修繕人オーノ・アキラの日常

皇海宮乃

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ゾーゴンマイク

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「オーノさんオーノさん」

 社内チャット経由のスピーカーから、合成音声では無い、人の声がする。

 聞き覚えのある女の声だ、と、呼ばれた当人、オーノ・アキラは思った。

 キーボードから入力されたのでも無ければ、アシスタントボットからの依頼でも無いという事は、スピーカーの先、もっと言ってしまえば、個人用のボットのマイクを使って直接呼びかけているという事だ。

 狭く、物の多い小部屋、会議用の長テーブルをL字に組んだ作業スペースで、アキラは、ディスプレイを一瞥して数秒考えた。

 そんな風に敢えて手間のかかるやり方で問い合わせをする人間の相手をするのは時間を無駄にする、アキラは作業場で別作業をさせている自分用ボットの一体、イーグルを呼んで、応対するよう指示した。

「アキラは今、応答できません、ご用件は、私、イーグルが替わってうかがいます、どうぞ」

 よどみなく答えるイーグルは、赤いボディで、足が無い替わりに翼を持つ、見た目だけならドローンのようだが、言語コミニケーションができるよう、音声機能がついている。アキラの替わりに社内を見まわる事もある為だ。

 音声については、そっけない感じの、お昼のニュースを読み上げる男性アナウンサーのような抑揚の無い声に設定されている。

「えー、そこにいるんでしょう? オーノさーん、出て下さいよ、部長が呼んでるんですってば」

 オーノ・アキラは舌打ちして、一旦手を止めた。マイクを引き寄せ、とあるスイッチをオンにして答える。

「こういうやりとりがイヤだから、先に用件を言えってんのに、あのハゲ、相変わらず直接呼べとかいいやがんのか、非効率極まりない、……で、何」

 すぐそばに部長が居るだろう事は予想の上だが、敢えて口汚く罵った上でアキラは言った。

 とある事情で前職をリストラされた経験をもつアキラは、開き直って解雇上等、という気構えなのだ。

 そして、アキラの使っているマイクは、スイッチで切り替えると、『ネガティブな言葉』『相手を傷つけるような言葉』は、自動的に修正がほどこされるようになっている。

 合成音声に慣れた者達には気づかれない。もちろん、それほど精巧な加工を入れているわけでは無いので、耳の確かな者が聞けば、何らかの加工がほどこされている声だという事に気づくだろう。

 しかし、そんな風に注意を払うような者は、ロボテクストラベル社内にはあまり居ない。

 修理・修繕をメインに行う人間は、対人対応で特にストレスを溜めやすい。

 前任が退職したのも、ストレスによる負荷だったとも聞いている。少々悪態をつくくらいは許して欲しい、というのがアキラの考えだ。

 先ほどのアキラの物言いは、恐らく、

『問い合わせはリクエストシステムでお願いします、直接の問い合わせの割り込みはご遠慮下さい』

 とでも言い換えてられているのだろう。

 これだったら、イーグルが対応したのと変わりないんだがな、と、苦々しく思いながら、しかし、『直接相手に言った』という事で、安心したいと考える人間が一定数いる事も『理解』はしている。

 納得はしていないが。

「急ぎなんだ、悪いな、オーノ」

 もったいぶってやっと当の部長が話に割って入ってきた。

 そもそも、百歩譲って、どうしても直接用件があるのなら、自分でアシスタントボットを使って、チャットコールをすればいいものを、わざわざ部下を使っているところが本当に腹立たしい。

 法人営業三部部長、キノシタ・タクトは、慣れないボット操作でもたつくところを部下に見られたくないらしく、敢えて、部下に要問い合わせをさせる。

 それならそれで、部下に、正式なリクエスト方法で要望を上げて欲しいのだが……と、考えながら、アキラは次の言葉を待った。

 キノシタの言う『急ぎ』というのが、実際どの程度会社の利益に貢献するものなのかは、あやしいものだ。

 アキラが無言でいると、しびれを切らしたキノシタがやっと用件を言った。

 実は、アキラはキノシタの要望というやつの予想はできていた。できていたが、無視し続けていた。

「新年度導入予定のセクレタリーボットの事なんだが……」

「既に文書でもお答えしていますが、リジェクトです、残念ですが」

 キノシタの語尾にかぶせるようにアキラは否定した。

「あんたには使いこなせない、他の部長に支給されるから自分も、なんて、理由で高いセクレタリーボットは買えない、どうしても必要なら自分で社長に交渉しろ」

 言い方は雑言の類では無いので、マイルドに言い換えてくれないかもしれないが、面倒だ、と、思い、アキラは思ったままを言った。

 あー、すっきりした。

 現在、個人用ボットは一人に一台ずつ支給している。基本は据え置き型。旧来のコンピューター程度のものに、入出力デバイスが、多少役割によって異なっている程度だ。

 足があり、外出の際も連れて歩ける、いわゆる人型の、アンドロイドに近い形状のセクレタリーボットを貸与しているのは、秘書の同行を必要とするような業務をする部長職の中でも限られた者にだけだ。

 メインは、海外出張や、交渉へ外部へ出向く者で、会社のレベルを図られるような立場の人間だけの贅沢品だ。

 高い分、完全カスタマイズ、女性管理職でも男性管理職でも、セクレタリーボットの外見は任意で好きなデザインをオーダーしている。

 今となっては映画の中にしかいないような『美人秘書』や、『イケメン執事』のような外見も選択可能だ。

 部長とはいえ名ばかりの、古い常連顧客のみを相手にしている法人第三営業部部長のキノシタには、取り扱いもできないだろうし、必要も無い。

 だいたい、社内の据え置きボットも使いこなせず、部下を使ってやらせるレベルの人間が、外出先で高性能ボットを使いこなせるとは到底思えなかった。

 当人が勝手にライバル視している、法人第一営業部部長イリエ・スオウの連れている美人秘書を見てうらやましいと思ったのだろうが、セクレタリーボット一台で、現在据え置きで使っている型落ちボット達を一部門リプレイスできるだけの価格の開きがあるのだ。

 人事部ボット管理室室長代理のオーノ・アキラに予算決定の権利は無いが、割り振られた予算内で、機種選定をする事はまかされている。来期セクレタリーボットを導入するのは仕入れ部門の次長だ。海外出張が多く、当人も女性である為、ガードロボットも兼ねられる物である為、通常のものより割高なのだ。

 現状のOSのサポート期限と、リプレイスしなくてはならない部門もある。ボット管理室の予算内でまかなえない高価なボットが欲しいなら、自分で上申して予算をとって欲しい、というのが、アキラの素直な意見だった。

 キノシタは面倒なやつだが、別にいじわるをしているわけでは無い。人事部長のコンセンサスもとれている、部署としての共通見解だ。しかし、法人営業部でも冷や飯食いの自覚があるのか、キノシタは中々あきらめてくれない。

「しかし、ほら、俺も、大手代理店とやりとりするのに、咄嗟で数字が出てこない事もあるからさ」

「それ、人の形である意味なくないっすか」

 あー、もう、面倒だ、と、思い、アキラはゾーゴンマイクのスイッチを切った。

「予算の関係で今期は無理です、来期検討って事で、お急ぎでしたら、法人営業部から予算申請して下さい」

 言い捨てるようにして、アキラはマイクそのものをオフにした。

「イーグル、今の俺の声、録ってある?」

「はい」

「次、もし、キノシタさんから同様の問い合わせがあったら、さっきの音声で対応して」

「はい」

 経過した時間を考えて、アキラはうんざりする。キノシタのような人間はだいぶ少数派で、いずれは淘汰されるのだろう。だが、こんなやりとりの為に人間が残されているのは……。

 自分自身も人間である事を忘れたかのように、アキラは考えた。

 ……人間、いらなくね?

 そろそろ床屋に行かねばと思っている伸び気味の前髪を弄びながら、作業着姿のアキラは窓の外に林立するオフィスビルを見ながら毒づいた。
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