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【5】彼女の中の

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 逃げなくては。

 サトウユズルはキーボードを操りながら心はここにあらずだった。

 オンラインバンキングで確認すると、確かに報酬が入っている。話を聞くと自分以外にも何人か同じような立場の者がいるらしいが、部屋から出る事ができないので確認のしようが無い。

 既に会社は辞めていたが、この先、たとえば十年以上、この仕事で食べていける感覚は全く無かった。

 ワークスペース兼生活の場である部屋からは自由に出る事はできないが、必要な資料だと認められれば映画でも本でも好きなだけ見たり読んだりする事はできた。

 まさに創作だけに集中できる環境ではあるが、かつてのように心から楽しむ事はできなくなっていた。

 ユズルの数少ない引き出しはすでにからっぽで、既存作品の換骨奪胎の域にきていた。

 機密保持の為なのか、経費を安く押さえたい為か、既存のプロでは何故だめだったのか考えるにつけ、後始末がしやすいからなのでは、と、ユズルは最近思うのだ。

 仮想化と聞いているが、物理的な肉体はどうなっているのか、それらは医学的にどういう処置をされているのか、あまり考えないようにしているものの、考えないわけにはいかないのだった。

 サトウユズルは決してよい社畜では無かったが、だからといって生命の危機を感じる事は無かった。

 もちろん今も衣食住は保証されていて、好きな創作活動にどっぷりとつかってはいる。

 けれどどこか虚しいのは、恐らく手応えが無いからなのだ。

 かつて、決して多くは無かったが、PVの変動を見ればどこかの誰かが読んでくれているのだという実感は湧いていた。まれではあるが評価をつけてくれる事もあった。決して多くは無いが、感想をもらった事もある。

 だが、今はそういったものはいっさい無かった。

 配信はされているらしい。しかしお蔵入りしていてもそうと知らされない限り把握はできない。

 今執筆に使っているパソコンも、閲覧は自由にできるが、外部に対して情報発信する事はできない。

 これが自分の望んだ環境なのか、これに満足していいのか。誰かが仮想で体感しているであろう世界を構築しているのは自分のはずなのに、自分では体感できないというもどかしさもあった。

 逃げたところでどうなるのだろう、とも思う。

 今の恵まれた環境を捨てたところで、待っているのは職探しだ。

 新しい職場を探して、慣れるまで、一年か二年は落ち着いて創作するのは困難だろう。それならば、今、吸収できるものは吸収して、少しでも作品に活かす方がよいのでは無いだろうか。

 ぐるぐるとしばしの逃避を終えたところで、ユズルは再びキーボードに手をのせた。
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