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しおりを挟むどこまで行ったのかわからない綾を探しながら、私は静かに坂道を上がっていく。
時刻は既に12時を回っていた。
この辺りはずっと住宅が広がっているので、人通りも無く、しん と静まり返っている。
点在する街灯が、ぼんやりと夜道を照らしていた。
綾を見落とさないように、慎重に周囲を見渡しながら歩く。
坂道も頂上に差し掛かる頃、右手の斜面に下へと降りる階段が見えた。
今まで何度も綾の家に遊びに行っていたのに、ちっとも気付かなかった。
そのとき、微かに声が聞こえた気がした。
綾かもしれないと思い、階段の上から下を覗き見ると、階段の途中で蹲る、綾らしき人影があった。
私は、わざと軽く足音をたてながら階段を降りていった。
足音に一瞬びくりと体を揺らした人影に、「綾?」と声をかけたが、返事は無かった。
でも、あれは綾だ。
私はゆっくりと綾に近付き、隣に腰を降ろした。
綾は声を押し殺して泣いていた。
「はい、綾。水分取ってないでしょ。」
アップルティーを差し出すと、膝に顔を埋めたまま、綾が片手を差し出してきたので、そこにアップルティーを握らせた。
「ありがと。」
今日初めて綾の口から、ほっといて、死んでやる、以外のまともな言葉が聞けて、私は知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出した。
良かった。話せそうだ。
思っていたより私も緊張していたようで、息を吐いた途端、体から力が抜けていくのを感じた。
しばらくすると少し落ち着いたのか、綾が話し始めた。
「私、頑張ったの。」
「とっても努力したの。」
「うん。知ってるよ。」
「でも、どれだけ頑張っても、貴也が私だけを見てくれないなら…、私はいる意味無いじゃない。もう死んでしまいたい…」
「綾にとって、恋愛が、貴也が全てなの?」
「こんなに好きになったのは初めてなの!」
「そっか。そんなに好きだったんだね。全てをかけてもいいと思えるほど人を好きになれるって、すごいと思うよ。」
「…唯はさ、良いよね。大切にしてくれる彼氏がいて。自分の世界をしっかり持ってて。ブレなくて。羨ましかった。」
「でも、どれも私にはなかった。だから頑張って努力して、手にいれるしかないじゃん…」
綾はまた泣き出した。
「そんな風に思ってたんだ。私そんな出来た人間じゃないよ。今の自分の力が及ばない所には、無理に手を出さないだけだよ。」
「昔ね、じいちゃんに言われたことがあって、『何事も一足飛びにやろうとすると失敗する。段階を踏んで、力をつけながら上がりなさい。無理やり掴もうとすると、手からこぼれ落ちる。』てね。」
「言われたときさっぱり意味がわからなかった。子供だったしね。でも、心にずっと残ってて、ある日突然なんとなくだけど理解した。」
「それからは、回り道に見えても最終的な目標に近付けるなら落ち着いてやろうって思えた。私は自分の力が届きそうな所に手を伸ばしてるの。だから、綾からは私が何か持っているように見える。それだけだよ。」
「ごめん。よくわかんない。私がしてる努力はダメってこと?無駄って言いたいの?」
「違うよ。綾の努力がダメなんじゃない。今のはただの、私の話。」
「否定されたのかと思った。」
「言い方が悪かったかな。ごめんね。」
「…ねえ、綾、貴也は綾じゃなくても、他の誰かと付き合っていたとしても、きっといつか浮気していたよ。だから、いくら綾が頑張っても努力しても…何て言えばいいのか…貴也みたいな人には、その努力と思いが届かないのかもしれない。」
「見えないと言ったほうがいいのかな。そんな人といると、こちらの思いが一方的すぎて消耗するよ。そんな人とは離れた方がいい。」
「待って。頭がいっぱいでつらい。ゆっくり考えさせて。」
「わかった。」
しばらく沈黙が続いたあと、綾が再び口を開いた。
「…私どうすれば良かった?」
「それは私が決めることじゃないけど…。そうだね、私だったら…頑張るのをやめる。」
ここで急に綾が怒りだした。
「私は唯とは違う!そんな風には出来ない!私は頑張ってないと安心できない!でも、何もかも無駄だった!貴也と一緒にいるためにたくさん努力したのに…でも浮気されて…やっぱり死ぬしかないじゃん!」
綾はそう叫ぶと、また泣き始めた。
どうしよう。振り出しに戻ってしまった。
出来るだけ落ち着いて話していたつもりだけど、ストレートに言い過ぎたかもしれない。
否定されたと思ったかもしれない。
もう限界かも。
私も辛くなってきた。
私だってそこら辺の女子と変わらない、ただの大学生だ。
友達に『死にたい』と言われて、どうにかできるほどの力なんて無いよ。
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