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【1】とある氷河期世代の屈託
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薄暗い部屋で、布団に寝そべったまま、俺はキーボードの手を止めた。ダークモードに調整したテキストエディタのカーソルが明滅するのがうっとうしい。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
うめくような声をあげて両手足を広げて大の字になると、足元に積まれてた本の山が崩れて足元に散らばった。本といっても漫画雑誌で、古紙回収に出さなくてはと思いながら溜まりに溜まった三年分の青年向け漫画雑誌は、単行本化されなかった連載の掲載誌で、目当ての連載を切り抜こうと思いながらそのまま放置されていた。
休日のほとんどを寝て過ごし、日付が変わりそうな時刻にようやく趣味の小説を書き始めたものの、ペースは上がらず、四回書き直したプロローグの五回目の修正をしたが、しっくりいかずごろ寝をした。
サトウユズル、就職氷河期第一世代のアラフォー、それどことかまもなくアラフィフに到達しそうな年齢。独身、かろうじて自分一人をやしなう収入はあるものの、雀の涙ほどの貯蓄は老後資金などにはほど遠く、最終的には首をくくるしかないのかもしれないと思う日もある。
副業も考えたが、今の所生活はできているのでなりふり構うほどでは無い。その結果が趣味を兼ねた小説執筆だったが、閲覧数や評価などに応じて入るというインセンティブは年間で本が一冊買えるかどうかというレベルでとても『副業』というレベルでは無かった。
それでも、書くことを楽しんでいた時期もあったが、創作仲間のような相手もできて、一息つくと、今度は創作仲間達と自分を比べ、自分以外の皆の華々しい経歴に最近少し落ち込み気味だった。
電子書籍を出した者、コンテストに入選した者。一昔前の雑誌公募であれば追いかける事のできなかった他者の戦績に俺は劣等感を覚えるようになっていった。
敷いたままの万年床で大の字に横たえていた身体を丸めて胎児のようにうずくまると、ふいに高校時代の恩師とのやりとりを思い出した。
それは夏休みの課題で書いた自由作文が学校代表で県のコンクールに出される事になった時の事。
「書いた原稿用紙は返却されるんですか?」
「いやー、返却はされないぞ、サトウが芥川賞でもとれば貴重品だな」
そう言って壮年の恩師はすっかり白くなってしまった髪をふさふささせながら笑って見せた。
「先生、それを言うならノーベル賞ですよ」
そう言って俺が根拠の無い自信を見せると、恩師は愉快そうにさらに笑った。
嫌な感じの笑みでは無かった。自分の可能性を信じる教え子を頼もしく思ったのかもしれない。
結局、文学部には進まず、工学部に進学したものの、何とか単位を揃えて卒業にこぎつけはしたが、在学中の不勉強がたたって今はコールセンターに身を置いている。
面接の時、履歴書を一瞥してから俺を見た面接官の笑みは、恩師の愉快そうな微笑みに対してひどく下品で神経に触った。
しかし、未だその職場に居て、不愉快な人事担当者はいつのまにか部長にまで昇りつめていた。聞けば、俺と年齢はそう変わらないはずだが、何か違ってしまったのだろう……。
方や、妻もいて子供もいて、ツイッターではなくフェイスブックをやり、週末にはバーベキュー、長期休暇には海外旅行の写真が並び、方や俺といえば、大学時代の友人達との連絡に便利だとアカウントはとったものの、機械的に「いいね!」をクリックするだけのフェイスブックと、一切関連付けていないツイッターで、夜な夜なアニメのリアルタイム視聴と、自分の作品の宣伝、読むのがツラくなってきた創作仲間のツイートをRTするだけのアカウントと、鍵をかけて、ひたすらネガティブな事を吐き出すだけのアカウントに孤独に愚痴を吐き続ける自分と。
……ネガティブな考えのループに再び手足を伸ばして天井を見上げる。見慣れた天井はいつもと変わりなく、唐突に全裸の美女が降ってきたりもしない。
俺はため息をついて身体を反転し、もう一度ノートパソコンのディスプレイを開けて、増える気配の無い小説サイトのアクセス解析を見ようとした。
……ところで、ツイッターのメッセージにマークがついている事に気づいた。
幾度もレイアウト変更を重ね、使い勝手が変わっているツイッターだがブラウザのプラグインを使って頑なに現状を維持し続けている。
年齢を重ねると保守的になるっていうけれど……と、誰共なしにつぶやいて、声が出ることに驚いたり、恥ずかしくなったりしてひとしきり孤独な部屋でのたうつように照れてから、気を取りなおして通知をクリックしてみた。
DMはオープンにしてあり、誰からも直接メッセージを受け取る事ができるようにしてあり、万が一の執筆依頼、もしくは掲載作品書籍化の打診を待っている。
マウスを使わない主義で、できるかぎりショートカットキーを使うか、メーカー特有の赤いポインティングデバイスを操作して内容を見るとそこには……。
ふいに、右足の痛みに、しばしこむら返っていると、ちらちと見えた文字に、呼吸を整えてディスプレイに向かう。(といっても起き上がったりはせずに、腹ばいになりながら、ではあるのだが)
腹ばいになっているせいか、脈動が全身に広がっているようだった。視界に入った文字が見間違いでは無いという事を確かめる為、一度目を閉じ、もう一度開く。
書かれていた文字は……。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
うめくような声をあげて両手足を広げて大の字になると、足元に積まれてた本の山が崩れて足元に散らばった。本といっても漫画雑誌で、古紙回収に出さなくてはと思いながら溜まりに溜まった三年分の青年向け漫画雑誌は、単行本化されなかった連載の掲載誌で、目当ての連載を切り抜こうと思いながらそのまま放置されていた。
休日のほとんどを寝て過ごし、日付が変わりそうな時刻にようやく趣味の小説を書き始めたものの、ペースは上がらず、四回書き直したプロローグの五回目の修正をしたが、しっくりいかずごろ寝をした。
サトウユズル、就職氷河期第一世代のアラフォー、それどことかまもなくアラフィフに到達しそうな年齢。独身、かろうじて自分一人をやしなう収入はあるものの、雀の涙ほどの貯蓄は老後資金などにはほど遠く、最終的には首をくくるしかないのかもしれないと思う日もある。
副業も考えたが、今の所生活はできているのでなりふり構うほどでは無い。その結果が趣味を兼ねた小説執筆だったが、閲覧数や評価などに応じて入るというインセンティブは年間で本が一冊買えるかどうかというレベルでとても『副業』というレベルでは無かった。
それでも、書くことを楽しんでいた時期もあったが、創作仲間のような相手もできて、一息つくと、今度は創作仲間達と自分を比べ、自分以外の皆の華々しい経歴に最近少し落ち込み気味だった。
電子書籍を出した者、コンテストに入選した者。一昔前の雑誌公募であれば追いかける事のできなかった他者の戦績に俺は劣等感を覚えるようになっていった。
敷いたままの万年床で大の字に横たえていた身体を丸めて胎児のようにうずくまると、ふいに高校時代の恩師とのやりとりを思い出した。
それは夏休みの課題で書いた自由作文が学校代表で県のコンクールに出される事になった時の事。
「書いた原稿用紙は返却されるんですか?」
「いやー、返却はされないぞ、サトウが芥川賞でもとれば貴重品だな」
そう言って壮年の恩師はすっかり白くなってしまった髪をふさふささせながら笑って見せた。
「先生、それを言うならノーベル賞ですよ」
そう言って俺が根拠の無い自信を見せると、恩師は愉快そうにさらに笑った。
嫌な感じの笑みでは無かった。自分の可能性を信じる教え子を頼もしく思ったのかもしれない。
結局、文学部には進まず、工学部に進学したものの、何とか単位を揃えて卒業にこぎつけはしたが、在学中の不勉強がたたって今はコールセンターに身を置いている。
面接の時、履歴書を一瞥してから俺を見た面接官の笑みは、恩師の愉快そうな微笑みに対してひどく下品で神経に触った。
しかし、未だその職場に居て、不愉快な人事担当者はいつのまにか部長にまで昇りつめていた。聞けば、俺と年齢はそう変わらないはずだが、何か違ってしまったのだろう……。
方や、妻もいて子供もいて、ツイッターではなくフェイスブックをやり、週末にはバーベキュー、長期休暇には海外旅行の写真が並び、方や俺といえば、大学時代の友人達との連絡に便利だとアカウントはとったものの、機械的に「いいね!」をクリックするだけのフェイスブックと、一切関連付けていないツイッターで、夜な夜なアニメのリアルタイム視聴と、自分の作品の宣伝、読むのがツラくなってきた創作仲間のツイートをRTするだけのアカウントと、鍵をかけて、ひたすらネガティブな事を吐き出すだけのアカウントに孤独に愚痴を吐き続ける自分と。
……ネガティブな考えのループに再び手足を伸ばして天井を見上げる。見慣れた天井はいつもと変わりなく、唐突に全裸の美女が降ってきたりもしない。
俺はため息をついて身体を反転し、もう一度ノートパソコンのディスプレイを開けて、増える気配の無い小説サイトのアクセス解析を見ようとした。
……ところで、ツイッターのメッセージにマークがついている事に気づいた。
幾度もレイアウト変更を重ね、使い勝手が変わっているツイッターだがブラウザのプラグインを使って頑なに現状を維持し続けている。
年齢を重ねると保守的になるっていうけれど……と、誰共なしにつぶやいて、声が出ることに驚いたり、恥ずかしくなったりしてひとしきり孤独な部屋でのたうつように照れてから、気を取りなおして通知をクリックしてみた。
DMはオープンにしてあり、誰からも直接メッセージを受け取る事ができるようにしてあり、万が一の執筆依頼、もしくは掲載作品書籍化の打診を待っている。
マウスを使わない主義で、できるかぎりショートカットキーを使うか、メーカー特有の赤いポインティングデバイスを操作して内容を見るとそこには……。
ふいに、右足の痛みに、しばしこむら返っていると、ちらちと見えた文字に、呼吸を整えてディスプレイに向かう。(といっても起き上がったりはせずに、腹ばいになりながら、ではあるのだが)
腹ばいになっているせいか、脈動が全身に広がっているようだった。視界に入った文字が見間違いでは無いという事を確かめる為、一度目を閉じ、もう一度開く。
書かれていた文字は……。
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