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君の名前は?
女子寮も、男子寮とそれほど変わりありません(2)
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「どんな人なんだろうね」
「その人って、スタンプラリー参加してる?」
興味を持った様子で亜里沙と麻衣が尋ねた。
「してる、というか、真尋さんのスタンプはなかなかもらえない」
「まだ千錦寮の子でもらった子っていないはず」
「ちなみに、一刻寮でももらえたのは俺らだけ」
ジョージ達が自慢そうにスタンプ帳を取り出した。
そこに押されたスタンプは、おそらく手作りのハンコだった。多くが、苗字のシャチハタや、キャラクタースタンプを押している中で、そのハンコはサイズ、デザイン共に異彩を放っていた。
「これって……」
驚いたように和美が言った。
「もしかして、芋判?」
「そうそう、これ、真尋さん自分で彫ったんだって!」
ジョージは、瞳をキラキラさせながら真尋さんへの思いを語り始めた。
なるほど、確かに『本物』を前にしては、自分の形から入るスタイルを否定したくなる気持ちはわかる。志信は思った。
「あー、そうだった、スタンプもらわなきゃ!」
思い出したように登弥が言い、早希があらかじめ用意しておいてくれたスタンプを三人のスタンプ帳に捺していった。
凝った自作の芋判にくらべれば小ぶりだが、それは塾講師のバイトをしている早希が仕事で使う用に購入したキャラクタースタンプセットのひとつだった。
紫のインクがあらかじめ仕込んであるファンシーなキャラクターのスタンプは、発色も美しかった。
「じゃあ、今度は俺らの部屋にも来てよ」
登弥の言葉を合図に三人は部屋を出て行った。
志信と和美はまだ一つだけ、亜里沙と麻衣に至っては、まだ一つも押していないスタンプ帳をパラパラとめくってみた。
「ここだっけ? さっきの六年生のスタンプを押す場所」
スタンプ帳には、あらかじめ開放されている部屋が記入されている。スタンプ帳を元に、各部屋を周れるようになっているのだ。
「……なんつーか、こう、漂うラスボス感というか」
亜里沙が言うとおり、それはかなり最後の方のページにあった。枠の部分は各部屋の住人がそれぞれ作ったものを回収してレイアウトしてあるのだろう、部屋ごとにそのデザイン、テイストはバラバラだ。
真尋さんと呼ばれていた六年生は、枠の部分も凝っていた。おおよそ、皆、エクセル等、パソコンで作成したものをプリントアウトしたものを貼りあわせたようになっているのだが、鶴来真尋の部屋は、手書き、恐らくつけペンと墨で描かれているようだった。
蔦の絡みあうような、細かい意匠は、アラベスクのような幾何学模様でありながら、インターネット等でひろってきた画像をレイアウトしたのでは無く、手描きによる勢いややわらかさのある、躍動感すら感じるようなデザインだった。
工学部の六年生と聞いたので、てっきりCG等を駆使しているのかと思いきや、意外とアナログで、四人は驚いた。
「あー、このページがそうだったんだ、すごいなって思ってたんだよね」
和美が、自分の冊子をまじまじと見ながらつぶやいた。
「和美ちゃん、こういうの好きなの?」
麻衣が尋ねると、
「絵、見たり描いたりね、好きなんだ」
少し恥ずかしそうに和美は言った。
その顔は、黒衣のコスプレを辞めたと言った時のジョージの顔と不思議と重なって志信には見えた。
忘れていたのに、またしても志信の胸に苦いものが広がる。
どうあっても、自分は和美に嫉妬せずにはいられないんだろうか。
和美が嫌いなのでは無い。
しかし、好きだからなおさら、
志信がジョージの素直さを羨ましいと思うように、
誰かに対して憧れたり、大切にしているもの、好きな事を、素直に口にできる和美を、うらやましく、妬ましく思ってしまう。
異性だからか、ジョージに対しては抱かない感情を、和美に対してつい持ってしまう。
何がイヤかといえば、和美をそんな風にイヤだと思う自分自身が何よりもイヤなのだ。
優れた容姿を、
素直な思いを口にできる性格を、
志信は、自分の思いに蓋をする。
自分の表情に、和美に対して感じてしまうネガティブな思いを表に出さないように。
和美に嫌われたくない。
嫉妬する自分を知られたくない。
志信は、自分の胃がキリリと痛む事を感じていた。
表に見える部分を取り繕おうとすればするほど、澱のように、木屑のように、少しずつ、本当に少しずつ、暗い、苦い感情が体内に積み上がっていくような感覚があった。
再び、10号室に来客が訪れ、なれた様子でお茶を入れて、やって来た男子寮の新入生達と話をしながら、志信はチラチラと和美を見てしまうのだった。
「その人って、スタンプラリー参加してる?」
興味を持った様子で亜里沙と麻衣が尋ねた。
「してる、というか、真尋さんのスタンプはなかなかもらえない」
「まだ千錦寮の子でもらった子っていないはず」
「ちなみに、一刻寮でももらえたのは俺らだけ」
ジョージ達が自慢そうにスタンプ帳を取り出した。
そこに押されたスタンプは、おそらく手作りのハンコだった。多くが、苗字のシャチハタや、キャラクタースタンプを押している中で、そのハンコはサイズ、デザイン共に異彩を放っていた。
「これって……」
驚いたように和美が言った。
「もしかして、芋判?」
「そうそう、これ、真尋さん自分で彫ったんだって!」
ジョージは、瞳をキラキラさせながら真尋さんへの思いを語り始めた。
なるほど、確かに『本物』を前にしては、自分の形から入るスタイルを否定したくなる気持ちはわかる。志信は思った。
「あー、そうだった、スタンプもらわなきゃ!」
思い出したように登弥が言い、早希があらかじめ用意しておいてくれたスタンプを三人のスタンプ帳に捺していった。
凝った自作の芋判にくらべれば小ぶりだが、それは塾講師のバイトをしている早希が仕事で使う用に購入したキャラクタースタンプセットのひとつだった。
紫のインクがあらかじめ仕込んであるファンシーなキャラクターのスタンプは、発色も美しかった。
「じゃあ、今度は俺らの部屋にも来てよ」
登弥の言葉を合図に三人は部屋を出て行った。
志信と和美はまだ一つだけ、亜里沙と麻衣に至っては、まだ一つも押していないスタンプ帳をパラパラとめくってみた。
「ここだっけ? さっきの六年生のスタンプを押す場所」
スタンプ帳には、あらかじめ開放されている部屋が記入されている。スタンプ帳を元に、各部屋を周れるようになっているのだ。
「……なんつーか、こう、漂うラスボス感というか」
亜里沙が言うとおり、それはかなり最後の方のページにあった。枠の部分は各部屋の住人がそれぞれ作ったものを回収してレイアウトしてあるのだろう、部屋ごとにそのデザイン、テイストはバラバラだ。
真尋さんと呼ばれていた六年生は、枠の部分も凝っていた。おおよそ、皆、エクセル等、パソコンで作成したものをプリントアウトしたものを貼りあわせたようになっているのだが、鶴来真尋の部屋は、手書き、恐らくつけペンと墨で描かれているようだった。
蔦の絡みあうような、細かい意匠は、アラベスクのような幾何学模様でありながら、インターネット等でひろってきた画像をレイアウトしたのでは無く、手描きによる勢いややわらかさのある、躍動感すら感じるようなデザインだった。
工学部の六年生と聞いたので、てっきりCG等を駆使しているのかと思いきや、意外とアナログで、四人は驚いた。
「あー、このページがそうだったんだ、すごいなって思ってたんだよね」
和美が、自分の冊子をまじまじと見ながらつぶやいた。
「和美ちゃん、こういうの好きなの?」
麻衣が尋ねると、
「絵、見たり描いたりね、好きなんだ」
少し恥ずかしそうに和美は言った。
その顔は、黒衣のコスプレを辞めたと言った時のジョージの顔と不思議と重なって志信には見えた。
忘れていたのに、またしても志信の胸に苦いものが広がる。
どうあっても、自分は和美に嫉妬せずにはいられないんだろうか。
和美が嫌いなのでは無い。
しかし、好きだからなおさら、
志信がジョージの素直さを羨ましいと思うように、
誰かに対して憧れたり、大切にしているもの、好きな事を、素直に口にできる和美を、うらやましく、妬ましく思ってしまう。
異性だからか、ジョージに対しては抱かない感情を、和美に対してつい持ってしまう。
何がイヤかといえば、和美をそんな風にイヤだと思う自分自身が何よりもイヤなのだ。
優れた容姿を、
素直な思いを口にできる性格を、
志信は、自分の思いに蓋をする。
自分の表情に、和美に対して感じてしまうネガティブな思いを表に出さないように。
和美に嫌われたくない。
嫉妬する自分を知られたくない。
志信は、自分の胃がキリリと痛む事を感じていた。
表に見える部分を取り繕おうとすればするほど、澱のように、木屑のように、少しずつ、本当に少しずつ、暗い、苦い感情が体内に積み上がっていくような感覚があった。
再び、10号室に来客が訪れ、なれた様子でお茶を入れて、やって来た男子寮の新入生達と話をしながら、志信はチラチラと和美を見てしまうのだった。
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