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神様Help!
我が家は筋肉パラダイス!?
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えーっ――只今、私の前では巨大な筋肉の塊が軽くステップを踏みながら立っております。
筋肉自慢のプロレスラー、体重自慢のお相撲さんも裸足で逃げ出す重圧感です。まあ、お相撲さんは元々裸足ですが。
そのくせ、顔が結構カッコイイのが癇に障ります。
その大男が……差し出された右手の平を上にして、クイクイと揃えた指で私を招いています。
「おら来い、お前の力を見せてみろ!」
えーっと――如何してこうなった!!
そう、先ほど我が家の……いや部屋なんだけどね。……少しくらいは見栄を張っても良いよね。ね。
俺が主神の神殿から出て、喩えようのない敗北感に打ちのめされながら部屋のドアを開けると、そこは筋肉パラダイスだった。
部屋の壁がない方向は絨毯のような雲海だとはいえ、どう見てもコントの舞台と化した俺の部屋。俺の大事なテレビの前でコタツに入り込み。いや、コタツの足は胡座をかいた男の足の上に乗っていて、コタツ布団も完全には掛かっていない。
男は、そんな状態になっているコタツに入って、マンガ本を一心不乱に読みふけっていた。
またか!? またなのか!! 男が読んでいるマンガはやはりアレだった。そんなに好きか!! 確かに、神が関係した話だけどさ。
ローマ時代の剣闘士のような装いをした大柄の男が身体を丸めてマンガ本を読んでいる。その姿が俺には、熊が蜂蜜の壺を漁っている姿にダブって見えた。
「えーっと、どちらさま?」
俺は、部屋に入り込みコタツの対面で男に声をかけた。
いや、神だということは分かっているんだけどね。
男はマンガを読む体勢はそのままに、俺の問いに一拍の間を開けると、視線だけ俺に向けた。
「あぁっ? 俺ぁ、バルバロイ。まあ、神々の間じゃ闘神で通ってる……オメエ主神代理だろ?」
「まあ……そういうことになるのかな? えーっとバルバロイ」
「阿ぁッ!!」
「ひぃッ! バッ、バルバロイ……さま?」
物凄い眼光で睨みつけられたよ。言葉が切れた瞬間に威圧されたけど何故呼び捨てだと判った!?
俺は、ビビりつつ驚愕した。この神には俺の心が読めるのか? ――いや、きっと野生の勘だろう、俺のマンガ知識がそういうタイプだと告げている。野生っぽいしな。ついでに言うなら、サテラもそうだったし。
「ああっ!? おいおい。俺ぁ、従属神だぞ。様付けはやめな」
言葉のとは裏腹にまんざらでもなさそうな笑顔になってますが。うわっ、なにコイツ、面倒くさいかも。……直接は言えないよ――怖くて。表情の筋肉も動かさないように細心の注意を払ってますとも。
ああっ、神様になってて良かった。この思考が読まれたら『死』しか待っていない気がする。
でも、彼も従属神なんだ。サテラもそうだし、従属神てことはたぶん主神に対してってことなんだろうな。
「えーっ、バルバロイ……さん?」
「おおっ、何だ?」
バルバロイは、今度は普通に返事をしてくれた。うーん、主神もサテラもそうだったが、なにやら色々と自分ルールがあるらしい。
「どういった用件で来たのかな~、なんて聞いてみたいかな~」
バルバロイはコタツの縁、やぐらと天板の中心部分を片手で掴むと足の上から持ち上げた。そして、ヒョイと立ち上がるとコタツを元々置いてあった場所に戻す。
デッ、……デカイ!!
座ってるときから目線がほとんど変らなかったし、横幅もあったからデカイだろうとは思っていたさ……。でも、これは完全に3メートル超えてるよ。ああっ……天井がなくて良かった。……でも、天界って、雨降らないよね? ……そう思いたい。
「チョッと表へ出な。俺様がオメエを鍛えてやることにしたからよ、先ずは力をみせてみな」
「ハァッ!?」
えっ、この神、闘神だって言ったよね。マジで!? 神の中でも戦闘のプロなんじゃないの? ああ、今日が命日なんだろうか? 一時間ほど前に甦ったばかりなのに。
彼は、俺の返事を待つでもなく部屋を出て行く。やはり律儀に身体を横にして、屈んでドアから出て行った。
いやっ、こっちこれだけ開いてるんですが……。俺はドアの直ぐ脇、壁の無くなった空間を見て思った。
バルバロイに続いて外に出ると、彼は俺の部屋の内部がまるまるとみえる場所に回り込み俺に向き直った。
おいっ! 部屋からそのまま壁の開いてる方へ出れば良かったんじゃないか!
彼は、コキコキと首をほぐすようにゆっくりと回すとマジマジと俺を見つめる。
口を開きかけたバルバロイの機先を制して、俺は言葉を放った。
「俺も身体を鍛えないといけないな――とは思っています。しかし! バルバロイさんとは力の差がありすぎてムリがあると思います。絶対に死にます!」
彼の力は判らないが闘神だよ。どう考えてもムリだろ!
俺は、これは引けませんよという気持ちを込めてバルバロイと視線を合わせた。
「……オメエの気持ちは分った。ヨシッ、良いモノを見せてやろう」
俺の意思が通じたのか、彼はそう言うと大きな手の太い指を器用にパチンと弾いた。
ブゥン、という音とともに、俺の目の前に半透明の画面が現われた。
『はーいっ、剣闘士のみんな! 今日はとっても素晴らしい訓練を紹介するわよ。それは「教練士バルトスの促成戦闘訓練!」、これで、キミも今日から筆頭剣闘士よ!!』
「………………」
空中に現われた画面の中から、とてもハイテンションな笑みを顔に貼り付けた彫りの深い、濃い雰囲気の女性がこちらに向けて訴えかけてきた。
彼女は羊皮紙を画面いっぱいに広げ戦闘訓練とやらの宣伝をしている。その羊皮紙には筋骨隆々とした男が腰に両手を当て胸を張っている絵が描かれていた。……どことなく目の前にいるバルバロイに似ている。
『はーいデビッド。あなた凄い筋肉ね、三ヶ月前までは軟弱な骸骨君って呼ばれてたのに凄いわ!! いったいどうしちゃったのあなた?』
『ああ久しぶりアンジェラ! フフッ、凄いだろこの身体。剣闘士仲間から貧弱、最弱、骨皮筋右衛門と呼ばれた俺は生まれ変わったのさ!! 彼、教練士バルトスに出会って「教練士バルトスの促成戦闘訓練」を受けてね!!』
「………………」
画面の中では、場面が切り替わり異常なハイテンションのままの女(アンジェラというらしい)が、筋肉隆々のデビッドという男に声を掛けた。彼も女と同じようにハイテンションだが話す度にボディービルダーのようなポーズを取る分さらに暑苦しい。
それに骨皮筋右衛門って……アンタ何人だ!!
さらにデビッドが紹介した教練士バルトスはどう見てもバルバロイだ。
『見てみんな、これが三ヶ月前のデビッドよ! この骨と皮だけの彼が「教練士バルトスの促成戦闘訓練」をたった、三ヶ月受けただけでこの身体。ほら、ムッキムキ!』
進行をしているアンジェラはハイテンションをまったく崩さず、三ヶ月前のデビッドと思われるヒョロリとしたリアルな人物の肖像画を画面一杯に広げた。その後また、現在のデビッドの横に行きその身体に凭れかかると、発達した胸板の大胸筋をサワサワと撫で回していた。
「………………」
『あなたも今日から「教練士バルトスの促成戦闘訓練」で筆頭剣闘士よ!!』
『おまえも今日から「教練士バルトスの促成戦闘訓練」で筆頭剣闘士だ!!』
「……どこのテレビショッピングだ!!」
俺は、最後に二人で揃って商品名の宣伝をした画面に向かってツッコんだ。
思わず、切りの良いところまで見てしまったが、これは口に出してツッコんでも良いよね! ねッ!!
「どうだ? 少しはやる気になったか?」
「いや、どうしてこれでやる気になると思うんだ!」
アンジェラとデビッドが本題のトレーニングの内容の説明を続る画面を指さして、俺はバルバロイに訴えかける。
「おっ、そうなのか? 地上じゃこれで、俺の訓練を受けるヤツが倍増したんだがな。まあ、良いじゃねぇか。軽くお前の力を見たいだけだからよ、死にゃあしねぇよ」
バルバロイは、これまでの強面の表情を崩して破顔した。
うっわー。このテレビショッピングもどきは何だったんだ? 結局聞く耳持たずじゃないか。
「よっし、素手じゃぁ、遣りづらいか。ほれ、これを貸してやるよ」
そう言うと彼は、無造作に自分の斜め前の空間に手を突っ込んで、その空間から一振りの剣を取り出した。
えっ? 何あれ!?
「ほらよ!」
「どわッ!」
俺が、バルバロイが何も無い空間から剣を取り出したことに驚くまもなく、こちらに向かって剣が放られた。
トス! という音を立てて俺が飛び退いたその場所に剣が突き刺ささる。ナニ? この剣、物凄く切れ味が良さそうなんだけど……まさか神器じゃないよね。いいのか、そんなモン簡単に人に貸して。あっ、俺いま神だっけ。――いや、そういう問題じゃないだろ!!
「よし、じゃあ始めるか!」
とっ、そんな訳でこの状態なんだが。
完全にうやむやのうちにバルバロイと戦闘する流れになっております。
彼が、俺に渡した剣、【サーチ】して見たら〔マルミアドワーズ〕というらしい。……どこかで聞いたことがあるんだが。やっぱりそうなんだろうか? 深く考えると眠れなくなりそうなんで止めておこう。
「おらおら、そっちから来ねぇと、こっから行くぞ!」
ああっ、もう完全にエンジン掛かっちゃってるよ。
「わかりました。行きます!!」
あのモグラと戦った時には相手が小さすぎて使う機会もなかったが、学生時代の剣道の授業を思い出し剣を構えた。
両足の母子球付近に重心を乗せ、体重をスムーズに動かせるように意識して、すり足でバルバロイに近づいていく。しかし、30センチのモグラの次が3メートル超えの闘神って、俺の相手は極端な奴しかいないんかい!!
剣先をセキレイの尻尾のように細かく揺らしながら、バルバロイに攻め込むタイミングをはかる。
バルバロイは素手で相手をしてくれるようだが、あの体格がすでに凶器だよね。
彼の隙なんか俺にわかるわけないんで、素直に避けづらい身体の中心に突きを放った。
その瞬間、バゴンというイヤな音が俺の額から響き、身体が跳ね飛んだ。
額に衝撃を受けた直ぐ後に俺の目の前に雲の絨毯が……、だが、この雲の絨毯、俺達が歩き回れると言うことでも分るように堅さがあるのだ。
俺の身体が、頭、足、頭、足、頭、足と縦回転しながら雲の絨毯に接触する。
バルバロイは、俺の突きを避けることなく左手の指先で摘まむように剣を受け止めると、軽く握りこんだ右手を俺の目の前に突き出して、中指でデコピンをしたのだ。
スッゲー痛ェー、死ぬっ、死んでしまう……。
縦回転の勢いが弱まると回転軸が崩れて今度は横に倒れた。ゴロゴロゴロゴロとそのまま数十メートル転がりやっと勢いが止まった。
「………………」
「…………」
「……」
「おお、わりぃわりぃ。あまりにも隙だらけだったからよぅ。オメエ、本当に素人なんだな」
俺は、額と頭のあまりの痛みに、言葉を発することも出来ずに悶え苦しんでいた。
「何をなさってるんですか! バルバロイさま!!」
声とともに誰かが走り寄ってくる。そして誰かが俺の身体をグイっと抱き寄せた。
「無茶なことをなさらないでください!! やっと目を覚ましたばかりなのですよ!」
「バルバロイ殿、流石にこれはやり過ぎでは?」
ああっ、俺を抱き寄せているのはどうやらサテラさんらしい。それにしても、もう一人女性の声が聞こえたが?
俺は、痛みで閉じられていた目を、ゆっくりと開いた。
「いやぁ、コイツがどのくらい動けるのか見てみたかったんだがな……」
「まったく、バルバロイ殿ならば見ただけでもその者の力は判りそうなものでしょうに、悪戯にもほどがありますよ。ああっサテラ、そのままにしておきなさい。私が癒やして差し上げましょう」
バルバロイに諭すように言った女性……というより、美少女だなこの方。もちろん神なんだろうが、人間年齢で14、5歳くらいに見える。
彼女はこちらに向き直ると、膝枕状態――つまりサテラの腿の上に頭を乗せている俺に近づいてきた。
そしてその細い手を静かに俺の額に触れた。
「初めまして、主神代理殿。私はシュアルと申します。この度は我が子供達を助けて頂いて有難うございました。今日はそのお礼もかねて参りました」
彼女は俺と視線を合わせると、常に穏やかに笑っているように見える細い目に、外見年齢に見合わない慈愛の色を浮かべる。その手から、俺の頭に暖かい力が流れ込んでくるのが分る。その力が俺の頭に浸透するとともに痛みがスーッと引いていった。
「バルバロイさま、ヤマトを鍛えようというそのお気持ちは嬉しいですが、性急すぎます!」
「わりぃ! どのレベルから始めたらいいか見たかったんだが、コイツは完全に初めからだな」
サテラはまるで、母親が身体の弱い子供を護るような感じでバルバロイに噛み付いている。なんだろう、天界に戻ってからサテラの俺への当たりが柔らかくなった感じがするんだが。
「サテラもバルバロイ殿も、一度落ち着きませんか? 私も、彼に話がありますし、彼がこの状態では次に何をするにしても問題がありましょう」
シュアルさんが、ナイスな提案をしてくれた。個人的には『ちゃん』と呼びたい。
彼女の提案のおかげで、この世界へ来てからの怒濤の展開から、やっと解放されそうだ。
筋肉自慢のプロレスラー、体重自慢のお相撲さんも裸足で逃げ出す重圧感です。まあ、お相撲さんは元々裸足ですが。
そのくせ、顔が結構カッコイイのが癇に障ります。
その大男が……差し出された右手の平を上にして、クイクイと揃えた指で私を招いています。
「おら来い、お前の力を見せてみろ!」
えーっと――如何してこうなった!!
そう、先ほど我が家の……いや部屋なんだけどね。……少しくらいは見栄を張っても良いよね。ね。
俺が主神の神殿から出て、喩えようのない敗北感に打ちのめされながら部屋のドアを開けると、そこは筋肉パラダイスだった。
部屋の壁がない方向は絨毯のような雲海だとはいえ、どう見てもコントの舞台と化した俺の部屋。俺の大事なテレビの前でコタツに入り込み。いや、コタツの足は胡座をかいた男の足の上に乗っていて、コタツ布団も完全には掛かっていない。
男は、そんな状態になっているコタツに入って、マンガ本を一心不乱に読みふけっていた。
またか!? またなのか!! 男が読んでいるマンガはやはりアレだった。そんなに好きか!! 確かに、神が関係した話だけどさ。
ローマ時代の剣闘士のような装いをした大柄の男が身体を丸めてマンガ本を読んでいる。その姿が俺には、熊が蜂蜜の壺を漁っている姿にダブって見えた。
「えーっと、どちらさま?」
俺は、部屋に入り込みコタツの対面で男に声をかけた。
いや、神だということは分かっているんだけどね。
男はマンガを読む体勢はそのままに、俺の問いに一拍の間を開けると、視線だけ俺に向けた。
「あぁっ? 俺ぁ、バルバロイ。まあ、神々の間じゃ闘神で通ってる……オメエ主神代理だろ?」
「まあ……そういうことになるのかな? えーっとバルバロイ」
「阿ぁッ!!」
「ひぃッ! バッ、バルバロイ……さま?」
物凄い眼光で睨みつけられたよ。言葉が切れた瞬間に威圧されたけど何故呼び捨てだと判った!?
俺は、ビビりつつ驚愕した。この神には俺の心が読めるのか? ――いや、きっと野生の勘だろう、俺のマンガ知識がそういうタイプだと告げている。野生っぽいしな。ついでに言うなら、サテラもそうだったし。
「ああっ!? おいおい。俺ぁ、従属神だぞ。様付けはやめな」
言葉のとは裏腹にまんざらでもなさそうな笑顔になってますが。うわっ、なにコイツ、面倒くさいかも。……直接は言えないよ――怖くて。表情の筋肉も動かさないように細心の注意を払ってますとも。
ああっ、神様になってて良かった。この思考が読まれたら『死』しか待っていない気がする。
でも、彼も従属神なんだ。サテラもそうだし、従属神てことはたぶん主神に対してってことなんだろうな。
「えーっ、バルバロイ……さん?」
「おおっ、何だ?」
バルバロイは、今度は普通に返事をしてくれた。うーん、主神もサテラもそうだったが、なにやら色々と自分ルールがあるらしい。
「どういった用件で来たのかな~、なんて聞いてみたいかな~」
バルバロイはコタツの縁、やぐらと天板の中心部分を片手で掴むと足の上から持ち上げた。そして、ヒョイと立ち上がるとコタツを元々置いてあった場所に戻す。
デッ、……デカイ!!
座ってるときから目線がほとんど変らなかったし、横幅もあったからデカイだろうとは思っていたさ……。でも、これは完全に3メートル超えてるよ。ああっ……天井がなくて良かった。……でも、天界って、雨降らないよね? ……そう思いたい。
「チョッと表へ出な。俺様がオメエを鍛えてやることにしたからよ、先ずは力をみせてみな」
「ハァッ!?」
えっ、この神、闘神だって言ったよね。マジで!? 神の中でも戦闘のプロなんじゃないの? ああ、今日が命日なんだろうか? 一時間ほど前に甦ったばかりなのに。
彼は、俺の返事を待つでもなく部屋を出て行く。やはり律儀に身体を横にして、屈んでドアから出て行った。
いやっ、こっちこれだけ開いてるんですが……。俺はドアの直ぐ脇、壁の無くなった空間を見て思った。
バルバロイに続いて外に出ると、彼は俺の部屋の内部がまるまるとみえる場所に回り込み俺に向き直った。
おいっ! 部屋からそのまま壁の開いてる方へ出れば良かったんじゃないか!
彼は、コキコキと首をほぐすようにゆっくりと回すとマジマジと俺を見つめる。
口を開きかけたバルバロイの機先を制して、俺は言葉を放った。
「俺も身体を鍛えないといけないな――とは思っています。しかし! バルバロイさんとは力の差がありすぎてムリがあると思います。絶対に死にます!」
彼の力は判らないが闘神だよ。どう考えてもムリだろ!
俺は、これは引けませんよという気持ちを込めてバルバロイと視線を合わせた。
「……オメエの気持ちは分った。ヨシッ、良いモノを見せてやろう」
俺の意思が通じたのか、彼はそう言うと大きな手の太い指を器用にパチンと弾いた。
ブゥン、という音とともに、俺の目の前に半透明の画面が現われた。
『はーいっ、剣闘士のみんな! 今日はとっても素晴らしい訓練を紹介するわよ。それは「教練士バルトスの促成戦闘訓練!」、これで、キミも今日から筆頭剣闘士よ!!』
「………………」
空中に現われた画面の中から、とてもハイテンションな笑みを顔に貼り付けた彫りの深い、濃い雰囲気の女性がこちらに向けて訴えかけてきた。
彼女は羊皮紙を画面いっぱいに広げ戦闘訓練とやらの宣伝をしている。その羊皮紙には筋骨隆々とした男が腰に両手を当て胸を張っている絵が描かれていた。……どことなく目の前にいるバルバロイに似ている。
『はーいデビッド。あなた凄い筋肉ね、三ヶ月前までは軟弱な骸骨君って呼ばれてたのに凄いわ!! いったいどうしちゃったのあなた?』
『ああ久しぶりアンジェラ! フフッ、凄いだろこの身体。剣闘士仲間から貧弱、最弱、骨皮筋右衛門と呼ばれた俺は生まれ変わったのさ!! 彼、教練士バルトスに出会って「教練士バルトスの促成戦闘訓練」を受けてね!!』
「………………」
画面の中では、場面が切り替わり異常なハイテンションのままの女(アンジェラというらしい)が、筋肉隆々のデビッドという男に声を掛けた。彼も女と同じようにハイテンションだが話す度にボディービルダーのようなポーズを取る分さらに暑苦しい。
それに骨皮筋右衛門って……アンタ何人だ!!
さらにデビッドが紹介した教練士バルトスはどう見てもバルバロイだ。
『見てみんな、これが三ヶ月前のデビッドよ! この骨と皮だけの彼が「教練士バルトスの促成戦闘訓練」をたった、三ヶ月受けただけでこの身体。ほら、ムッキムキ!』
進行をしているアンジェラはハイテンションをまったく崩さず、三ヶ月前のデビッドと思われるヒョロリとしたリアルな人物の肖像画を画面一杯に広げた。その後また、現在のデビッドの横に行きその身体に凭れかかると、発達した胸板の大胸筋をサワサワと撫で回していた。
「………………」
『あなたも今日から「教練士バルトスの促成戦闘訓練」で筆頭剣闘士よ!!』
『おまえも今日から「教練士バルトスの促成戦闘訓練」で筆頭剣闘士だ!!』
「……どこのテレビショッピングだ!!」
俺は、最後に二人で揃って商品名の宣伝をした画面に向かってツッコんだ。
思わず、切りの良いところまで見てしまったが、これは口に出してツッコんでも良いよね! ねッ!!
「どうだ? 少しはやる気になったか?」
「いや、どうしてこれでやる気になると思うんだ!」
アンジェラとデビッドが本題のトレーニングの内容の説明を続る画面を指さして、俺はバルバロイに訴えかける。
「おっ、そうなのか? 地上じゃこれで、俺の訓練を受けるヤツが倍増したんだがな。まあ、良いじゃねぇか。軽くお前の力を見たいだけだからよ、死にゃあしねぇよ」
バルバロイは、これまでの強面の表情を崩して破顔した。
うっわー。このテレビショッピングもどきは何だったんだ? 結局聞く耳持たずじゃないか。
「よっし、素手じゃぁ、遣りづらいか。ほれ、これを貸してやるよ」
そう言うと彼は、無造作に自分の斜め前の空間に手を突っ込んで、その空間から一振りの剣を取り出した。
えっ? 何あれ!?
「ほらよ!」
「どわッ!」
俺が、バルバロイが何も無い空間から剣を取り出したことに驚くまもなく、こちらに向かって剣が放られた。
トス! という音を立てて俺が飛び退いたその場所に剣が突き刺ささる。ナニ? この剣、物凄く切れ味が良さそうなんだけど……まさか神器じゃないよね。いいのか、そんなモン簡単に人に貸して。あっ、俺いま神だっけ。――いや、そういう問題じゃないだろ!!
「よし、じゃあ始めるか!」
とっ、そんな訳でこの状態なんだが。
完全にうやむやのうちにバルバロイと戦闘する流れになっております。
彼が、俺に渡した剣、【サーチ】して見たら〔マルミアドワーズ〕というらしい。……どこかで聞いたことがあるんだが。やっぱりそうなんだろうか? 深く考えると眠れなくなりそうなんで止めておこう。
「おらおら、そっちから来ねぇと、こっから行くぞ!」
ああっ、もう完全にエンジン掛かっちゃってるよ。
「わかりました。行きます!!」
あのモグラと戦った時には相手が小さすぎて使う機会もなかったが、学生時代の剣道の授業を思い出し剣を構えた。
両足の母子球付近に重心を乗せ、体重をスムーズに動かせるように意識して、すり足でバルバロイに近づいていく。しかし、30センチのモグラの次が3メートル超えの闘神って、俺の相手は極端な奴しかいないんかい!!
剣先をセキレイの尻尾のように細かく揺らしながら、バルバロイに攻め込むタイミングをはかる。
バルバロイは素手で相手をしてくれるようだが、あの体格がすでに凶器だよね。
彼の隙なんか俺にわかるわけないんで、素直に避けづらい身体の中心に突きを放った。
その瞬間、バゴンというイヤな音が俺の額から響き、身体が跳ね飛んだ。
額に衝撃を受けた直ぐ後に俺の目の前に雲の絨毯が……、だが、この雲の絨毯、俺達が歩き回れると言うことでも分るように堅さがあるのだ。
俺の身体が、頭、足、頭、足、頭、足と縦回転しながら雲の絨毯に接触する。
バルバロイは、俺の突きを避けることなく左手の指先で摘まむように剣を受け止めると、軽く握りこんだ右手を俺の目の前に突き出して、中指でデコピンをしたのだ。
スッゲー痛ェー、死ぬっ、死んでしまう……。
縦回転の勢いが弱まると回転軸が崩れて今度は横に倒れた。ゴロゴロゴロゴロとそのまま数十メートル転がりやっと勢いが止まった。
「………………」
「…………」
「……」
「おお、わりぃわりぃ。あまりにも隙だらけだったからよぅ。オメエ、本当に素人なんだな」
俺は、額と頭のあまりの痛みに、言葉を発することも出来ずに悶え苦しんでいた。
「何をなさってるんですか! バルバロイさま!!」
声とともに誰かが走り寄ってくる。そして誰かが俺の身体をグイっと抱き寄せた。
「無茶なことをなさらないでください!! やっと目を覚ましたばかりなのですよ!」
「バルバロイ殿、流石にこれはやり過ぎでは?」
ああっ、俺を抱き寄せているのはどうやらサテラさんらしい。それにしても、もう一人女性の声が聞こえたが?
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「いやぁ、コイツがどのくらい動けるのか見てみたかったんだがな……」
「まったく、バルバロイ殿ならば見ただけでもその者の力は判りそうなものでしょうに、悪戯にもほどがありますよ。ああっサテラ、そのままにしておきなさい。私が癒やして差し上げましょう」
バルバロイに諭すように言った女性……というより、美少女だなこの方。もちろん神なんだろうが、人間年齢で14、5歳くらいに見える。
彼女はこちらに向き直ると、膝枕状態――つまりサテラの腿の上に頭を乗せている俺に近づいてきた。
そしてその細い手を静かに俺の額に触れた。
「初めまして、主神代理殿。私はシュアルと申します。この度は我が子供達を助けて頂いて有難うございました。今日はそのお礼もかねて参りました」
彼女は俺と視線を合わせると、常に穏やかに笑っているように見える細い目に、外見年齢に見合わない慈愛の色を浮かべる。その手から、俺の頭に暖かい力が流れ込んでくるのが分る。その力が俺の頭に浸透するとともに痛みがスーッと引いていった。
「バルバロイさま、ヤマトを鍛えようというそのお気持ちは嬉しいですが、性急すぎます!」
「わりぃ! どのレベルから始めたらいいか見たかったんだが、コイツは完全に初めからだな」
サテラはまるで、母親が身体の弱い子供を護るような感じでバルバロイに噛み付いている。なんだろう、天界に戻ってからサテラの俺への当たりが柔らかくなった感じがするんだが。
「サテラもバルバロイ殿も、一度落ち着きませんか? 私も、彼に話がありますし、彼がこの状態では次に何をするにしても問題がありましょう」
シュアルさんが、ナイスな提案をしてくれた。個人的には『ちゃん』と呼びたい。
彼女の提案のおかげで、この世界へ来てからの怒濤の展開から、やっと解放されそうだ。
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その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
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【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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