修繕人オーノ・アキラの日常

皇海宮乃

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密談

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「……さて、どうしたもんかな」

 食事を終えて、食器を下げてもらってから、オーノはアマレットのロックを、マツモトはモルトウィスキーの水割りで、唇を湿らせた。

「あの、……オーノさんは、僕を、その……」

「上に言わない事か? あー、まあ、不正を働いていたわけでも無いし、個人的に同情できる事も無くはないし、……それはいいんだ、気にしなくて、あと、俺が君を陥れたりする事に関しては全く興味が無いので、そのあたりは警戒しなくていい」

 マツモトには言っていないが、セクレタリーボットに際どい事をさせた者も過去にいるにはいた。やんわりと注意したところ、ピタリと止んだ為、大事にはしなかった。恐らくは好奇心からの事だったんだろうとも思った。

 オーノには、ナカジョウに諸々報告する義務はあるのだが、人の弱みを把握して攻撃材料にするナカジョウのやり口があまり好きではないため、情報の取捨選択はしていた。明確なルールを出して指示を出さないナカジョウが悪い、という事にしてある。形式的には。

 今回の件で、マツモトのストレスケアができていたのであれば、少々我田引水気味ではあるが、福利厚生の一貫と言えなくは無い。もちろん、そう判じる権限はオーノには無いのだが。

「個人的な興味なんだ、そもそもは」

「……はあ」

「せっかく場所も変えたし、ズバリ聞くんだが、あんたにとって、リーサをリーサたらしめているのはどっちなんだ、外観か? 声か? さっき聞いた時に、エミュレーターは違うと言っていたという事は、外観なのか?」

 矢継ぎ早に言われてマツモトはオーノに圧倒された。

「両方、なのではないかと」

「……てことは、リーサの全身きぐるみを、まあ、きぐるみというよりは、ボディスーツというか、アーマーというべきかな、それを人間の女が着ていたら? もちろん、ヴォイスチェンジもして」

「オーノさんは、もしかして僕を人形性愛かどうか確かめたいんですか?」

「江戸川乱歩とか好きなのかな、と」

「どちらかというと横溝正史の方が好きです」

 きっぱりと言うマツモトに、

「そうか、じゃあ俺と同じだ……って、そういう事ではなくてさ」

 うーん、と、髪をくしゃくしゃにしながら、オーノは『あの機体』にこだわる理由を探るのだが、どうにも要領を得ない。

「オーノさんて、彼女います?」

「自慢じゃないが俺は童貞だ」

 しれっと言ってオーノは胸を張った。

「僕は、けっこうモテるほうです」

 あ、こいつ今さらっと流したな、と、思いながら、オーノは答えた。

「まあ、別段驚きはしないが、そうなんだろうな」

 長身の爽やかイケメン、僕なんか、とか、言い出されてもつっこみに困る。

「……社内の女性と付き合った事もあります」

「あー、まあ、そっちの情報は別にいらない、立場上、そういう情報は入れないようにしている」

 きっぱり言ったが、オーノは、関心こそないものの、誰と誰が付き合っているかといった情報はなんとなく察する事ができる。興味が無いので考えないようにしてはいるが。社内リソースを使って個人的なやりとりをするのは禁じられてはいないし、見てみないふりを通している。

「で? 人間の女じゃ満足できなくなった、とか?」

 生身の女性とは未経験なオーノには想像でしか無いが、もう、他に思い当たるところが無い。

「うーん、そういいうわけでは無いと思うんですが、今思うと、別に僕は女性が好きというわけではないんじゃないかと思っていたりしまして」

「ちょっとまて、俺はヘテロだと言っておく、そして他人のセクシュアリティについてどうこういう事はしないが、性的対象として同性を見たことは無いことは事前に言っておく」

「それって自意識過剰すぎませんか?」

「あー、まあ、女がいちいちそういう事を事前申告したりはしないか、悪い、あまり慣れていないんだ、こういうやりとりは、……話がそれた。つまり、リーサに出会って、何か目覚めた事があったという事か?」

「うー、だから、リーサがボットだから好きになったのでは無くて、恋愛感情を持った相手が彼女だった、というべきかな……」

 どうも、マツモトにとっては、リーサがボットであるという事実は、好きになった女がフランス人でした、くらいの感覚なのかもしれない。フランス女性が好きなのではなくて、愛した相手がフランス人でした、みたいな。

「戸籍があるのは日本人くらいらしいし、昨今性愛の対象は同性だろうとその人の個性なのだから、無機物に恋愛感情を持つのはめずらしくないと」

「主語を大きくするつもりは無いよ、僕がそう、というだけ」

「まあ、いいや、では、君の恋は、彼女の廃棄によって引き裂かれそうになっている、と、こういう理解でいいかな」

 やっと話の筋道がたったように思えて、オーノは少しだけほっとした。

「どうせ廃棄するなら、僕に譲ってはもらえないだろうか」

 こいつ、いつの間にか開き直ってやがる、と、オーノは目を細めた。

「なるほど、そういう話ならば、まだ現実的だな、社内備品の払い下げは過去に例が無いわけじゃ無いし、不可能でも無いな」

 そう言ってから、オーノははたと気づいて語気をあげた。

「……もしかして、廃棄の可能性があるからあんな事を……?」

「いや、違う、そうじゃない、……あの日は、僕もどうかしていたんだ」

 マツモトが言いたいのは、オーノが見つけた防犯カメラにあった映像の事だろう。

「その、会社で、……あんな事を……」

「まあ、社内恋愛のすえに、女子社員と事に及んでいたらタダでは済まなかっただろうが……」

「もし、『彼女』を僕の物にできるのなら、その……」

「あー、わった、言うな、聞きたくない」

 それ専用のボットも当然あるのに、そちらにはどうも興味が無いようにも、オーノには思えた。VRも試していたというくらいだから、そちらも試したのだろう。『それ』専用のボットは高額だが、昔あったロボットレストランのように、場所と『それ』を貸し出す店はあったはずだ。オーノは言ったことは無いけれど。

「あの夜の事を、思い出して僕は……」

「頼むから、もう、そっちはら離れてもらえないか」

 オーノの口が硬いと安心しているのかもしれないが、いくらなんでもぶっちゃけすぎではないだろうか、いや、酒が入っているせいか。オーノとしてもシラフでは聞けたものではなかったが、マツモトの口がここまで軽いのには困惑している。

 いや、もしかしたら、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 あまり人に語って聞かせるような内容でも無いし、事情を知らない者には言いづらかろう。

 生身の女にモテるであろうマツモトが、無機質で、自立すらまともにできなくなったセクレタリーボットへの劣情をもてあまして悶々としている様は、なかなかに見応えがある。

 オーノは、自分の悪趣味さと下種ぶりに少し自己嫌悪を覚えたが、おもしろいんだから仕方ない、とも思った。

 悪趣味ついでに、リーサを廃棄する場面をマツモトに見せたらどうなるか、という残酷な妄想をしてみたりもした。

 さすがにそれは人が悪すぎるかもしてない、と、我に返ったオーノは、反省する替りに、マツモトの恋路の行く末を見守る決意をした。

 それは、まさに下世話な除き趣味ではあったのだが。
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