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【6】いよいよ当日! 忘年会

(3)午後の出来事

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 辰巳譲二は整然と並べ終わった畳を満足そうに眺めていた。自分一人で並べたわけでは無いのだが、食堂がいつもと違う顔になるのを見るのは楽しい。

 これまでも行事や寮生大会、ライブなど、その時々によってがらりと雰囲気を変えてはいたが、今譲二が目にしている景色はそれとはかなり趣を変えていた。敷き詰められたブルーシートの上に並ぶ畳。

 食堂に畳を並べる事自体はそれほどめずらしくはないが、全ての娯楽室から畳を引き剥がしてまで並べる光景は今まで無かった。

 紅白幕に、酒樽。積み上げられた升。何かの祝賀会か、祝勝会のような、祭り会場な賑わいに、譲二の心は沸き立った。

 会場設営が終わったところで炊きだし班から、おにぎりと味噌汁の差し入れがあった。設営済みの会場の方ではなく、畳を剥がされた小娯楽室の方に、ビールケースや段ボールを敷いて、兵隊の一年生達が遅い昼食をとっていた。

「お疲れー」

 既に食べ終わって缶コーヒーを飲んでいた同じ一年の鮎川登弥が声をかけてきた。

「お疲れ、そっちはどお?」

 譲二は味汁の椀で手を温めながらふうふうと冷ますように息を吹きかけた。

「会場はもう終わりかな、あと何だっけ?」

 譲二がずずっと味噌汁をすすると、

「倉庫から酒の移動、くらいかなあ……」

 小娯楽室の壁にかかったホワイトボードを見ながら登弥がつぶやくと、譲二はおにぎりをほおばって登弥にならってホワイトボードを見た。

「食堂に直接運んじゃえば良かったのに、なんだってわざわざ倉庫?」

 食堂は施錠されない為、誰でも入ることができるが、倉庫は一刻寮委員会が鍵を管理している為、誰でも簡単に入れるわけにはいかない。鍵の持ち出しは厳密に届け出などはいらないが、持ち出しノートに記名と、委員の確認が必要なので、誰が出入りしたか記録が残される。

 いぶかしむ登弥に、譲二は自分の知る事情を話すべきか一瞬迷ったが、黙っている事にした。

「誰か手ぇ開いてるヤツいるー?」

 開け放した入り口のところから声をかけられる。少娯楽室で休憩をしていた数名がいっせいに声のした方を見ると、立っていたのは魚沼だった。

「あ、俺空いてます」

 食事を終えて時間をもてあましていた登弥がすかさず立った。

「あと一人くらい欲しいな」

 そう言う魚沼の言葉に登弥がちらちら譲二の方を見た。譲二はあわてて食べかけのおにぎりをほおばって味噌汁で飲み下した。

「ふぁ、俺も大丈夫です」

 期待に答えて譲二が立ち上がって手を上げた。

--

 魚沼に連れられて行った先は、小娯楽室から数歩の距離の調理室だった。俺、受付に立たないといかんのだが、早く来たOBにお茶を出して欲しいという事だった。茶菓子はお持たせになってしまうらしいが、用意が無い上に酒のつまみになるようなものでも無いので、という事だった。

 茶葉と茶器の用意はあったので、茶を入れ、差し入れだという饅頭を菓子鉢に並べながら、登弥が譲二に言った。

「こんな茶器とか、用意があったんだ」

「千錦寮から借りてるらしいよ、あっちは事務員さん達と定期的に御茶会してるらしいから」

 譲二の言葉通り、菓子鉢には、購入日付と、千錦寮備品と書かれたテプラが貼り付けてあった。

「この饅頭ってあれだよな、バスの中でいつもCMが流れるやつ」

「敢えて途中下車して買おうとは思わないんだけど……どうなんだろうなあ……」

 などとぼやきつつ、ロビーを横切り、事務所のドアをノックすると、OB、という想定としては思っていなかったほど年長の男性が二人いた。

 てっきり三十代かと思い、気楽だったのが一気に緊張したのか、譲二も登弥も背筋を伸ばした。そこにいた二人の男性は、どう見ても四十代以上、髪に白いものが混ざった壮年の男だったからだ。

「お疲れ様ですッ! お茶、お持ちしましたッ」

 何がお疲れ様なのかわからないが、バイトのクセで譲二がかしこまって言うと、登弥も続いてカチコチになりながらトレイから茶托にのせた茶を二人の座っているデスクの上に置いた。

「おお、悪いなあ、なんかかえって気ぃ使わせて」

 眼鏡の男がからからと笑いながら言った。

「そんなかしこまらなくていいから、暇なオヤジが待ちきれなくてフライング気味に来ちまっただけだからさ」

 もう一人は、額が後退気味ではあったが、年齢の割にはスリムで、自らオヤジと言うほどには老けては居なかった。

「そうそう、これこれ、一回食べてみたかったんだよなあ」

 中央に置いた菓子器から、眼鏡の男がひとつつまんで手にとった。

「結局在学中は食べた事なくってさ、けっこう高いんだ、これ、君らもどうだい」

 どうやら、大学から最寄り駅までのバス路線にある有名な和菓子屋の饅頭を、気になりつつも食べた事が無いというのは、譲二達と同様なようだった。二個ずつのつもりで四個並べておいたのを、ちょうどいいから一つずつ、という薦めもあって、譲二と登弥は恐縮しながら一つずつ受け取った。

「美味い、……たしかに美味いわ、これ」

 先に手をつけた眼鏡の方が驚いてふた口目、を口にすると、手のひらにおさまるほどの饅頭はすぐに無くなった。

「あー、確かに美味い、でも、学生時代に120円の饅頭はさすがになあ……」

「カップラーメンなら一個、袋ラーメンなら二個買えるもんなあ……」

 OB二人は学生時代を思い出すように遠い目をして饅頭を味わっていた。

「でも、都内某神社前で売ってる饅頭は一個400円らしいですよ」

 ふいに譲二が言うと、

「えー! 400円! 牛丼食えるじゃん!」

「君、よくそんな事知ってるねえ……」

「いや、日本一高い、日本一うまい饅頭って看板が出てて……」

「その心意気はすごいけど、400円の饅頭かあ……俺は120円のこの饅頭もすげえ美味しいと思います」

 真面目くさって登弥が言うと、OB二人は思わず吹き出し、場の雰囲気が一気になごんだ。真尋よりもさらに上の、どうかすると自分たちよりも父親に近いような世代の人たちだとわずかに警戒したりもしたが、よくよく考えれば同じ寮に違う時間軸で住んでいた人たちなのだと思ったら、不思議と親近感がわいて、打ち解ける事ができた。

 安心した様子の後輩たちを見て、しかしOB二人はいましめるようにこうも言った。

「俺らは違うけど、今日はもっと上の人たちも来るからねえ……」

 眼鏡の方が少し困ったような顔をした。

「それなりの地位に居て、今までの自分の歩んできた道を誇りに思って疑わないような人達も、ね」

 わずかではあったが、何か含むところのある言葉に、譲二と登弥はわずかに驚き、改めて背筋を正したのだった。
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