歌え!寮食堂 1・2・3(アイン・ツヴァイ・ドライ)!

皇海宮乃

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決戦! 地区別運動会

こぼれたミルクは戻らないが注ぎ直すことはできる(3)

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 志信と亜里沙は、0時を過ぎてから部屋へ戻った。9号室へ戻る亜里沙と別れ、志信が10号室へ戻ると、佳織と早希の姿はまだ無く、和美のベッドはカーテンが引かれていた。

 スリッパが揃えて置いてあるという事は、在室はしていて、そして恐らくもう眠っているのだろう。

 和美の気配を感じながら、志信は自分のスペースから着替えを取り出して、そっと風呂へ向かった。

 二人きりで会って話す事に気まずさを感じていた為、和美が眠っていてくれてほっとしている自分に、志信は心底あきれながら、一人、風呂へ向かった。

 時間が遅かったため、すいているだろうと思っていたが、脱衣所のスリッパ置き場には数名先客があった。

 恐らくは、地区別運動会の打ち上げから帰ってきたタイミングなのだろう。志信は、少しヤニ臭くなった服を脱いで、浴室の扉をあけた。

 中にいたのは、三年で監査委員の烏丸百合子と、同じく監査委員の猿渡亜由美だった。志信は、知っている先輩だった事に少し安心して、

「こんばんは」

 と、声をかけた。百合子も亜由美も、すでに浴槽でくつろぎ、雑談をしていたようだった。

「おつかれ、今日は大変だったでしょ」

 打ち上げの最中も、給仕をしていた百合子が、一年生をねぎらうように言った。志信は、引き上げる際、関東チームの打ち上げ会場への顔を出したが、早希が、後片付けは朝やるから、帰って大丈夫だと言ってくれたのを思い出していた。

「いや、でも、先輩達の方が、準備とか大変だったんじゃないですか?」

 たらいにい湯をはって、ざっとハンドシャワーで体を流しながら、志信が答えた。

「私らはもう、慣れちゃってるからねー、こういう行事にも」

 亜由美に同意を求めるように百合子が言う。

「最初はそれなりに抵抗もあったけどね、慣れって怖いよねえ」

 ぱしゃぱしゃと湯をもてあそぶようにして亜由美が言った。

「まあねえ、三年ここに住んでればねえ……」

「合わない子は最初の方に出て行くよね……」

「あれ、でも、花菜ちゃんはまだいるじゃん、全然行事とか出てこないけど」

「行事に出てこないというより、あれはほとんどユーレイだから」

 花菜ちゃん、という名前に聞き覚えの無い志信がきょとんとしていると、語りたかったのか、問わずとも百合子が教えてくれた。

「いるのよ……千錦寮にはユーレイが」

 長い髪で顔を隠し、ホラー映画の井戸から出てくる幽霊のような動きで百合子が言うと、さすがに志信も驚いて固まる。

「あー、ほら、志信ちゃん固まってんじゃん、ユーレイっていっても、ユーレイ部員とか、そういう意味でのユーレイだからね? ユーレイ寮生」

「まあ、ガチなのもいるみたいだけどさ、見える人曰く」

「だから、夜中に水のある場所でそういう話しないでって!」

「最初に話出したの亜由美じゃん!」

 ひとしきり、百合子と亜由美のやりとりが続き、志信は、息の合った二人のやりとりを聞きながら、合いの手を入れた。

「ユーレイ寮生っていうのは、在籍はしてるけど、見かけない、って事ですか?」

 ユーレイ部員ならわかるが、寮生とはどういう事だろう。あまり寮にいないというのであれば、その人物はどこで寝起きをしているのだろうか。志信は思った。

「そう、普段は彼氏のアパートに入り浸り」

 ああ、なるほど、と、志信は納得した。

 『彼氏と同棲』という言葉は、小説やドラマの中の出来事だと思っていたが、こんな身近にそういう人物がいるという事に志信は驚いた。

「花菜ちゃんも、百合子に感謝すべきだと思うんだけどねー」

 亜由美が言うと、苦笑しながら百合子が言った。

「いや、逆でしょ、私がいるから花菜ちゃんは、寮から籍を抜けずにいるんだから」

「その人、百合子先輩の友達なんですか?」

 志信が尋ねると、百合子は、眉をしかめつつ言った。

「友達……には、なれてないかなー、花菜ちゃんとは、高校も別だったし」

「百合子の恩師が花菜ちゃんのお父さんだったんだよ」

 ずばり、亜由美が言った。

「いやー、寮に入ってビックリしたよ、先生と同じ名字だし、そんなにすごく変わった苗字ってわけでも無かったんだけど、ほら、例の、先輩に騙された後のコンパ、あれ、私らの時にもあったんだけど、そん時の御茶会で、花菜ちゃんのお父さんが私の高校の先生だっていうからさー、……で、ビンゴったわけ」

「先生から、娘はどうしてる? って、聞かれて、彼氏の部屋へ行ったきりで、ほとんど寮には顔を出しません、なんて、言えないよねー」

 百合子の替りに亜由美が言った。

「うう……言わないで、でも、花菜ちゃん、当番なんかはちゃんとやってるし、寮で寝起きしてないってだけで、寮費もちゃんと払ってるからさ、部屋にいるかどうかまでは、私らの感知するとこではないからね」

「寮内の行事は、基本自由参加だからね~、まあ、当番とか、是非モノの役割分担は別だよ?」

「寮費、もったいなくないんですかね……」

 志信が言うと、

「そっちは親御さんが出してくれてるからね」

「だからなおさら……」

 と、言いかけて、志信は気がついた。その、花菜という人は、親に、自分が彼氏と同棲している事を知られたくないのだろう、だから、少なくとも、寮費を払っているうちは、親の方は、娘が『そこに住んでいない』などと思いもしないのだろうから。

「友達だったら、辞めた方がいいよ、と、言えるんだけどねえ、そこまでするほど親しくも無いからねえ……」

 百合子としては、仲良くなる前にほとんど寮にこなくなった上に、恩師の娘である花菜ともめたくないと思ったそうだ。

「私は、バレたその場に居合わせたいけどね」

 いじわるそうに亜由美が言った。

「亜由美、趣味悪いよ」

「うるさい、修羅場大好き、見てる分には」

「……その、やっぱり、修羅場、とか、あるんですか」

 好奇心から志信が尋ねると、亜由美は話にのってきた事をうれしそうに語りだした。

「どの話がいい? 同じ部屋の男二人と二股かけた話と、友達の彼氏を寝取った話ー」

「あーゆーみーさん、一年生にいらん話吹き込むんじゃないのー」

 口調はふざけていたものの、百合子は本気で止めようとしていた。亜由美にも、百合子が怒られたくはないと、口をつぐんだ。

「年頃の男女が一箇所に住んでれば、そりゃあ色々ありますよ」

 とだけ、言って、亜由美は、のぼせちゃうから、先にあがるねー、と言って、脱衣所の方へ去っていった。

「まあ、男女のうわさ話はあれだけど、雰囲気に慣れなくて、退寮する子は年に二、三人いるから、志信ちゃんがどうしても慣れないってなったら、言って? 私の学年にも、行事とか一切関わらずにいる子もいるし、それこそ花菜ちゃんみたいな子もいるからね」

 百合子は、励ましなのかよくわからない事を言う。

 志信が、きょとんとしていると、

「もしかして、和美ちゃんとソリが合わないんじゃないかなあって」

 百合子が言った。
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