上 下
16 / 18

16

しおりを挟む

 白み始めた空から、オレンジ色の太陽の光がチラチラと見え始めた。

 私は綾と手を繋いで、明け方の住宅地をゆっくりと歩いた。

 会話はない。

 綾はちゃんと前を向いて歩いている。


 一度綾の家に寄って、それからファミレスに向かうつもりだった。


 綾の家の前に着くと、貴也の車が目に止まり、そういえば居たんだったと男3人の存在を思い出した。

 同期の中で、一番最初に車の免許を取った貴也は、時々親の車を借りて遊びに使っていた。
 1年生の頃、貴也の運転する車に皆ぎゅうぎゅうに詰めて、海を見に行ったな。そんなことを思い出す。
 夏も終わりの海は肌寒く、寒い寒いと言いながら花火をした。

 そんな思い出も、今は遠い昔だ。


 私は車の窓ガラスを叩き、寝ている貴也を起こす。

 目を閉じていただけで、眠ってはいなかったのか、貴也はぱっと起き上がり、車から降りてきた。

  「えっと…どうなった?」

  「どうなった?最初の言葉がそれ?綾のこと見えてるよね?」

 沈黙が続き、私から言葉を続けようとしたとき、握っていた綾の手に力がこもり、手を引かれた。

  「綾?どうしたの?」

  「…貴也と少し話したい。」

  「わかった。離れて見てるよ。」

 私は貴也を一瞥してから、綾の手を離し、声の聞こえないところまで下がった。

 2人は表情も変えず、淡々と話しているように見える。
 暫くそうしていると、綾が手を振りかぶるのが見えて、直後にぱぁんと貴也の頬を打つ音が響いた。
 貴也は呆然と立ち尽くしている。

 綾はその横を通り抜けて家へと入り、小さな荷物を持ってすぐに出てきた。
 そしてまた、貴也の横を通り抜け、私の元へと小走りで駆けてくる。

 その顔は、とてもスッキリとしていた。


  「初めて叩いちゃった!」


 ふふ、と綾が笑う。

  「ほんとに?二度もあんなことがあったのに?綾、すごい我慢強いね。」

  「スッキリした!叩いてからわかった。私本当は貴也に物凄く怒ってたんだ。嫌われたくなくて我慢してたんだなってわかった。」

 晴れやかな顔の綾を見て、もう大丈夫だろうと思った。


  「さあ、ご飯食べに行こう!私昨日の昼から何も食べてないや。」

  「やっぱり。何食べる?私しっかり食べたいから、ハンバーグにする。」

  「いいね。私もガッツリ行きたい気分。」

 笑いながら歩く。


 あの頃に戻ったようだと、少し込み上げるものがあった。


 程なく到着したファミレスのドアを開くと、カウベルの小気味良いカラコロという音が鳴る。
 今時ファミレスにカウベルなんて珍しいが、店舗のこだわりなのか外されることはなく、この四年間何度も聞いた音だ。

店内に入り、それぞれ食べたいものを心のままに注文する。

  「そういえば、このファミレスって、試験前はよく集まって勉強会したよね。」

  「そうだね。あれって結局勉強になってなかったよね。」

  「そうそう。誰かがすぐに脱線するの。」


  「初めてのサークルの合宿で『青春18きっぷ』使ったときにさ、日付越える直前に一枚目を切っちゃって、あー無駄にしたって笑ったよね。あれは勉強になった。」

  「うん。笑った。でも先輩たちはしっかり途中までの切符買ってるんだよね。教えてくれよーって思ったよね。」



  「知ってる?駅前のパン屋さんのね…」



 楽しかった思い出や、身近な人の話、離れていた時期を埋めるように、沢山話した。


 でも、これからの話はしなかった。


 私も、綾も、これが最後になるとわかっている。


  「唯、今までありがとう。」


 話が途切れたとき、綾が一言、私に礼を言った。

  「綾、私からもありがとう。綾との時間はとっても楽しかったよ。きっと一生忘れない。」

  「たまに連絡してもいい?」

  「しない方がいいと思う。お互い期待しちゃうでしょ。」

  「そうだよね…わかった。」

  「じゃあ、そろそろ帰ろうか。」

 席を立ち綾を振り返ると、綾はまだ座っていた。


  「私、もう少しここにいるよ。」

 「わかった。じゃあ、私は帰るね。」


 この会話を最後に、卒業まで綾と会うことは無かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀
青春
刈磨汰一(かるまたいち)は、生まれながらの不運体質だ。 幼い頃から数々の不運に見舞われ、二週間前にも交通事故に遭ったばかり。 久しぶりに高校へ登校するも、野球ボールが顔面に直撃し昏倒。生死の境を彷徨う。 そんな彼の前に「神」を名乗る怪しいチャラ男が現れ、命を助ける条件としてこんな依頼を突きつけてきた。 「その"厄"を引き寄せる体質を使って、神さまのたまごである"彩岐蝶梨"を護ってくれないか?」 彩岐蝶梨(さいきちより)。 それは、汰一が密かに想いを寄せる少女の名だった。 不運で目立たない汰一と、クール美少女で人気者な蝶梨。 まるで接点のない二人だったが、保健室でのやり取りを機に関係を持ち始める。 一緒に花壇の手入れをしたり、漫画を読んだり、勉強をしたり…… 放課後の逢瀬を重ねる度に見えてくる、蝶梨の隙だらけな素顔。 その可愛さに悶えながら、汰一は想いをさらに強めるが……彼はまだ知らない。 完璧美少女な蝶梨に、本人も無自覚な"危険すぎる願望"があることを…… 蝶梨に迫る、この世ならざる敵との戦い。 そして、次第に暴走し始める彼女の変態性。 その可愛すぎる変態フェイスを独占するため、汰一は神の力を駆使し、今日も闇を狩る。

秘密基地には妖精がいる。

塵芥ゴミ
青春
これは僕が体験したとある夏休みの話。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない!~スキンシップ多めの美少女幽霊と部活を立ち上げる話~

川上とむ
青春
内川護は高校の空き教室で、元気な幽霊の少女と出会う。 その幽霊少女は雨宮と名乗り、自分の代わりにイラスト部を復活させてほしいと頼み込んでくる。 彼女の押しに負けた護は部員の勧誘をはじめるが、入部してくるのは霊感持ちのクラス委員長や、ゆるふわな先輩といった一風変わった女生徒たち。 その一方で、雨宮はことあるごとに護と行動をともにするようになり、二人の距離は自然と近づいていく。 ――スキンシップ過多の幽霊さんとスクールライフ、ここに開幕!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...