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決戦! 地区別運動会
こぼれたミルクは戻らないが注ぎ直すことはできる(2)
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「おや、今日はいつもの相方とは違うんだね」
一緒にいるのが和美ではない事に気づいて真尋が言った。
「和美ちゃん、疲れちゃったみたいで、あ、私は牛島亜里沙といいます、教育学部です」
亜里沙が自己紹介をすると、真尋も自己紹介をした。
今日の真尋は、以前見た書生姿ではなくてジャージに豆絞りの手ぬぐい、足には下駄を履いていた。
「真尋先輩って、例の?」
小声で亜里沙が耳打ちしてきたので、志信は小さく頷いた。
ふと見ると、すっかり居酒屋の大将の体で輪の中心にいる真尋を囲む面々の中に、ジョージと悠嘉がいた。
志信は、ずっと探していた悠嘉がいる事で、動揺を隠せなかったが、真尋に呼んでもらえた事で、素直に輪の中に参加した。
「さっき、辰巳と君の話をしていたんだ、本当に息ぴったりだったねえ、あれは」
競技を見ていた真尋が率直に感想を述べた。
志信は、悠嘉の前でジョージとワンセットで語られる事に、少しばかり気まづさを感じながら、それでも、悠嘉の近くにいられる事を素直に喜んでいた。
「でも、君ら、今日初めて組んだんだろ?」
「はい、そうです、練習も特にしてないよな?」
「ええ……」
憧れの先輩に話題にあげてもらって喜んでいるジョージと、
対照的に志信の言葉は歯切れが悪かった。
「卯野君?」
真尋が、何事かを見透かしたように志信に言った。
「そのような縁は、大切にした方がいい、波長の合う人間というのは、簡単にみつかりそうでみつからないものだから」
真尋の言葉に、ジョージははにかむように笑い、
志信の方は困ったように笑顔を作った。
「よかったな、ジョージ」
悠嘉までがそんな風に笑って言うので、志信は先程までの喜ばしい気持ちが少しだけ曇っている事に気がついた。
当然だけれど、悠嘉から見れば、志信は千錦寮の一年生の中の一人に過ぎない。もしかしたら、名前すら覚えられていない可能性だってあるのだ。
このやりとりで、悠嘉の中で、志信は後輩と仲の良い女子寮生に変わっているに違いない。
もうすでに『そういう』対象から除かれてしまった可能性すらある。
そんな事を考えながら、志信は、自分の体が冷えていくのを自覚していた。
晴天の4月、しかし、夜の外は、少し肌寒い。
ほろ酔いならば、ちょうどよい頃合いでも、満二十歳まで数ヶ月残っている志信は、それでも場の空気のようなものに酔ってはいた。
しかし、自答していくうち、その酔は急速に冷めて、志信の体温を奪っていった。
さっきは、和美にあんな物言いをしておいて、結局、自分のことばかりだ。
運動会の熱気も、一位でテープを切った喜びも、自分の身勝手さを自覚した志信には色あせて思える。
既に変わっている話題に、うわのそらで相槌を打ちながら、志信は、和美に投げつけた言葉の数々を悔い始めていた。
一緒にいるのが和美ではない事に気づいて真尋が言った。
「和美ちゃん、疲れちゃったみたいで、あ、私は牛島亜里沙といいます、教育学部です」
亜里沙が自己紹介をすると、真尋も自己紹介をした。
今日の真尋は、以前見た書生姿ではなくてジャージに豆絞りの手ぬぐい、足には下駄を履いていた。
「真尋先輩って、例の?」
小声で亜里沙が耳打ちしてきたので、志信は小さく頷いた。
ふと見ると、すっかり居酒屋の大将の体で輪の中心にいる真尋を囲む面々の中に、ジョージと悠嘉がいた。
志信は、ずっと探していた悠嘉がいる事で、動揺を隠せなかったが、真尋に呼んでもらえた事で、素直に輪の中に参加した。
「さっき、辰巳と君の話をしていたんだ、本当に息ぴったりだったねえ、あれは」
競技を見ていた真尋が率直に感想を述べた。
志信は、悠嘉の前でジョージとワンセットで語られる事に、少しばかり気まづさを感じながら、それでも、悠嘉の近くにいられる事を素直に喜んでいた。
「でも、君ら、今日初めて組んだんだろ?」
「はい、そうです、練習も特にしてないよな?」
「ええ……」
憧れの先輩に話題にあげてもらって喜んでいるジョージと、
対照的に志信の言葉は歯切れが悪かった。
「卯野君?」
真尋が、何事かを見透かしたように志信に言った。
「そのような縁は、大切にした方がいい、波長の合う人間というのは、簡単にみつかりそうでみつからないものだから」
真尋の言葉に、ジョージははにかむように笑い、
志信の方は困ったように笑顔を作った。
「よかったな、ジョージ」
悠嘉までがそんな風に笑って言うので、志信は先程までの喜ばしい気持ちが少しだけ曇っている事に気がついた。
当然だけれど、悠嘉から見れば、志信は千錦寮の一年生の中の一人に過ぎない。もしかしたら、名前すら覚えられていない可能性だってあるのだ。
このやりとりで、悠嘉の中で、志信は後輩と仲の良い女子寮生に変わっているに違いない。
もうすでに『そういう』対象から除かれてしまった可能性すらある。
そんな事を考えながら、志信は、自分の体が冷えていくのを自覚していた。
晴天の4月、しかし、夜の外は、少し肌寒い。
ほろ酔いならば、ちょうどよい頃合いでも、満二十歳まで数ヶ月残っている志信は、それでも場の空気のようなものに酔ってはいた。
しかし、自答していくうち、その酔は急速に冷めて、志信の体温を奪っていった。
さっきは、和美にあんな物言いをしておいて、結局、自分のことばかりだ。
運動会の熱気も、一位でテープを切った喜びも、自分の身勝手さを自覚した志信には色あせて思える。
既に変わっている話題に、うわのそらで相槌を打ちながら、志信は、和美に投げつけた言葉の数々を悔い始めていた。
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