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第二幕 江戸の生活をシよう!
第四十二話 濡れる嫉妬
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「ここがスグル様の住んでいる長屋という場所ですね。わあ、見慣れない物がたくさんあります」
「あの、千代姫……悪いんですけど、今日は帰ったほうがよろしいかと……俺も送りますから……」
物珍しそうにボロボロの茶碗を眺めている千代姫にやんわりと話かけると、急に暗くなって口を閉ざしたかと思えば、茶碗の底を人差し指でツツ……と意味ありげに沿っていく。
「あっ、いや! 城の人が心配して大捜索でもしてたら大変だからって意味でして!」
「スグル様、おっしゃっていました」
「え?」
「このお話は次会ったとき、誰もいない二人きりの場所でって」
「なにを――」
思い出した。今日、春画の意味を詰め寄られて咄嗟に、二人きりのときに正直に話すって言ってしまった。千代姫はそれを信じて。寝床に細工でもして役人に悟られないようこっそりと抜け出して、女の子が一人ぼっちで慣れない夜更けの町を歩いてここへ来たんだ。追い返す権利なんて、俺にない。
「すみません」
自分自身もなにに対して謝罪しているのか分からず、僅かな月明りが射る室内に無音だけが取り残される。どうやって会話を再開させようか手探りで悩んでいたら、千代姫は手に持っていた茶碗を棚に置いてから、ゆったりとこう言った。
「私、父上の部屋に入り込んだんです。そしたら一枚の絵が飾られていました。あれは、スグル様が描いた絵ですか?」
「……っ! は、はい……」
「シュンガという絵ですか?」
「はい……」
部屋が暗いのと顔の角度でどんな心情で言っているのか不明。だが直感でこの子に嘘はつかないほうがいいとビシバシと伝わった。その絵を描いたのはこの俺だと返事をしても特に変化はなく、動きもない。あんないやらしい絵を目にしたことでショックを受けて、気持ち悪い男と認識されてしまったとしても事実だから否定はできない。崖から崩れ落ちていく、どん底にハマるような頭がクラクラする。
初恋がこんな形で終わるなんてな、まったく神様は酷い仕打ちを受けさせる。上を向きながら涙を流しそうになったときのことだ。
――ドン! 千代姫に押し倒された。チャームポイントである、サラッサラの長い黒髪が左右の頬をじらしながら撫でていく。これは現実なのか? 夢ではないのか? 意図不明の行動に考えることも動くこともフリーズ。もう全てを彼女に委ねる形で力を抜いていた。もちろん発することさえ。
「絵の女の人、ミツですよね」
こちら側からミツをモデルにしたなんて話していない。それよりか誰もミツだと見破る人間はいなかった。
「ミツはいいな、羨ましいな。スグル様に描いてもらえるなんて」
独り言に近い言葉の他、嫉妬の二文字が降ってきたのと、畳には爪の跡がくっきりと残ってしまった。こんなことをする子だったかと一瞬過ったが、瞳に映ったのは紛れもなく、生まれて初めて好きになった子だった。
「あの、千代姫……悪いんですけど、今日は帰ったほうがよろしいかと……俺も送りますから……」
物珍しそうにボロボロの茶碗を眺めている千代姫にやんわりと話かけると、急に暗くなって口を閉ざしたかと思えば、茶碗の底を人差し指でツツ……と意味ありげに沿っていく。
「あっ、いや! 城の人が心配して大捜索でもしてたら大変だからって意味でして!」
「スグル様、おっしゃっていました」
「え?」
「このお話は次会ったとき、誰もいない二人きりの場所でって」
「なにを――」
思い出した。今日、春画の意味を詰め寄られて咄嗟に、二人きりのときに正直に話すって言ってしまった。千代姫はそれを信じて。寝床に細工でもして役人に悟られないようこっそりと抜け出して、女の子が一人ぼっちで慣れない夜更けの町を歩いてここへ来たんだ。追い返す権利なんて、俺にない。
「すみません」
自分自身もなにに対して謝罪しているのか分からず、僅かな月明りが射る室内に無音だけが取り残される。どうやって会話を再開させようか手探りで悩んでいたら、千代姫は手に持っていた茶碗を棚に置いてから、ゆったりとこう言った。
「私、父上の部屋に入り込んだんです。そしたら一枚の絵が飾られていました。あれは、スグル様が描いた絵ですか?」
「……っ! は、はい……」
「シュンガという絵ですか?」
「はい……」
部屋が暗いのと顔の角度でどんな心情で言っているのか不明。だが直感でこの子に嘘はつかないほうがいいとビシバシと伝わった。その絵を描いたのはこの俺だと返事をしても特に変化はなく、動きもない。あんないやらしい絵を目にしたことでショックを受けて、気持ち悪い男と認識されてしまったとしても事実だから否定はできない。崖から崩れ落ちていく、どん底にハマるような頭がクラクラする。
初恋がこんな形で終わるなんてな、まったく神様は酷い仕打ちを受けさせる。上を向きながら涙を流しそうになったときのことだ。
――ドン! 千代姫に押し倒された。チャームポイントである、サラッサラの長い黒髪が左右の頬をじらしながら撫でていく。これは現実なのか? 夢ではないのか? 意図不明の行動に考えることも動くこともフリーズ。もう全てを彼女に委ねる形で力を抜いていた。もちろん発することさえ。
「絵の女の人、ミツですよね」
こちら側からミツをモデルにしたなんて話していない。それよりか誰もミツだと見破る人間はいなかった。
「ミツはいいな、羨ましいな。スグル様に描いてもらえるなんて」
独り言に近い言葉の他、嫉妬の二文字が降ってきたのと、畳には爪の跡がくっきりと残ってしまった。こんなことをする子だったかと一瞬過ったが、瞳に映ったのは紛れもなく、生まれて初めて好きになった子だった。
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