」
「女剣闘士にあんな奴いたか?」
「まさか新人じゃ……」
「ばか、あんな化け物じみたことができる奴が新人な分けねぇだろ。あんな真似ができるのは筆頭剣闘士のデビッドや怪力自慢のガラハットくらいだろ」
「東門から来たってことはサーニウムの筆頭剣闘士じゃねえのか?」
「まさか、サーニウムの筆頭剣闘士は男のはずだぞ」
エルトーラに入り込んだあと、ヴリンダが考え込んでいたのはエルトーラの東門から続く広場だ。
実は先ほどから多くの住人や旅人が絶句しながら彼女を遠巻きに眺めているのだ。
地上ではさすがに黄金の甲冑姿ではないが、彼女の持つ大将軍の気質は誤魔化しようもなく、否応もなく人目を引いた。
(なにやらガヤガヤとしていますが、珍しいモノでもあるのでしょうか?)
まあ、今のところそれ以上に山の荷車が原因であることは間違いないのだが。
ヴリンダが遠巻きの見物人達を見回すと、その人混みの中から絵本にでも出てきそうな。白布のお化けのようなモノが進み出てきた。
(あっ、倒れました。人……ですね)
身体を覆う白いベールに包まれた小柄な女性がそのベールの裾を踏み倒れた。
アタフタとした後、ゆっくり立ち上がり今度は足下に注意してヴリンダの前に来る。
「あっ、あの、――ご無礼を承知でうかがいたいのですが、もしや尊き地より参られたお方でしょうか?」
あたりを囲む見物人に聞こえないように抑え気味の声だが、小柄な体格に似合う可愛い声だ。
「おい、今度は白布のお化けが出てきたぞ」
「おお、あれはたまに見るぜ、どこかの神殿の巫女だって話だ」
「ああっ、聞いたことある、中は絶世の美女だとか」
「俺は、二目と見れない武女だって聞いたぞ」
「えっ、妖精さんじゃないの」
見物人達は口々に勝手なことを言っている。
「あなた、識神どのの巫女ですね」
「はっ、はい! では、やはり、あっ、あの、私はリルと申します。あっ、貴女さまのことは我が主よりうけたまわっております。くっ、詳しい話はこの場では難しいですので、ご一緒いただけますでしょうか?」
人の視線に慣れていないのか、ベールで全身を包んでいるのにリルは集中する視線にビクビクと反応し、いまにも卒倒しそうだ。だがそれは、巨大な荷車を片手で引き歩くヴリンダだけでなく彼女自身にも原因はあったのだが。
(何でしょう、この可愛い生き物は。私の周りにいるのは皆、鋼鉄の意志を持つ眷属達や癖のある神々ですし。まあ、シュアルのような癒やしもありますが、この子は臆病な小動物の可愛さがありますね)
「分かりましたリル。私はこちらではヴリンダと名乗っています、案内お願いしますね」
「はッ、はひ! ヴリンダさま」
「………………!」
(力ある何者かに見られていますね。少々目立ってしまったでしょうか? この気配、魔の者というわけではなさそうですが気になりますね。男と……女)
ヴリンダは人の輪に潜む視線の主に気付いたが、視線を向けることはしなかった。
「ヴリンダさま?」
歩き出さないヴリンダにリルが声をかける。
「何でもありませんよリル。行きましょう」
(さすがに私が神と気付く訳は無いでしょうし暫く泳がせておきますか)
天界では戦女神の筆頭として眷属を纏める彼女は、大物だった。
ヴリンダたちが立ち去ったあと、通常通りのまばらな人通りに戻った広場、その広場から死角になる位置に二人の人影があった。
「あの女戦士、一体何者かしら? このエルトーラに強力な結界に張られたから、いつかは来ると思っていたのだけれど、もう天界から手が廻ったのかしら。だとしたらのんきで傲慢な天界の神々が思いのほか手の早いこと。ねえデビッド、あなたはどう思いますぅ」
蠱惑な雰囲気を纏った肉感的な女性が、背の高い体格の良い男の腕に絡みつくように寄り添う。
「それはお前が考えることだろ、俺が求めるのは力だけだ」
男は顔を軽く女に向けたがそこに表情は無かった。
「少しは考えてくださいな。今は私の力で邪気を封じていますが、おかげで私は大した力を使えないのですから」
女は言葉と共にデビッドの前に回り込むと、彼の首に手を回し背伸びをして赤く滑るような舌で彼の唇を舐め回すようなキスをした。
「ならばしばらくは今のままの生活を続けるしか無いだろう。俺は、まだこの力を上手く使えていない。この国の奴らでは少々物足りないが、闘技場に出ていれば少しは力を試すにいい相手が出てくるだろう」
デビッドは、女の行為に興味を示す様子を見せない。
「まったく、魔墜ちする前はもう少し可愛げがありましたのに。それよりも奥様には気取られたのではありませんか?」
女の言葉に、デビッドの表情に初めて怒りの感情が乗った。
「云うな! アイツは筆頭巫女になってから神、神、神だ! 俺のことなど見ていない。現にここ数ヶ月、闘神の神殿に詰めて顔すら見せないでは無いか!」
「そうですわ、神は我々地上の者から奪うばかりです。そのような存在を崇めるなんて奥様は神に誑かされているのですわ」
デビッドを焚き付けるように女は言った。
「そうだ、アイツはバルトスに昔から傾倒していた。敬虔な闘神の信者である奴に近づくために闘神の巫女になったような女だ」
「教練士バルトスですね。神には神使と呼ばれる存在が居ると聞いたことがあります、きっとあの男は闘神の神使ですわ。彼がアナタから奥様を奪ったのですわ」
「バルトス! 奴がアンジェラを……」
デビッドの瞳に狂的な光が瞬く。
端から聞いていれば破綻した物言いだが、邪気に心を食い荒らされ、魔に堕ちた男には充分な焚き付けだった。
「奴を滅ぼさねば、アンジェラは俺の手に戻らぬ……」
◇
(ふう、力、力と良いながらこの男、結局は奥方を失うことを恐れて居るだけですよね。
……つまらない男だよな。
でもでも、今のこの世界では有数の戦士であることは間違いないよ。
それなりの量の邪気も回収できましたものね。完全に魔に墜ちたときにどのような使徒になるか少しは楽しみにしておきましょう。
しかし厄介だなこの結界、お前の力でもここから抜け出せそうに無いのか?
うん、ボクだって色々試したんだよ。たぶん結界の鍵になってる条件があると思うんだけど。そればっかりは、結界を発動させた相手が分からないと想像も出来ないもん。
そちらは、引き続きお願いしますね。私は邪気を誤魔化すのに手一杯ですから。
まあ、コイツが使徒化すれば強引に抜け出すくらいの穴は開けられそうなんだろ?
まあね、普通の魔族だったらムリムリだけど、ボクたちだったら何とかなりそうだよ。
他に手がなければ、それまでいかに神族をやり過ごすかですね。
あの女戦士が本当に神の使いかどうかが問題だな。チョット試してみるか?
止めてください! これ以上危険度を上げてどうするんですか。向こうから襲ってこられたら――勿体ないですけど彼を見捨ててでも逃げますよ。いま邪気を誤魔化すのに使っている私の力――それを結界を破るのに使えば私達だけでも何とかなりそうですか?
うーん、チョットでも結界が弱まれば大丈夫だと思うんだけど、今のままだと厳しいかなぁ。
ふぅ、やはりとりあえずは様子見ですか)
◇
「……デビッド、そろそろ試合の時間ですわ闘技場に向かいませんと」
女は心の中で不思議な討論を行ったあと、情念に沈んでいるデビッドを促した。
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