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無機と有機(2)
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「まあ、少々のおしゃべりや、愚痴を聞いてもらうくらいだったら、問題は無かったんだよ、就業時間外の端末使用や、認証コードの共有問題を別とすればさ、後者については、俺にどうこう言う責任は、……まあ、あるけど、裁量で見てみないフリをする事だってある、でも、君はちょっとやり過ぎだ」
オーノはそう言ってから、チラリとブルーシートの方を見た。リーサは、古い人気機種だ。つまり、使用経験者が多く、また、『改造』についての情報も数多くある。
オーノは、これ以上、マツモトに事実をつきつける事にためらいを感じていた。本当に、これ以上の話題は、勤務時間内にふさわしくは無い。
「さて、俺は、君の色恋沙汰に興味は無い、君が強く惹かれているのは『この個体』特有の問題? それとも、そういう性癖?」
「それは、『女』だったら誰でもいいというのと同じじゃない?」
そう言ったマツモトの言葉は、『物』に対する言い様では無かった。
工業製品を見る目じゃ、ないんだよなあ……。マツモトを見るオーノの視線は冷ややかだった。
「それを踏まえてひとつ提案があるんだけどさ、リーサの、……いや、『彼女』のヴォイスエミュレーターがあるのは知っているかい? スマホにインストールする事だってできるし、君の家の個人端末にだって入れる事もできるだろう?」
「……だが、彼女と同様に受け答えができるとは思えない」
オザワ部長のリーサは、独自にデータソースを持っている、エミュレーターによって、同じ声を獲得する事ができたとしても、リーサと同じにはならないし、そこには、マツモトとの『ログ』も無い。
少しセンチメンタルな言い方をすれば『思い出』が無いのだ。
「もう一つ確かめたいんだけどさ、……ほら、その、金髪で、ガーター、コルセット着用じゃ無いとダメとか、盗んだ下着じゃないとダメ、とか、そういう、いわゆる、変態的な性欲の持ち主だったりしないの、フェティシズムというか、パラフィリアというか」
こういう際どい話をシラフでやるのは苦手だな、と、思いつつも、出来る限り直接的にならないように、オーノは、乏しい記憶の中から、クラフト・エビングあたりを流用して確認した。
「自分がノーマルかアブノーマルか、自己申告する事に意味があるとは思えないけど、僕には過去彼女がいた事もあるし、取り急ぎ警察のお世話になるような事もしていないよ、……あくまでも、今はまだ、という状況に過ぎないのかもしれないけど」
どうにも見極めができないのがしんどいな、と、オーノは思った。廃棄寸前の旧モデル、オザワ部長が職場を去ったら、間違いなく廃棄処分になるだろうセクレタリーボットと、それに対して、愛執とも呼べるがごとき執着を見せる同僚。
知らなければよかったし、知らないふりをして、短期レンタルのセクレタリーボットが届くのを待てばよかったのに、何故、今、自分はマツモトを問い詰めているんだろう。
オーノの知りたい何か、到達できない境地に、マツモトが立っているのか確かめたいのだろうか。
「こいつを廃棄する、って言ったら、君はどうする?」
極端な問いかけでゆさぶってみようと、オーノが尋ねると、マツモトは立ち上がった。今にもオーノにつかみかかりかねない勢いだ。
「って、あくまでも『たられば』の話だよ、そう怖い顔をしないでもらえるか」
あわてたオーノが否定すると、マツモトは着席し、聞いてもいないのにしゃべりだした。
「そうだよ、君の下衆な想像通りだ、僕は『彼女』を愛している、彼女とずっと一緒にいたいと思うし、触れていたいと思ったッ……」
そして、実際に触れたって事か。オーノは声には出さずにマツモトの述懐を心の中で補完した。
「たとえばほら、VRとかじゃダメだったの、それこそ、さっき言ったエミュレータ、VRのアプリもあるでしょうに」
マツモトはかぶりを振った。
「もう、生身の女でも、VRでもダメなんだ……勃たないんだよ」
どこかで吹っ切れてしまったのか、同僚の知りたくもない下半身事情に踏み込むにつれて、オーノは次の行動に迷った。
ひとつ言えたのは、もう、到底シラフでは聞いていられないという事だった。
時計を見ると、就業時間終了まで残された時間はあまりない。本日の業務は、全てイーグルの自動応答で対応できたという事で、喜ばしい限りだが、こういう日が長く続くと、ナカジョウあたりがよからぬ妄想にとりつかれそうなので、数日中に何かしないとと思いながら、今日はもう、どうにも仕事をする気分にもなれずに、マツモトに言った。
「……場所を変えよう、君、この後の予定はどうなってる?」
オーノはそう言ってから、チラリとブルーシートの方を見た。リーサは、古い人気機種だ。つまり、使用経験者が多く、また、『改造』についての情報も数多くある。
オーノは、これ以上、マツモトに事実をつきつける事にためらいを感じていた。本当に、これ以上の話題は、勤務時間内にふさわしくは無い。
「さて、俺は、君の色恋沙汰に興味は無い、君が強く惹かれているのは『この個体』特有の問題? それとも、そういう性癖?」
「それは、『女』だったら誰でもいいというのと同じじゃない?」
そう言ったマツモトの言葉は、『物』に対する言い様では無かった。
工業製品を見る目じゃ、ないんだよなあ……。マツモトを見るオーノの視線は冷ややかだった。
「それを踏まえてひとつ提案があるんだけどさ、リーサの、……いや、『彼女』のヴォイスエミュレーターがあるのは知っているかい? スマホにインストールする事だってできるし、君の家の個人端末にだって入れる事もできるだろう?」
「……だが、彼女と同様に受け答えができるとは思えない」
オザワ部長のリーサは、独自にデータソースを持っている、エミュレーターによって、同じ声を獲得する事ができたとしても、リーサと同じにはならないし、そこには、マツモトとの『ログ』も無い。
少しセンチメンタルな言い方をすれば『思い出』が無いのだ。
「もう一つ確かめたいんだけどさ、……ほら、その、金髪で、ガーター、コルセット着用じゃ無いとダメとか、盗んだ下着じゃないとダメ、とか、そういう、いわゆる、変態的な性欲の持ち主だったりしないの、フェティシズムというか、パラフィリアというか」
こういう際どい話をシラフでやるのは苦手だな、と、思いつつも、出来る限り直接的にならないように、オーノは、乏しい記憶の中から、クラフト・エビングあたりを流用して確認した。
「自分がノーマルかアブノーマルか、自己申告する事に意味があるとは思えないけど、僕には過去彼女がいた事もあるし、取り急ぎ警察のお世話になるような事もしていないよ、……あくまでも、今はまだ、という状況に過ぎないのかもしれないけど」
どうにも見極めができないのがしんどいな、と、オーノは思った。廃棄寸前の旧モデル、オザワ部長が職場を去ったら、間違いなく廃棄処分になるだろうセクレタリーボットと、それに対して、愛執とも呼べるがごとき執着を見せる同僚。
知らなければよかったし、知らないふりをして、短期レンタルのセクレタリーボットが届くのを待てばよかったのに、何故、今、自分はマツモトを問い詰めているんだろう。
オーノの知りたい何か、到達できない境地に、マツモトが立っているのか確かめたいのだろうか。
「こいつを廃棄する、って言ったら、君はどうする?」
極端な問いかけでゆさぶってみようと、オーノが尋ねると、マツモトは立ち上がった。今にもオーノにつかみかかりかねない勢いだ。
「って、あくまでも『たられば』の話だよ、そう怖い顔をしないでもらえるか」
あわてたオーノが否定すると、マツモトは着席し、聞いてもいないのにしゃべりだした。
「そうだよ、君の下衆な想像通りだ、僕は『彼女』を愛している、彼女とずっと一緒にいたいと思うし、触れていたいと思ったッ……」
そして、実際に触れたって事か。オーノは声には出さずにマツモトの述懐を心の中で補完した。
「たとえばほら、VRとかじゃダメだったの、それこそ、さっき言ったエミュレータ、VRのアプリもあるでしょうに」
マツモトはかぶりを振った。
「もう、生身の女でも、VRでもダメなんだ……勃たないんだよ」
どこかで吹っ切れてしまったのか、同僚の知りたくもない下半身事情に踏み込むにつれて、オーノは次の行動に迷った。
ひとつ言えたのは、もう、到底シラフでは聞いていられないという事だった。
時計を見ると、就業時間終了まで残された時間はあまりない。本日の業務は、全てイーグルの自動応答で対応できたという事で、喜ばしい限りだが、こういう日が長く続くと、ナカジョウあたりがよからぬ妄想にとりつかれそうなので、数日中に何かしないとと思いながら、今日はもう、どうにも仕事をする気分にもなれずに、マツモトに言った。
「……場所を変えよう、君、この後の予定はどうなってる?」
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