逆光

まよい

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夜の色は黒ではなくて、

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 わたしがもっと子どもだったころ、二十歳を迎えたら勝手に大人になるのだと思っていた。寝返りをうつ。髪がシーツに擦れてさりさりと鳴る。襟のじっとりとした感覚が、わたしとそれ以外とを分けている。夜の色は黒ではない。髪の色が必ずしも黒でないのと同じで。海の色が必ずしも青ではないのと同じで。
そんなこと、誰かに言ったって仕方ないのに。寝返りをうつ。まぶたを這う血管のことをかんがえる。そのうちに、からだの輪郭が曖昧になってゆく。
 昔から沙織はそうだった。自分の立っている地面より高くなっているところがあればすぐにのぼって、得意げな顔をする。そしてわたしの右手に体重をあずける。宙を舞う、というよりは、世界から切り離されると言ったほうがたぶん正しい。天使みたいなんかではない。神聖というよりは事務的だった。なにかの確認をしているのかもしれない。わたしにはわからないけれど。たぶん、誰にもわからないけれど。
 机の上のスマートフォンが震えてわたしを呼んだ。午前二時半。
 「あした会えない? 灯里ちゃんに相談したいことがあって」
 わかった、とだけ返信をして、暗闇のなかで着圧のレギンスを探す。暑いけれど、脚が浮腫んでしまうよりはずっといい。枕に頭が沈む。そのうちに、からだの輪郭がとけてなくなる。

 目が覚めて、脚が浮腫んでいないことを確かめてほっとした。クローゼットをながめるわたしの視線は、みずいろのワンピースで止まる。最初からそうすることが決まっていたみたいに。沙織にあまりにもよく似合うから、しばらく着ていなかったみずいろのワンピース。
 淡いピンク色の口紅をすべらせる。香水はユリの匂いのするものを、香るか香らないかくらいにかるく振った。手鏡で睫毛と前髪のカールを確認して、かかとの低い黒のサンダルを履いた。もういちど、鏡のなかのわたしと見つめあう。沙織みたいに光を取り込むことのできない目が、まっすぐにわたしを見ている。

 「光くん」
 後頭部にむかって声が放物線を描く。やわらかそうな茶色の癖毛。わたしを見て、すこしだけ目が見開かれる。真っ白なシャツが太陽を反射して、光くんの見開いた目をひからせている。
 「灯里ちゃん。そのワンピース、可愛いね。沙織ちゃんとお揃いなの?」
 「その話、したっけ」
 「ううん、沙織ちゃんが合宿のときに着てた気がして。お揃いなのかなって思っただけだよ」
 行こうか、と光くんが言って、わたしはかるく頷く。光くんの描く放物線は、わたしの頭上をかるがると越えてゆく。髪の毛を掠めることもない。細身の腕時計をつけた左腕に、わたしは触れることができない。

 「それで、相談って?」
 光くんに連れられて入ったカフェは冷凍庫かと思うくらいに冷えていて、アイスティーの氷もそのかたちを保っている。光くんの目がふわりと開いて、ゆっくり二回まばたきをした。
 「あのさ。沙織ちゃんって彼氏とかいるのかな、好きな人とか」
 運命というものを、わたしはなんとなく信じている。きょうに限ってこのワンピースを着てしまったこととか、たとえばそういうこと。光くんはただ黙ってわたしをみつめている。答えられることはひとつしかないけれど、なにを言えばいいのかわからなくなってしまう。
 「いないんじゃないかな」
 わからないけど、とちいさな声でつけたして、アイスティーをひとくち飲む。苦味が、わずかにとけた氷で薄まっている。
 「なんで? 仲いいんでしょ、沙織ちゃんと」
 仲はいいけど、沙織とわたしはそういうのではないから。そう思うけれど言葉が喉にはりつくから、もうひとくち、アイスティーを飲み込む。ミルフィーユにフォークをいれる。クリームの層がすべって、きれいな三角形だったミルフィーユのかたちが崩れる。フォークが真っ白なお皿とぶつかって、おおきな音を立てた。
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