俺は、新(異)世界の神となる! ~そのタイトル、死亡フラグにしか見えないんで止めてくれませんか~

獅東 諒

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神様Help!

識神の神殿域にて

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 広大な地平線まで続くまるで迷路のような書架の連なり、その中を今一人の騎士が獲物を狙う隼のような早さで駆け進んでいた。
 銀光を放つ完全防備の甲冑姿だが、細く絞られた腰と胸の膨らみを懸命に強調する甲のデザインから女性であることは一目瞭然だ。
 無限に広がっているように見える書架、その一架一架は同系統の本が収められている。しかし書架自体は乱雑に並んでいて全く関連性が見えない。その書架が一定の時間が経つと突然動きだし書架の迷路が組み変る。
 彼女が目指すのは、この書架の迷路の中心に鎮座する神殿だ。
 そこは、この世界で知らぬ知識は無しとも言われる識神の神殿である。
 識神の神殿域は飛行を赦さない制約が掛けられているので、このように自分の足で進んでいくしかないのだ。ただし自動的に組み変る書架の迷路を抜け、神殿までたどり着くのは並大抵の労力ではない。

『サテラ、何の用じゃ、先触れもなく儂の神殿域に踏み込むなど無礼ではないか』

 書架の迷路を迷い無く進むサテラの頭の中に、識神のしわがれた声が響いた。

「バルバロイさまにはかられました!」

 それは、識神に対する釈明ではなく、彼女の状況の報告だった。
 普段は冷静なサテラから焦燥がにじみ出している。

『ふむふむ……』
「何を、ニヤけた雰囲気をかもしているのですか!」

 いまこの空間に居るのが自分だけであることが分かっているからなのか、上位神である識神に対してサテラの言動はキツい。

『おお、済まぬ済まぬ。しかし、おぬしも感情豊かになったものだと思ってのぅ。主神付きになったときにはどうなるやと思ったが、あの代理どのをだいぶ気に入ったようだのぅ』
「なッ、何を仰います! 私は、そのような……、それよりもバルバロイどののことです! 私が戦女神の神殿域に報告に出向いている間にヤマトを連れて地上に降りたのです! しかも、どのような手を使ったのか、彼の気配を感じることができません!!」
『ふむふむ……』
「だからそれは止めてください!!」

 サテラはよほど焦っているのか、先程から大和のことを”彼”と呼んでいることに自身でも気付いていないようだった。
 以前、大和がこの世界へ降臨して間もない頃とはいえ、識神との会話の折には”あの者”と呼んでいたのだから、よほど心を許したようだ。

『いやいや、おぬしが生まれた時から知っておる儂としては、何というべきか感慨深いものがあるのじゃ赦せ。年老いた地上の者たちが孫の成長を見て思う感慨とはこのようなものなのかのぅ』
「感慨も何も、識神さまは好んで老人の姿を保っているだけではないですか。私は真の姿を知っているのですからね。識神さまのその言葉には重みを感じません! ……しかし、その、私を長くはぐくんでくださったことにはいまでも感謝してはおりますが……」
「……どうじゃ、少しは落ち着いたかのぅ」

 識神の声が直接サテラに掛かった。
 サテラが識神の神殿の広場にたどり着いたのだ。
 識神の神殿は、ヤマトの世界の飾り気の少ないギリシャ式の神殿に似ている。その神殿へと続く階段の上、開かれた扉の前に愛用の杖を片手に識神が立っていた。
 サテラは神殿の階段下の広場で立ち止まると、冑を脱いで左脇に抱え右手を剣の柄頭に添え軽く一礼した。

「識神さま、私の用件はもう分かってらっしゃるのですよね?」
「主神代理どのとバルバロイの居場所であろう。おぬしとておおかた分かっておるのだろぅ?」
「ではやはり」
「そうじゃ、彼奴きゃつの地上での居都きょとでもあるエルトーラじゃ」
「しかし、二人の気配を全く感じませんが」
「特別な結界が張られてあってのぅ、儂でも直接覗くことができぬ状態じゃわい。じゃが間違いなく彼らはそこにおる」

 サテラの顔に驚きが広がった。

「識神さまでも覗けぬ結界なぞ、主神さまの力でも無い限り有り得ないのではないですか?」
「おぬし、前回おぬしが参加した『従属神会議』の折りのことを覚えておるか?」
「ええ、確か私達がヤマトについて話していたときでしたか」
「あの折り、バルバロイの奴が先に主神の神殿域に向かったであろう」
「しかし、バルバロイどのが主神さまの神殿の宝物庫を開くことはできないと思いますが?」
「いま一柱おろう、その手のことが得意なものが」
「………………まさか、築神どのですか? そういえば築神どのも先に出て行かれましたね」
「彼奴ら、口を開けば互いをけなすような態度をとるが、アレは気の合うもの同士のじゃれ合いのようなものじゃからのう。しかし彼奴らも主神が居ないのをいい事にやりおるわい。じゃが、主神がおったらこのような事も起こらなんだのだろうがな」

 識神が、細めた目に何やらはかるようなような色合いを浮かべてサテラを見た。

「……それでは、私は今回の件を甘んじて受け容れなければならないではありませんか」
「なるほど、お主はそう考える訳か、ほんに主神代理あの者のことを気に入ったのだのぅ」

 識神は興味深そうに破顔した。
 識神の言葉を受け、サテラの雪のように白い肌が桜色に色付く。
 主神がこの場に居るということは、ヤマトがこの世界に存在しなかったということだからだ。

「ではお主、本当にあの者にこの世界の命運を託す気になったということか?」
「そっ、それは、……しかし彼は見守り育てるに値すると判断します」

 サテラは意識して、冷静な自分を保とうとしているように見える。しかし識神から見れば、瞬きの間にも満たないこの短い時の交わりのなか、彼女の大和に対する入れ込みようは微笑ましく感じるほどのものだ。

「それにしても――まさか”輝ける少年神“とはな。魂が純真だといえば聞こえは良いが、無垢なる者はまた容易に反転しかねぬ。主神代理あの者はかの世界ではそれなりの年齢であろう?」
「そうですね。それなりの年齢を重ねながら未だ何モノでもない……。であるからこそあの方主神は彼を選んだのかもしれません」

 サテラは逸る心を落ち着けるように一息つくと、僅かにいたずらめいた光を瞳に宿して言葉を続ける。

「ところで、知っておりますか識神さま。かの世界では男が三十歳まで操を守り通すと魔法使いになれるそうですよ」
「なんとそのようなことで? まさか主神代理あの者は魔法使いを目指しておったのか!?」

 識神が珍しく、垂れた眉毛の奥に目を見開いた。

「冗談です識神さま。先ほどから揶揄われておりましたのでお返しです。識神さまもあの方主神の動向を気にしておられたのに、そこまではあちらの世界を調べておられなかったのですね」
「確かに気になっておったのであの世界のことは少しは覗き見たが、主神彼奴に気付かれるわけにはいかなんだから深くはな……。やはりお主、神柄が悪くなっておるぞ」
あの方主神や識神さまには到底及びません」

 呆れた様子の識神に対して、サテラは一矢報いて少し平静になった様子だ。

「識神さま、話を戻しましょう。先程からの識神さまのご様子から結界に覆われたエルトーラを見通す術を既に講じられているとお見受けしましたが」
「ほほぅ、分かったか」
「識神さまとは長らく時を過ごしましたので」
「ふむ、実はおぬしの主の力を借りておる」
「戦女神さまの……?」
「そうじゃ、先ほど話した『従属神会議』の次……、ああ、あの時おぬしは参加しておらなんだのぅ。そのとき、エルトーラが強力な結界に閉ざされておるという話が出てのう、珍しく戦女神が興味を示しおってな、直接見に行くと言い出したのじゃ。儂もバルバロイの奴が何をやっておるのか気になったのでのう、戦女神にパスを繋がせてもらってな、あの者の目で見たものを儂も見ることができるのじゃ。じゃから総てを見通すというわけにも行かぬのだがのぅ」
「戦女神さまが地上に降臨なされたとは聞いておりましたが、そのような事情でしたか」

 本質が大和を巡る事情であったために、戦女神の陣営ではサテラに対して子細をぼかして伝えたのだろう。いまはそのことが裏目に出ている現状だと識神は理解した。

「それで識神さま。彼はいまどうしているのでしょうか?」
「落ち着かぬかサテラ。先ほど戦女神の目で見たものしか見れぬと申したであろう。じゃが儂の神殿経由で神官や巫女達が、バルバロイと主神代理どのらしき者がエルトーラに現われたことは確認しておる」
「戦女神さまはどうしていらっしゃるのですか?」
「ふむ、あやつは何を思ったのかおかしな行動に出ておるようでな。まだ、二人を認識しておらぬ。儂の神殿におれば直接話せるのじゃが、外におっては結界の影響で彼奴の視覚を追うのが精一杯なのじゃ。じゃから巫女に繋ぎをつけさせたのだがのう」

 サテラは一度は平静になりつつあったものの、識神の言葉が終わるのももどかしそうな様子で、剣の柄頭を無意識に何度も握り直す。

「……私、地上に向かい降臨します!」

 言葉と共に、彼女は銀光に包まれる。

「こら、まてサテラ! このようなときに下手に動くと裏目に出るぞ! バルバロイの奴が地上に降臨してから……」

 識神の言葉が終わらぬうちに、サテラは神殿域から転移してしまった。
 神々の神殿域はその侵入に対して、敵意あるものからの侵入を防ぐ手立ての一つとして主の許可が無い者は神殿域の辺境に飛ばされるようになっている。しかし神殿域からの転移については神殿域としての縛りは無かった。

「まったく……、結界がさらに強化されたようじゃから、人化降臨したとしても我ら神族はいまのエルトーラに入ることは叶うまいに」

 識神は、サテラが去った場所に向けて呆れ顔を浮かべ、途切れた言葉を吐いた。

「やれやれ、あの娘にも困ったものじゃ。あのような軽挙に走る娘では無かったのだがのう。やはり地母神の本質には逆らいがたいものがあるのかのぅ。じゃが、感情の無い人形のようであった昔から比べればまだマシであるか、主神の所に行って変に歪んでしまった所も大分矯正されてきておるようじゃしのぅ」

 サテラには否定されていたが、その言動はやはり孫を案じる老人のものにしか見えなかった。
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